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プライバシーステートメント
デジタルアーカイブ百景
デジタルで見る意味は 結びにかえて
笠羽 晴夫
 これまでデジタルアーカイブのさまざまな様相を、カテゴリー、地域、課題となるテーマなどについて、風景として眺めてきた。一番多かった「地域」については、意識的に北と南からという流れにしてみたが、そろそろ中央に入ってきている。残った大都市圏について地域として扱う意味はあまりないだろう。
 ここでふたたびいくつかのテーマについて感想をまとめておくことにする。3年の間に変化したものは多いのである。

デジタルアーカイブ 目指すレベルは見えてきた
東京国立博物館
東京国立博物館
国立公文書館
国立公文書館
 デジタルアーカイブ普及の目安ということでいえば、これは量と質が充実し、その運営が継続され、そして少しでも多くが快適な環境で公開される、ここに尽きる。特に私がユーザーの意識で見るときはそうである。
 3年経ち、まず我が国を代表する各分野のアーカイブであるが、その立場をよく認識した積極性と先進性を見せていて、これは好ましく、喜ばしい。すなわち、東京国立博物館国立国会図書館国立公文書館である。これらは早くからデジタルアーカイブというコンセプトを理解し、その推進をWebサイトで明に見せていた。そして館の広報、ユーザーへのサービスとして、そのデータを提供、公開し、所蔵アーカイブのパブリック・ドメイン化(公共財化)を図っている。
 したがって、多くの公立、私立の館は、これらを一つの標準とすることになる。何も国立のトップがやることだからそれに従うべきだ、といっているのではない。そうではなくて、評価しまた見習うべきはこれらの館の認識である。政府に言われたからやり始めたわけではないことは、私もよく知っている。
 また、特に原因、理由は見当たらなくても、ある地域でどこかの館がしっかりしたデジタルアーカイブを構築しているところは、それがまわりに何らかの標準として理解されていると見られ、他の館の構築・運営に良い影響を与えているところが少なくない。自治体の予算策定においても、おそらく影響はあるのであろう。ただ、これが今後継続してどうかとなると、リーダー的存在によるもう少し積極的な音頭とり、舵取りがほしいところである。
 残念なのは、なんらかの補助金でよいものが構築されたのち、メンテナンスや増強が見られないことである。こういうことに対しては、一般ユーザーからの注文がほしいところだ。

デジタルアーカイブの意味を問い直す
石川県立美術館
石川県立美術館
「ボストン美術館 浮世絵名品展」公式サイト
「ボストン美術館 浮世絵名品展」公式サイト
 ここで、最近の関連あるトピックに目を向けてみよう。
この9月、石川県立美術館が改装に伴う1年の休館を終え、開館した。今年1月に石川県の項で述べたように、休館中もここの収蔵品を概観することは出来て、しかもその間に他館で見られるものの情報も提供されていた。再開とともに、ここのサイトにもより活気が感じられる。物理的な館自体とサイトそしてデジタルアーカイブは、両輪なのだと、あらためて思う。

 そして「デジタル」ということの意味を衝撃的に考えさせられたのが、ボストン美術館所蔵の浮世絵である。今、江戸東京博物館で「ボストン美術館 浮世絵名品展」が開催されている(〜11月30日)。ボストン美術館の浮世絵は、明治時代にフェノロサ、モース、ビゲローが集めたものが主体で、今回はビゲローのものが中心のようだ。そして、収集されてのち、展示される機会が極めて少ないことから、刷りあがってからあまり退化してない、驚くほどの新鮮な状態で見ることができ、それがまた話題となっている。ところが、このほかにスポルディング兄弟が寄贈したものが高く評価されていて、しかも寄贈時の条件が展示しないことであるという。今回はその範囲からもれた絵本のみが公開されている。
 一方、9月7日(日)放送のNHKスペシャル「よみがえる浮世絵の日本」では、展示しないことが条件の寄贈品については、デジタル化されたものが今後公開・活用されていくとのことで、その素晴らしい魅力を垣間見ることが出来た。ご覧になった方々も多いだろう。
 ここで言えることは、一つはデジタル技術の威力であり、デジタルアーカイブというコンセプトの一つであった、退化を抑えながら高精彩なイメージを多くの人に提供する、ということの実現であり、効用であろう。
 しかしながら、こういう文化資産の生涯ということから考えると、不思議な気持ちもするのである。確かに100年以上ほとんど封印されていたおかげで、専門家が見ると大変よい保存状態のようであるし、そのデジタル画像は新鮮である。ただし、作品が直に、多くの目に、長い期間、触れられ、そうした過程で鑑賞、評価されてきた世界で、このようにデジタル画像だけが外に出てくるものがあると、それが古びていないとはいえ、最初に話題になったあと、どういう扱われ方、楽しまれ方をするだろうか。興味が続くのは案外、短期間だけかもしれないのである。今回は版画であるから、一応同じものが複数あることが多く、退化したものとしていないものを比較できるケースもあるわけだが、このあたりがデジタルアーカイブだけあればよいという考え方の落とし穴かもしれない。

 ともあれ今まで目に出来なかったものを、画面上とはいえ見ることができるということを、今しばらくは喜びたいのだが、そうなるとあらためてデジタルアーカイブとは何だろうか。
 思い切って言ってしまえば、デジタルアーカイブとは「オリジナルなものが特定できるとき、その2次資料としてのデジタルデータを指す」ということが出来る。それはボーン・デジタルすなわち最初からデジタルで生まれたテキスト、イメージなどにおいても同様であり、作者が容易に変えられるデジタルデータであっても、いつのどの版ということが定義されていて、そのデジタルコピーがデジタルアーカイブである。
 そうなると、オリジナルの紙や絵の具が変質する絵画、版画などのデジタルアーカイブは、いつのどの時点のアーカイブか、つまり取得時点の記録データが重要になる。これは当初からいわれていたことである。
 今回の浮世絵版画の場合も、いくら出来た当時の姿がよみがえるといっても、それを捕らえたデジタル画像は、しかも今後の公開はおそらくそれだけになるであろうデジタル画像は、そういう条件のもとに出来たデジタルアーカイブである、ということは、銘じておかねばならない。これがほとんど実物そのものというわけではないのである。

ユーザーの立場に徹してみよう
 さて、また一般的な動向の話にもどると、当初は腰が引けがちであった没後50年未満作家の作品画像公開、これは各館当事者の試行とご苦労もあり、少しずつ、画像の大きさなど条件つきではあるようだが、前進してきた。このようなものがさらに進んでいくためには、ともかく実現出来ているという状況が一番効き目がある。先ごろ政府の知的財産本部によってまとめられた新しい著作権制度の骨格では、「公正目的」なら利用許諾不要に、といういわゆるフェアユース規定の対象を広げてネットサービス展開をしやすくするそうである。しかし、このような制度は、上記のように著作権保持者から許諾を取っていくという努力と実績の上に、パブリック・ドメイン化の進行とともに築かれるのであって、決してその逆ではない。
 そして、この間繰り返し言ってきたように、データベース検索に入る前のさまざまな情報、つまりここにはどんなものがあるのか、少なくとも注目される作家、作品はどんなものがあるのか、その一覧は、またカテゴリーで絞り込んでいくときのサポートは、などユーザーの対場に立った配慮とサービスで、使われ方、評価は格段に違う。
 そうして、デジタルアーカイブの当事者とは別に、それについて関心あるものがブログなどで周辺の情報を提供し、ネットワーク世界全体として、価値あるものが、面白いものが見つかりやすくなる、そういったいわばWeb2.0の良い面は、もっと伸びてほしい。この2年くらいの間に、音楽や映画にくらべて少なかったアート分野のこういう動きもだいぶ出てきた。デジタルアーカイブの当事者もうまく活用してほしい。こういう情報の正しさについてはいつも議論されるところだが、ないよりはあるほうが、確実なウラをとる情報、サイトを見つけることに結びつくというものだ。

 このように、デジタルで見る意味はどうなのか、と考え始めてみたが、こうやってネットワークの中で、いろいろ渉猟しながら、その実物を近くで見る機会があればそれをとらえて見に行く、そんな行動スタイルは私自身に限っても多くなったようだし、特に今年はミュージアムの入りもいいようである。デジタルアーカイブの認知とこういう状況との間にどれだけ相関があるかわからないが、少しでも追い風になったことを喜びたい。

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 35回続いたデジタルアーカイブ百景も今回でひとまず終わりである。文字どおりの百景は無理としても、北斎ではないが三十六景の手前まで続くとは思ってもみなかった。これもデジタルアーカイブに関心を持ち続けておられる読者諸兄、そしてこのアートスケープの担当編集者のおかげである。感謝します。
 本稿に書いたようにデジタルアーカイブのコンセプトそしてその実現の実態について、理解は随分進んできたけれども、今後もサポートは必要であるし、私もそれに加わりたい。おりしもこの秋からは、カテゴリーや地域ごとの景色からさらに焦点を絞り、デジタルアーカイブを構築運営している現場を探ろうと、「デジタルアーカイブの里を訪ねて」という連載を、別のところに開始した。デジタルアーカイブに関心がある方々には、これからもさまざまな形でその現況をお伝えしたい。
 長い間、ありがとうございました。
2008年11月
[かさば はるお]
前号
掲載/笠羽晴夫
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