奈良──「古都」から入る世界
笠羽 晴夫
奈良は多くの日本人にとって古都のイメージが強いが、現在は大都市京都に比べても規模は小さく、また県全体となると、どういうところかというイメージは必ずしも定着していない。それでも古都であり、独立行政法人になった旧国立機関はいくつかこの地にあり、充実したデジタルアーカイブがある。それらは自然に「奈良」に関するものを集中して扱っているから、少なくとも県の中心部についてはこの地を語るという性格は有している。
奈良文化財研究所
まずは考古学に属する資料、文化財を扱う
奈良文化財研究所
のサイトを訪ねてみよう。結論からいくと、これはわが国の全ミュージアムと比較しても最も優れたデジタルアーカイブ提供サイトの一つである。以前から注目していたが相変わらずの充実ぶりである。マン・マシン・インターフェイスもセンスがいいし、日ごろの活動、過去の研究実績、トピック、そして所蔵物、関係している屋外の遺跡などに関して、ミュージアムの平均よりレベルが数段高い。そうはいっても素人にも楽しく、この分野の百科事典としても使うことが出来る。それはこの研究所の
飛鳥資料館
サイトにも通じていて、ここではCurlというソフトをプラグインすると、館のヴァーチャルツアー、明日香古墳の復元俯瞰図などが表示される。研究所付設ミュージアムサイトにマッチしたものといえよう。
研究所サイトに戻るが、ここには「木簡辞典」という、その扱っている対象のレベルを考えれば、随分わかりやすくサービスしているデータベースがある。ただ、トップページからなかなか見つけにくいのが難点で、残念なことである。
奈良国立博物館
扱う時代が下って
奈良国立博物館
では、仏像などで寄託品が多い。所蔵品は約1,200件、そのなかから162点が名品として紹介され画像をみることが出来る。数、分野とも適当であるが、単に並んで出ているだけであるので、何か全体を順に歩いてみるガイドが欲しいのは、いつもながらのリクエストである。また画像の拡大はもう少し強力であったらと考える。特に文書、書などについてはそうである。同じことが所蔵写真検索サービスでもいえる。特に文書が充実していることから、その感は強い。検索への入り方は、分野などが明示されており、キーワードだけのものよりは使いやすい。
このように国立の施設といっても奈良の場合はほとんどこの地の文化財を対象としている。では次に
奈良県立美術館
を見てみよう。「所蔵品コレクション」に入っていくと、富本憲吉コレクション、絵画、浮世絵、彫刻、工芸という区分で数十点の画像が公開されており、そのなかからさらに20選が組まれている。奈良との関係はそれほど多くはない。画像はあまり大きくないが画質も含めどんなものかを知るには十分である。このようにミュージアムの紹介としては優れたものだが、やはりデータベースの公開は望みたいところである。
このほかに奈良県立万葉文化館があるが、これはどちらかと言えば図書館、文書資料館の性格が強い。
奈良女子大学附属図書館
それでは、奈良の都というあまりにも強い性格とはすこし違った方面の地域アーカイブはないかと見てみると、これは大学図書館に行き着く。
奈良女子大学附属図書館
は以前から注目していたが、今でもやはり見事なものである。先ず
画像原文データベース
としてまとめられているものには、伊勢物語の各本、江戸時代の多くの紀行文、ここの教授であった世界的数学者岡潔の文庫(数学論文ほか)、この大学および女子教育に関する記録、などがあって充実している。特異な物では21枚の教育用掛図は貴重な資料だろう。こういうものはなくなりやすい。
そして
奈良地域関連資料データベース
では、寺社に関連したものがやはり多いが、寺社サイト(後述)の情報を補完する要素が見られる。10を超える寺社縁起絵巻を拡大画像で見ることが出来るが、美術的な興味からすると元興寺極楽坊縁起絵巻は圧巻だ。ただ昔の奈良を物語るここまでの豊富な資料を前にすると、通常の地域博物館的な選別、展示、解説も欲しいところであり、今後何らかのかたちで実現していくことを期待したい。もっとも、まずアーカイブがあって、次によいミュージアム機能が欲しくなるというのは、きわめてまっとうな話であり、プロセスである。
そしてもう一つ、
奈良教育大学学術情報センター図書館
がある。公開されているデジタルアーカイブは貴重書と大型コレクションのカテゴリである。ここで、奈良絵本のほかいくつかの古文書を画像で見ることが出来、公開がさらに増加してくることが期待される。東大寺金剛神縁起絵巻は拡大機能で鮮明に見ることができ、翻刻文がついているのも親切である。そして、
同センター教育資料館
にあるのは、奈良県の初等教育資料だ。かなり古いものの全文を画像で見ることが出来て、ネットから見ることが出来るのは表紙のみというよくあるパターンでないのはうれしい。「大和のうた」では音声も聴くことができ、さらに「奈良絵本」、児童作品の集積など、まさにアーカイブである。寺社のほかに県の文化についてアーカイブを見ることが少ないことを考えれば、教育分野でこういうものを見ることが出来るのは貴重である。
奈良ネット
さて次に、有名寺社についてはどんなものだろう。
多くの寺社について標準的な情報を提供している「
奈良ネット
」(nara-netサポートセンターが提供)がある。ここでは20の寺社について、歴史、行事、アクセス、建築、彫刻、絵画、工芸という区分で、情報をほぼ統一した形式で提供している一方、画像などの権利は各寺社に属することが明示されている。公式ホームページを持っているところはそこにもリンクが張られている。
多くの寺社で、観光客が訪れる前に一通りの情報を得ておくという目的にはかなったものといえる。観光と言う観点からは室生寺、長岳寺など、気持ちのいいサイトである。
一方ここから入って、内容に手ごたえがあるのは、まず興福寺である。
http://www.naranet.co.jp/koufukuji/index.html
(奈良ネット)
http://www.kohfukuji.com/
(公式ホームページ)
後者の「文化財データベース」における個々の記述は簡単なものだが、寺社のものでこのレベルはそんなにない。検索の入り口では、ジャンルあるいは国宝などのランク指定だけでもある程度は鑑賞し楽しむことが出来る。今後も画像の拡大など期待したいところである。
薬師寺のものも優れていて、
http://www.naranet.co.jp/yakushiji/index.html
(奈良ネット)
http://www.nara-yakushiji.com/
(公式ホームページ)
公式ホームページとあわせると、建築、仏像、絵画、工芸など、ほかと比べてより寺の全容とでもいうべきものが見えてくる。写真も鮮明である。
東大寺も
奈良ネット
では、建築、彫刻、工芸、絵画について、画像が数点ずつ手際よく提示されている。
公式ホームページ
を見ると、この寺についてさらに詳しく知ることが出来る。ただ両方を見ても、大仏の全容を見ることは出来ない。実際に訪れても下から見るだけであり、もう少しここで見たいという期待は残る。
大和文華館
以上はどこか奈良という古都ゆえの性格が強いものであるが、もう少し一般的な充実したミュージアムはと見ると、
大和文華館
がある。ここは日本と東洋の美術において上質のものを集めており、その全容を説明するサイトとして、イメージアップになっている。色使いもよい。名品選として日本と中国の絵画、書跡、彫刻、漆工、陶磁、金工、染織など、30点近くがそれほど大きくはないが鮮明な画像と丁寧な解説で公開されている。サイト上でも売られている図録から想像するに、30選はもちろん豊富な所蔵品のごく一部である。いずれ名品選の収録数が増えていくこと、またこれがデータベースのレベルになることを期待したい。
ここでもう一つ別の視点で考えてみよう。明治以降、奈良が美術的な観点で注目を集めてからすでに長い年月が経っている。その間、写真による記録もさまざまなスタイルで多くの蓄積がある。その一つが
入江泰吉記念奈良市写真美術館
である。奈良を記録した写真家を記念したもので、入江泰吉を中心に、工藤利三郎、津田洋甫の三人の作品が収蔵されているようだ。いずれ公開されることを期待したいが、別の観点で、奈良を記録した写真というものについて、このサイトでより詳しく述べられてもよいのではないだろうか。
そう、こうして見てきて思いがつのるのは、県としてもう少し広がりのあるこの地域を語るアーカイブ、そして奈良を記録してきたことのアーカイブ、この二つである。
2008年7月
[かさば はるお]
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掲載/笠羽晴夫
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