年も明けこの連載も二十五景と三周り目となったところで、地域のデジタルアーカイブ政策では真打ともいえる石川県を紹介しよう。最初は手さぐりでも、10年継続するとこうなるのだということを見ていただきたい。
その経過と成果の全貌は「石川新情報書府」で見ることが出来る。ここはプロジェクトの成果をまとめてみせると同時に、石川県の文化全般の紹介を兼ねたポータルサイトになっている。それぞれのテーマ毎にデータベース的に分類された独立したページが作られており、説明そして豊富な画像がある。さらに動画が公開されている場合もあるが、多くの場合は動画コンテンツがこことは別にDVDパッケージとして作られ、流通の対象ともなっている。
「書府」の語源をたずねていくと、兼六園(金沢市)にある前田家の奥方御殿《成巽閣》のサイトにある「あらまし」に登場するように、加賀前田家三代利常は、対徳川幕府政策から、その大きな財力の脅威を隠蔽するため、それを文化、工芸の育成に費やした。そして五代綱紀の頃には、御細工所と呼ばれる工房が作られ、最大二十四職種、七十余人の組織が存在した。紙細工、漆細工、絵細工、蒔絵細工、象嵌細工、金具細工、茜染細工など極めて広い範囲で、京都町衆との交流により培った高い水準がさらに深化し受け継がれていったとのことである。これらに関する全国のサンプルも集められ、ここは当時の工芸に関するデータベースともいうべきものであった。それが、この綱紀の長い治世について、新井白石をして「加賀は天下の書府なり」と言わせた所以である。
さて金沢を中心にこのような背景を持つ石川県であるが、先ずは石川県立美術館から入ってみようと、そのサイトを見て驚く。2008年9月26日まで改装工事のため約1年間休館することがここで報じられている。といってもここにあるこれまでの記録、国宝 色絵雉香炉(野々村仁清)をはじめとする所蔵品の画像などはこの間も見ることが出来、再開への期待を抱かせる。これもデジタルアーカイブの効用の一つである。
また休館中に、石川県立歴史博物館、石川県九谷焼美術館、小松市宮本三郎美術館などに関係深い所蔵品が展示され継続して見ることができるということが掲示されている。小さなことであるが、ミュージアムがホームページを持っていない時代であれば、多くの美術ファンが知らないまま過ごしてしまったであろう。
さて2006年3月にこの連載で取り上げたのは、ここの所蔵品データベースにおいては単にキーワードを入れるだけでなく、いくつか絞り込んでいく入り口があること、それを評価したからである。また「学芸員おすすめ名品選」があるのもよかった。それは変わらないが、今になって見ればこの検索機能を前にして、やはりもう少しやさしく楽しいガイドが欲しくなる。また例えば九谷焼の大皿の画像を拡大できるのはよいが、撮影時の照明による反射が大きく、アーカイブという観点からは、少しずつ撮りなおしていくことが望ましい。
そして次は先にも触れた石川県立歴史博物館である。ここは子供の教育向けの体裁を持っていて、そこは他の県立博物館とよく似ている。それでも主な所蔵品や展示の模様を見せる仮想博物館など、他のものよりは本格的なものを子供達が知るように導こうという姿勢は見られる。ただし絵地図などにしても、拡大してどこかの地図とわかる程度であり、その迫力が伝わるレベルでないのは残念である。館の位置付けによる限界はあるのかも知れないが、そうであれば表向きの展示は別として、所蔵品を中心にデジタルアーカイブの方では大人向けにするというやり方もあるのではなかろうか。館の建物が歴史的建造物を受け継いでいるだけに、そういう方向も一案であろう。
次に県が誇る伝統工芸に焦点をあてた館をいくつか見てみよう。石川県輪島漆芸美術館は開館から約15年、現代作家のものが多いせいか、画像はあまりない。漆芸の説明など詳細があってその魅力をアピールすることがもっとあってよい。このあたり、石川新情報書府がその不足を補っているとも言えるのだが。
そして石川県九谷焼美術館は九谷焼を産み出した大聖寺(加賀市)にある。九谷焼の背景、変遷、種類などが、事前学習として必要にして十分な程度に解説されており、サンプル画像を一覧すればほぼ全容をつかむことが出来る。ただ今後はもう少し数量が欲しいし、画像も大きくなることが望まれる。また県立美術館のケースと同様に撮影時の照明には工夫が必要だろう。
そのほか金沢市安江金箔工芸館もあるが、これは金沢箔の説明と代表的な収蔵品数点の画像、説明があるのみである。石川県の伝統工芸は多いから、まずはこういう各種カテゴリーを拾い石川新情報書府に集約して外に見せようとしたのは意味があったというべかもしれない。現にここには書府へのリンクがある。
一方、これらとは対極的なところに金沢21世紀美術館がある。今や大変に有名になった、現代美術を親しみやすく見せる、そして各種ワークショップなどにより地域とのかかわりを重視している美術館である。建築と施設の説明はシンプルなものとバーチャルツアー的なものがあり、収蔵作品の紹介では、検索条件を入れる正統的なもののほかに作家名から選ぶものと画像から選ぶものとがある。後者は現在(2007年12月14日)22件ほどで、一般には作家名を知らない人が多いからこれが便利であるが、これ以上増やしていくのは著作権上の問題もあり容易ではないだろう。ここまでやっていることを評価すべきかもしれない。すなわち画像が公開されるかされないかは、著作権の有無、その許諾の有無で分かれる。それを考えた上で、最初からこの表が作られているのはよい。しかし、作家名での検索は、入り口があいうえおとABCであり、数が多いとはいえ一覧にして見せてくれないかと考える。
ここには収蔵図書のデータベースもあり、また館の活動記録もしっかりアーカイブされている。現代アートを中心とするミュージアムが、そのコレクションを必ずしもふんだんに画像公開できない代わりといってはおかしいが、このような記録のデジタルアーカイブをしっかりやっている傾向がここにも見られるのはうれしい。
金沢には小さな記念館などがたくさんあって観光コースにも入っている。これらを束ねているリンク集が「カナザワ・ミュージアム・コレクション」で、徳田秋声記念館、泉鏡花記念館、室生犀星記念館、金沢湯桶夢二館など、ゆかりの人の記念館や金沢蓄音器館などを束ねて紹介している。これらのなかから少数でも意欲的なものが出てくれば他に波及することが期待される。
金沢から小松市に来ると、市を物語るデジタルアーカイブは今ひとつであるが、なかで小松市立宮本三郎美術館のサイトには、この地に生まれた画家宮本三郎(1905-1974)について詳細な年譜が記されており、作品の紹介では、おすすめ、ジャンルで見る、制作年で見る、モチーフで見る、という入り口があり、それらがさらに分岐して、ユーザをうまく誘導している。死後50年経っていない作家についても先月の香月泰男と同様、こういう事例があるのは心強いことである。
石川県はミュージアム全般に熱心なのであろうか、以上のようなアート、伝統文化以外でも、ユニークな館がある。以下に二つあげてみよう。
石川県西田幾多郎記念哲学館は、この地(かほく市)に生まれた哲学者西田幾多郎(1870-1945)の生涯を記念したもので、このように哲学をテーマにした博物館はおそらくほかにないとのことである。館の全容をサイトで伝えるのは困難であろうが、それでも館の構成、館のテーマを受けた安藤忠雄の設計による建築の紹介などはわかりやすい。図書検索は目的をもってキーワード入力をしないと何も得られないが、そのほかにこの館のニュース、これまでに作られた、また展示されたものの画像、西田の生涯・年譜などはかなり詳しく、その人となりがおよそ理解できるようになっている。今後の進展によってはユニークな上に充実したものになるのではないだろうか。
もう一つは中谷宇吉郎雪の科学館で、観光客にも非常に評判が良い館である。中谷に関する説明はもう少し詳しくても良かったのではないか。この魅力ある対象のデジタルアーカイブが少しずつ増えていくことを期待したい。
|
|
|
|
|
|
左:石川県西田幾多郎記念哲学館
右:中谷宇吉郎雪の科学館 |
|
|
|
|
|
このように全体を見ていくと、最初にあげた石川新情報書府があることが、多少なりとも刺激にもなり、また個々の当事者にとっては困難な情報発信を補っているということが出来る。
以下、これを行政施策の一つのタイプとして見てみよう。筆者はこの書府の委員を務めており、多少贔屓目な考察になっているかもしれないが。
書府で取り上げたテーマに対する事業は、一つひとつがもっと充実していることが望ましいが、テーマ毎の制作公募・業者選定の結果として個々に進める場合は、その内容にばらつきもあり、結果として散漫になってしまうこともあった。それでも個々の資産の持ち主、当事者が出来ないところを一つのコンセプトをもとに県がデジタルアーカイブ化およびデジタルコンテンツ化を一通りすることで、当事者が次の段階に自らことを進めるのを促した、またその要領が見えるようにした、ということが出来る。そこではデータベースよりも番組コンテンツ的な色彩が強いが、行政特に県は多くの場合それらの持ち主ではないから、作るものは動画映像コンテンツにならざるをえないところはある。それでもこれだけ(10年)続け、集積した結果、その影響力はあったといえるだろう。
|