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プライバシーステートメント
デジタルアーカイブ百景
愛媛──人の行き来を集める意味
笠羽 晴夫
 愛媛県とかかわりのある作家、画家は多く、今から見ても魅力のある人たちが多い。しかしそのわりには、それらをまとめたミュージアム、そのネット上へのサービスは未だという感が強い。
 夏目漱石が松山にいたのは短期間だから観光資源あつかいにとどまってもしかたがないが、道後温泉の近くで来館者も多い正岡子規の子規記念博物館に関しては、松山市の施設としての紹介程度であり、この俳句が市民に普及したところの扱いとしてはさびしいというほかない。

愛媛県美術館
愛媛県美術館
 物がないかといえばそうでもないのである。収蔵物が多そうなところから見ていこう。愛媛県美術館では、所蔵作品2000点以上を検索できるが、大雑把な条件では20点ずつのリストが出てくるだけだから、全貌を見るまでには疲れてしまう。また著作権がまだ存在している作家が多いとはいえ基本的には画像なしである。それでもデータベースとしてはしっかりしているようだから、いつも言うことだが、今後の画像公開を期待したい。

 セキ美術館では、日本画、洋画、版画、彫刻とどれも充実したコレクションである。いま館に行けば見ることが出来るもののリストが出ているのはよい。大切なことである。所蔵品リストで解説があるものとないものとが分かれており、その中でサムネイルより少し大きい程度だが画像があるものもある。ある画家について全て権利処理されているわけでもなく、また死後50年たっていると思われるものの画像が必ずあるわけでもない。このあたり不統一だが、今後データベースとして統一され、整備されていくことを望みたい。画家の選択において特にこの地域との関連はないようである。なかではここでも加山又造(1927-2004)の画像公開が目立っており、何か示唆するものがある。

 この地域の背景ということについては愛媛県歴史文化博物館がある。内容がわかる展示案内それもその時々の企画展のみである。ただこれは数点の画像とともにかなり詳細な解説であり、また過去のものを見ることが出来るのはよい。展覧会活動の記録だけでもデジタルアーカイブ化という傾向は多くなってきたようだ。
 さて愛媛県松山といえば洲之内徹(1913-1987)の出身地である。この人の『気まぐれ美術館』、『絵の中の散歩』などに書かれている画家や作品などについては、そのネット上の消息について、この百景でも何度か取り上げたことがある。それらの多くはマイナーなものであったし、また彼が最後まで手元におき没後宮城県美術館に寄贈されたもののネット上にはなかなか公開されないということもあった。
 さて『気まぐれ美術館』ではじめて知った画家の一人が重松鶴之助(1903-1938)である。松山から東京に出てきて春陽会、国画会に入選、1926年には聖徳太子奉賛展に招待出展するなどの活躍をしたものの、その後左翼運動に入り検挙、投獄され、35歳で獄中死した(と言われている)。この画家が交流した人たちには松山の絵画回覧雑誌『楽天』の同人であった伊丹万作(映画監督、伊丹十三の父)、伊藤大輔(映画監督)、中村草田男(俳人)をはじめ数多く、また直接間接の関係者も洲之内をはじめ数多い。有名映画監督が二人いるのは面白い。さらに洲之内徹の交友関係だけでも、画家で古茂田公雄(1910-1986)、古茂田守介(1918-1960)兄弟、山本勝巳(建築家、上田市山本鼎記念館を設計、俳優山本學、圭、亘兄弟の父)、山本薩夫(映画監督)兄弟をはじめ松山出身者は多い。
坂本善三美術館左:セキ美術館
右:愛媛県歴史文化博物館
島田美術館

  話を重松鶴之助に戻すと、洲之内が『気まぐれ美術館』で「ある青春伝説」として書いているこの人とその代表作《閑々亭肖像》について検索したところ、最初は作品そのものがどこにあるかわからず、この本以外の記述としては唯一愛媛県の町立久万美術館で2003年の「生誕100年重松鶴之助──よもだの創造力」という企画展記録がヒットしそこに出展されたことがわかっただけであった。こういう展覧会情報が残っているということが望ましいと感じたきっかけの一つである。ここには見たことのない自画像もあり、貴重である。
 そしてその後、これが縁になったのかどうか、2006年にはこの絵がこの美術館に寄贈されたという情報が得られた。
 久万町は松山市から山の方にバスで1時間と少し入ったところで、町立久万美術館はなんと木造、ここで町の様子など見るとぜひとも行ってみたくなる。ホームページのデザインは今ひとつだが、主な所蔵作品からは近代日本絵画の魅力の一端が伝わってくる。おそらくもっと充実したリストはあるのだろうが、今後それがほしいところだ。
 1年のうち10月〜11月の2ヶ月間はここ独自の企画展、その他の期間は所蔵品展というサイクルになっている。前記のように、企画展については過去の情報を今でも見ることが出来る。

 県の東寄りにある今治市の文化施設案内を見ると、かなり多くが紹介されていて、河野美術館では市に寄贈された文化財のうち数点の画像があるのみだが、玉川近代美術館の所蔵品一覧を見ると、権利処理されたものからであろうか、少しずつ画像公開している状況が見て取れる。
 他の施設からは必ずしも魅力ある画像はでてこないけれども、市全体を見せるという姿勢は好感が持てる。この地はいま名産タオルの地位挽回を期してそのブランド化に取り組んでいる。こういう背景が役立つといいと思う。
 県反対側の宇和島市には特にデジタルアーカイブの公開は見当たらないが、今ここには大竹伸朗が在住、活動している。昨年の展覧会「全景」で見られるように、自分自身でアーカイブし見せてしまう人だから、将来この地がどうなるか楽しみである。
 このようにデジタルアーカイブの量と質からは未だしの感がある愛媛であるが、何かしら人の行き来が興味深く、その跡の集積は豊かなものになりそうである。

 ところで最近、「気まぐれ美術館シリーズ 全6冊」(新潮社)が出た。この中で『絵のなかの散歩』、『気まぐれ美術館』、『帰りたい風景』は1996年から順に文庫化され今は絶版となっている。広告では6冊の分売はしないとのことだが、ぜひとも文庫での復刊、続刊を望みたい。これまで折にふれ書いたように、この本は近代日本絵画への関心を多くの人たちに喚起してきたし、さらに現在はネット上でのアート情報渉猟に一役も二役もかっていることは確かであって、そういう本は他にないのだから。
八代市立縛物館 未来の森ミュージアム 熊本県立美術館「子供ミュージアム」宮本武蔵
左:久万美術館
右:玉川近代美術館
2007年11月
[ かさば はるお ]
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掲載/笠羽晴夫
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