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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
“色の道”の先端を行く「三宅洋一」
影山幸一
三宅洋一
色彩の計測・解析の先端的研究を行なっている
三宅洋一氏
 北アルプスの登山口、黒四ダムの入り口、長野県大町市。そそり立つ冬山を思った。ここで高校まで過ごしたという三宅洋一(以下、三宅氏)、千葉大学工学部教授は画像情報処理の横綱と呼ばれているが、相撲界のように活躍は国内に留まらない。昨年2003年には還暦を迎え、アメリカ画像科学学会(IS&T)の名誉会員に選ばれ、SIGGRAPH2003では、「肌色の解析と合成に関する研究論文」が選出され、発表した。
 アインシュタインも学んだというスイス連邦工科大学チューリッヒ校に留学した三宅氏は、物理的色彩論のニュートンと、感性的色彩論のゲーテを融合させた観点から、奥深い色の道である色彩研究に積極的に取組んでいる。

 子供の頃は工作が好きでラジオを製作していたという三宅氏。千葉大学の学生時代には写真工学科に在籍していたこともあり、カメラマンを目指したこともあった。しかし、カラー写真の現像時に色が浮き出てくるのが新鮮で嬉しく、少しずつ写真から画像の色の世界に入っていった。1970年代初期からコンピュータを始めたというが、まだコンピュータの黎明期であり、メインメモリが128KBで紙テープ式のコンピュータだったと当時を振り返る。1972年頃が日本で最初のカラー画像処理研究ではなかろうかと言う。
 三宅氏によると現在、分光画像処理の先進的な研究は、国内では千葉大学、東京工業大学、総務省の認可法人である通信・放送機構(TAO)が先行している。海外では、フィンランド・ヨエンスー大学イギリス・ダービー大学ナショナルギャラリーフランス・原子力庁電子情報技術研究所(CEA-LETI)ルーヴル美術館アメリカ・スタンフォード大学ロチェスター大学などが活発な活動を見せているそうだ。
 三宅氏の研究室では画像情報処理の見地から、医工学(医療のトレーニングシステムの開発、Virtual Reality等)・肌(再現)・質感(電子ショッピング、再現等)・分光画像(デジタルアーカイブ)の各分野を研究している。なかでも色彩科学の研究では、絵画のデジタル化による色の解析や、実物と画像との比較などを行ない色の再現性と質感を追求している。

 “色”の分析にあたっては、工学、心理学、生理学、医学、脳科学が複雑に絡んで研究されているというが、一般的に“色”とはマンセル表色系でいう色相、明度、彩度の要素が組み合わされたものとして理解されているものと思われる。その色は電磁波の、約380nmから780nm(1nmは100万分の1ミリメートル)の波長領域の可視光線となって、網膜にある3種類の細胞L,M,S錐体(すいたい)細胞約650万個と桿体(かんたい)細胞1億個を刺激して感知されていると言う。長波長が多い光を見ると“赤”、中波長が多いと“緑”、短波長が多いと“青”を感じる。この色を感ずる錐体細胞は、赤、緑、青(RGB: Red=700.0nm, Green=546.1nm, Blue=453.8nm)にそれぞれ反応して、視物質というたんぱく質が情報を脳に送っていると考えられている。一方、桿体細胞は光エネルギー変換効率が高く、低照度の暗い視環境下で活発となる。YoungとHelmholtzの3原色説に基づく混色によって色は作られているという。色光R, G, Bの加法混色(カラーTVなど)と、色材(インク、染料、顔料など)のC, M, Y(Cyan, Magenta, Yellow=青,赤,黄)で行なう減法混色(カラー印刷物など)がある。そして、色彩画像の解析、処理において基本となるのは、光の波長の中で、物体が反射した波長を示す分光反射率を測定することである。その分光反射率の測定には、コニカミノルタ島津製作所GretagMacbethなどの分光光度計や分光放射輝度計類を使用して、国際照明委員会(CIE: Commission Internationale de l'Eclairage) が1931年に策定した国際表示法CIE-XYZ表色系などで表示を行なう。

 油彩絵画の色を計測的に測色し、記録する具体的な方法を三宅氏に伺った。まず、計測的測色方法には点と面があるそうだ。点の測色は接触式と非接触式の2通り、面の測色については今後の課題となっていると言う。標準白色板(MgO: 酸化マグネシウム)を反射率100%として白色の基準としてから、計測対象である点の色に分光光度計や分光放射輝度計の発信する光を照射して、その反射率と透過率を計測する。測定径はφ3mm〜φ30mmほどの範囲を3段階に器械によっては切り換えが可能である。分光反射率は31次元あるいは61次元の離散値、ベクトルοとして表わすことができる。デバイスに依存しない色再現を目指すデバイスインデペント(device independent color reproduction)な色情報が、物体の分光情報によってえられると言う三宅氏は、これら器械の測定、照明を行なう上での幾何学的条件を提示する。1. 作品面を45度照明、垂直方向測定(45/0) 2. 作品面を垂直照明、45度測定(0/45)。さらに、測定値はキャンバスに塗られている絵具・ニスの表面反射と絵具内部で散乱、反射する光が混合して測定されるデータだが、必要に応じて表面反射光成分と内部反射光成分を分離して精確に計測することもあると言う。その方法は、偏光フィルターを光源と撮影系に挿入すれば済むそうだ。表面反射光は入射光と同じ偏光面をもつ直線偏光をもち、内部反射光は偏光性がないためである。計測データは視環境や測定法によって異なる値を示すので、それらのデータも忘れずに記録に残す。

マルチバンドカメラ
最新のデジタルマルチバンドカメラ
 面の測色については、まだ未着手の研究者が多いなか、三宅研究室では2色モデルと呼ばれる分光反射率が表面反射光と内部散乱光の線形和で表されることを仮定して、多方向照明によって三菱電機 と千葉大学で共同開発した高性能マルチバンドカメラ(3,072×2,060pixel、5枚のフィルター、単板式CCDカメラ)で撮影し、表面反射光成分と内部反射光成分の分離および分光反射率推定すなわち偏角分光測光を実施した。ほかでも一度に撮影したその後、分光反射率を推定する研究者が出るなど、面の測色研究は1999年以降活発化してきていると言う。将来、偏角分光測光と、表面反射光強度と内部反射光強度を表すPhongモデルによる3次元物体の分光情報と、反射光強度の記録と推定は美術作品の記録としても応用ができるだろうとしており、今後の研究開発が楽しみである。
 聞き慣れない専門用語に戸惑いながらも全体像を把握しようと集中した。三宅氏は次の約束の時間が迫っていた。ぎりぎりまで丁寧に説明していただき、駆け足で別棟に向かいマルチバンドカメラを見せていただいた。

 測色時の基本的注意点は、1. 撮影時には光源を拡散させ、光を均一にあてること。 2. 分光情報の表面と内部を別々に記録し合成すること。 3. 画像入力から記録、表示に至るまでのシステム設計を行なうこと(画像送信者と受信者の目的一致)。 4. デジタルカメラ(IT-CCD: Interline Transfer Charge Coupled Device)の使用に際しては、カメラ内で自動画像処理を行なっていることを考慮し、画像補正は注意して行なうこと。 5. 視環境データも付記すること。
 画像の画質確認については、ハードとソフトウェアに依存している部分が大きいが、色、諧調、鮮鋭度、ノイズ、幾何学的な歪みを確認することが大事である。美術作品の画像確認については、美術家・学芸員などプロフェッショナルの主観的な画像評価が重要な確認になると言う。

 色はいまだに全容を表わさないまま何兆円規模の色彩産業となっており、色を使わない産業は現在ほとんどないらしい。あまりにも日常的に色が存在して気にもならないが、デジタルを介して改めて考える機会をえて、物理的に解明できた色は数値に変換されるに至ったが、色が人間にもたらす意味(認識や感性)は、結局人間の脳そのものが解明されなければ分からないことだと知った。
 絵を見る行為は、色をひとつずつ解読していく作業ではない。絵全体の空間の中で、周辺の色を補完、調整しながら色や形に、思いを巡らせて創造を導き真理と対話することなのだ。

 点から面へ、より精確に。測色研究は絵画にあるような多色画面全体を短時間に計測・記録していく方向に動き出した。先行している形状計測と共にこれから計測精度が増していけば高精度なレプリカが製作され、美術館の作品鑑賞にも応用されていくであろう。いや、ほとんど人間の眼では知覚できないほど精巧にできたレプリカは、ミュージアムグッズを超えて、新たにオリジナルレプリカの地位を確立するかも知れない。現在もそうであるが我々は圧倒的にオリジナルよりも複製画を見ている時間が長い。その複製画の精度がIT技術によって高まったのである。人命に関わる高度な医療画像研究にも関わる三宅氏。白と黒のモノトーン世界を徐々にカラー化していくように、迷宮ともいえる“色”の世界を切り開いている。「与えられたそれぞれに対し全力で尽くすこと」を信条としている氏の身近に、ニュートン、ゲーテ、アインシュタインがいた。



■みやけ よういち 略歴
千葉大学工学部情報画像工学科教授。2001年〜東京工業大学フロンティア創造研究開発センター教授、2003年〜千葉大学フロンティアメディカル工学研究開発センター長併任。1943年8月長野県大町市生まれ。1966年千葉大学工学部写真工学科卒業。1968年同大学大学院工学研究科修士課程修了。工学博士(東京工業大学: 1978年)。1970-81年京都工芸繊維大学助手、講師、助教授。1978-79年スイス連邦工科大学文部省在外研究員。1982年千葉大学工学部画像工学科助教授。1989年から現職。1997年米国ロチェスター大学客員教授。1997年〜タイ国チュラロンコン大学客員教授。研究分野:画像情報処理(画像解析、評価、認識、計測、色彩科学)。絵画、美術品の分光的記録再現など。学会:アメリカ画像科学学会(IS&T)、日本鑑識科学技術学会、日本写真学会、電子情報通信学会、日本光学会、画像電子学会、日本色彩学会、日本VR医学会、バイオカラー研究会等会員。主な学会活動:IS&T(Vice President)、日本鑑識科学技術学会(前理事長)、日本写真学会(前理事長)など。Advisory Board Member: Center for Imaging Science, Rochester Institute of Technology,USA(2000-)。IS&T Honorary Member: For contributions to color and spectral image processing and analysis and the education of a new generation of leaders in color science(2003-)。主な受賞:1983年日本写真学会技術賞、1991年Charles E. Ives Award(IS&T)、1999年日本写真学会功績賞、1999年日本印刷学会論文賞、2000年Electric Imaging Honoree of the Year(SPIE、IS&T)など。著書:『色彩科学ハンドブック』(共著, 1998, 東京大学出版会)、『Colour Imaging Science』(2002, John Wiley & Sons)など。論文:2003年 N.Tsumura, N.Ojima, K.Sato, M.Shiraishi, H.Shimizu, H.Nabeshima, S.Akazaki, K.Hori and Y.Miyake: "Image-Based Skin Color and Texture Analysis/Synthesis by Extracting Hemoglobin and Melanin Information in the Skin", acm Transactions on Graphics, Vol.22, No.3. pp.770-779. (Proceedings of ACM SIGGRAPH2003)ほか多数。

■参考文献
三宅洋一『ディジタルカラー画像の解析・評価』(2002.6. 東京大学出版会)
[ かげやま こういち ]
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