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デジタルアーカイブ百景
山口県──先進の空気は地域に広がる
笠羽 晴夫
 山口県というと何を思い浮かべるだろうか。明治維新の元勲、そして戦後の政治家たち、その次にくるのは詩人たちだろうか。中原中也(1907-1937)、金子みすゞ(1903-1930)、種田山頭火(1882-1940)、この三人がまずは人気もあり、県でもその紹介、関連事跡の観光に力を入れている。

 例えば山口市には中原中也記念館がある。このサイト、所蔵資料からの公開はわずかだが、記念館の概要、詩人の生涯、その故郷に関する情報など、関心がある人に対するサービスとしてはまずまずである。しばらく前、ここを実際に訪れたことがある。文学系記念館としては見ていて飽きない工夫されたものであった。
 長門市には金子みすゞ記念館がある。このサイトも館の紹介としては丁寧である。後述の香月泰男美術館と同様、市が運営している。
 漂泊の詩人にふさわしいというわけではないだろうが、種田山頭火のまとまった記念館はここにはない。その代わり県が運営するサイト「やまぐちの文学を辿る道」から入ってその足跡を辿ることができる。このサイトは中原、金子その他を含めたものであるが、県が出身文学者を大切に扱っている姿勢がうかがわれる。このことは県の文化政策に反映しているようである。
中原中也記念館
金子みすゞ
左:中原中也記念館
右:金子みすゞ記念館

 そうなると県立ミュージアムのデジタルアーカイブは期待できそうだ。まずは山口県立山口博物館から入ってみよう。館発足の起源は明治45(1912)年だから自治体の博物館としては古いほうであろう。戦争中に疎開して休館、その後科学博物館の形態から再開し、総合博物館となった。この長い歴史を反映し、資料は30万点におよぶ。展示状況の表示と解説、過去のイベント一覧なども適切で、児童や引率の教師向けの利用案内は独立している。このあたり、県立博物館によくある子供向けなところが目について大人が見る気にならないものと比べるとほっとする。そして「収蔵品紹介」では、ほんの一部とことわってあるが、理工、地学、植物、動物、考古、歴史、天文の各分野で典型的なものが紹介されており、画像も拡大できる。ただ、スキャンしたフィルムの保存状態の影響かもしれないが少し薄くなった色調が気になる。
 ともあれ、画像データを使った自治体博物館運営の初期状態としては適切なものであり、後は予算と労力をかけ、いつか本格的なものになっていくことを望みたい。またそれだけのポテンシャルはあるようだ。

 次に山口県立萩美術館・浦上記念館を覗いてみる。企画展の解説は的確で、その過去の履歴、図録一覧なども詳しく、このような情報が出ているのは好ましい。ここは寄贈された多くの浮世絵のデータベースが充実している。以前この連載でも取り上げたが(2006年3月)、「収蔵作品検索システム」では多くの浮世絵画像を見ることができ、絵師名から入ると画面・操作が見やすいのは親切である。またここでは葛飾北斎の「富嶽百景」「北斎画譜」「北斎漫画」の全頁を見ることができる。見せるのならよく見せようということだろうか。また東洋陶磁器の収蔵も充実しているようで、検索方法も浮世絵と同様である。このあたりの力の入り方から現在の「萩焼」との対照を考えるのも一興だろう。

山口県立美術館
山口県立美術館
 さて次は中心的存在の山口県立美術館である。ここは昭和54(1979)年の開館であるが、県立博物館と同様にプロ意識は高いようで、館の説明、館ニュース誌のアーカイブ画像公開などのサービスがある。
 「過去から現代にいたる山口県の美術文化の流れを今日の視点からほりさげ、その成果を保存、紹介することによって県内の美術文化がより豊かになるよう、郷土の自然と歴史をふまえた活動をめざす」という原則で運営されている。
 「収蔵品検索」は、キーワード、カテゴリ(洋画/日本画/彫刻/工芸/写真/版画/水彩画/素描)、作家、時代で選ぶことができる。キーワード検索以外は、あまり知識がなくてもある程度見ていくことができる。ただし作家検索では点数の多い主要作家10人ほどしかあげられていない。これは今後の検討課題だろう。作品一覧が出てきたら「サムネイル」一覧にしてページを繰ることができるので、扱いやすいし、楽しみやすい。
 圧巻はなんといっても寄贈された香月泰男(1911-1974)「シベリア・シリーズ」で、そのほとんど全てが画像公開されており、しかも鑑賞に堪える大きさまで拡大することができる。香月泰男美術館(後述)と合わせ、山口県内二つの美術館による画像公開で、この画家の全貌を見ることができるのは大変なことだ。

 ほかにもここで公開されている作品にはまだ著作権が存在しているものが多く、これはおそらく館関係者の努力、また創作者本人、遺族などの理解が何らかの形で進んでいるということだろう。想像するに、ある程度の公開がなされると、ほかの作家のケースでもそれにならおうかという流れが出てきやすいのではないだろうか。絵画ではほかにこの地ゆかりの雪舟、狩野芳崖、近代では小林和作(1888-1974)、松田正平(1913-2004)などがある。
 さらに興味深いのは「写真」というカテゴリで、山口県と特別な関係が理解しがたい荒木経惟、森山大道、牛腸茂雄のプリントが公開されていること、またアンセル・アダムスの写真も公開されていることである(もちろんこれら全てに著作権が存在する)。荒木経惟は金子みすゞを題材にした映画「みすゞ」(2002)にあわせて写真集を作っているが、それが関係しているかどうかはわからない。
ここの収蔵品検索は全体として優れたものだが、それだけに、いつも言うように後はこれらにまつわる言説がほしい。この館の中で書かれたもの、あるいは館がオフィシャルに認めたものでなくてもよい。

香月泰男美術館
香月泰男美術館
 次は県立美術館と密接な関係がある香月泰男美術館である。前述した「シベリア・シリーズ」以外の多くの作品が、画家の故郷の地であるこの館にあり、それらの画像を見ることができる。過去の企画展で何をやったかも丁寧に記録されていて、画家の一生の記述とともに、理解の手助けになる。
 油彩、素描、版画の代表的なものがかなりの量公開されており、県立美術館同様、サムネイルで適当な数を一覧したのち拡大してみるという理想的なインタフェースである。欲を言えば絵ごとの記録が欲しいところだが、作成年とサイズでとりあえずは鑑賞に困ることはない。画家の著作権は存在するが、これだけ出していただくと、逆に、この二つの館を訪れたくなるのである。

毛利博物館
毛利博物館
 これらのほかにも、いくつかレベルの高い、また課題はあるものの今後に期待を抱かせるサイトがある。その中からいくつか見てみることにしよう。
 自然史系ではあるが秋吉台科学博物館はたいへん充実している。特に大きな仕掛けがあるわけではないが、400以上の洞窟を持つ秋吉台の地質、資料、景観を、それもミクロからマクロまで、ありとあらゆる画像を豊富に配し、また蓄積された解説、研究成果などを惜しまず公開している。こういうことがあると興味を持ち再度訪れるということにもつながるのだろう。
 岩国徴古館は、「岩国の文化財」から入る。展覧会ページのほかに収蔵品検索、文書資料検索があって、内容は豊富であるが、項目一覧などがないためもったいない。ただ相当のアーカイブがあることはわかるので今後に期待しておく。
 毛利博物館、ここは旧萩藩主の毛利氏本邸を博物館としたもので、約2万点の資料を収蔵している。毛利家文書のうち藩政にかかわるものは山口県文書館(後述)に寄託され「毛利家文書」として公開されている。ここで画像を見ることができるのはほんの一部であるが、雪舟「四季山水図」、また「幕府追討密勅(討幕の密勅)」など興味深い。毛利家の歴史、庭園の紹介なども丁寧であり、今後の充実に期待したい。

山口県文書館
山口県文書館
 このように、山口県全体に、アーカイブに真剣に取り組もう、そしてデジタル化した後はなるべく広く公開しサービスしようという空気が感じられる。これは推測だが、山口県が日本で初めて公的な文書館、まさに「アーカイブ」を設置したということが、ここに効いているのではないだろうか。
 山口県文書館は、1959年に日本最初の文書館(アーカイブ)として、毛利家文書をもとに誕生した。その後の経過はPDFで公開されている『開館30周年記念 山口県文書館の30年』でみることができる。また1965年からの「文書館ニュース」もPDFで公開されている。文書検索や古地図などの高精細画像ダウンロードも充実しており、公開を原則として進められていることがわかるのは気持ちがいい。
 面白いのは、トップページから「各種データベース」(山口県の歴史に関する各種データベース)へと進むと「ポスター・リーフレット」のページがあることだ。「よい子は明るい家庭から、かぜは万病のもと」などという「県政だより」(昭和25[1950]年12月)の表紙や当時の観光リーフレットなど、半世紀経ってみればなんとも貴重なそして面白い資料である。保存しておくことに価値があるということが如実にわかろうというものだ。

 ここで考えてみると、県のリーダ的存在である各館の姿勢、動きというものは、教育委員会を初めとする様々な人脈、そしてその時間的な積み重ねで、この分野に一つの空気として備わっているのではないだろうか。考えてみれば、明治の元勲から昭和の首相たちが集った山口市内の菜香亭(さいこうてい)という料亭の保存運動をきっかけに地域団体「デジタルアーカイブやまぐち(NPO)」(会長:廣中平祐山口大学学長[当時])が2000年に発足したのも、全国的には早い方であった。
 ともかく始めてそれを続けると、その空気は伝わり、長い間に必ず影響をもたらすということを、あらためて思い知らされた。
2007年12月
[かさば はるお]
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掲載/笠羽晴夫
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