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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
情報管理はギャラリー任せ――
美を考えないで美を生む「会田 誠」
影山幸一
 エロティックで、こわくて、かわいい。日常に潜む狂気をフォトジャーナリストのように切り取り、美しい線で執拗なまでに描き込み、現代社会の恥部を気品のある作品に仕上げる会田誠氏(以下、会田)がいる。新潟出身の会田は東京・西荻窪の自宅兼アトリエに「無人島」という看板を掲げ、美術家であり妻である岡田裕子氏と4歳になった機械好きの息子・寅次郎君と共に家族円満に暮らしている。卓越した絵画技法をもって過激でナンセンスなモティーフを描出する会田の作品を会田自身は、センス悪く尖っている作品と言うが今の世相を反映した作風にファンは多い。エッチでユーモアがあり、鋭く批判が込められ、具体的でインパクトの強い作品である。しかも、その一見軽薄な表面の見えが、細く本質へ続いているので賞味期限は長い。会田がお馬鹿をやればやるほど、なぜか鑑賞者の心が癒されるのだ。《犬》や《自殺未遂マシン》《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》のように、問題作を発表してきた会田を「無人島」に訪ねた。約束の時刻に行ったが、会田はたった今出かけたばかりだっだ。そんな予感はあった。「無人島」に上がらせてもらうと玄関の水槽にはドジョウがいた。台所の壁には黒マジックで等身大の少女が落書きのように描かれている。2005年4月1日から3日間この会田邸で行なわれた「西荻ビエンナーレ」の名残りであろう。寅次郎君が持参したデジカメに興味を持ち、しばし一緒に遊んだ。岡田氏が会田に連絡をとってくれて、個展が数日後に開かれるミヅマアートギャラリーへ向かうことになった。

現代美術家・会田誠
現代美術家・会田誠
 1,000円の理髪店でカットしたという髪、相変わらず寝起きのような風体の現代美術家・会田だがハンサムに変わりはなく、このかっこ悪さがかっこいい。質問に答える姿勢にも誠意を感じる。子供の頃の会田は特に夢もなく、ザリガニ取りやクワガタムシを捕まえたりして、ごく普通の少年だったと言う。が、小学校2年の頃はすでにリアリズム追求型だったようだ。物には影が見えるので、実際に見えるように描いていた。影を描くと物が立体的に見え、ボリューム感が出るなど、面白さを絵に感じていた。30年前、当時、岡本太郎の言っていた伸び伸びと描くことがいいとは思わず、岡本は間違っていると思ったというから普通の子供ではないだろう。小学校3、4年になって漫画家になりたいと夢を持った。会田の描いた現存する最古の絵は、この頃描かれた「ドクロと内臓」。粘土版の後ろに油性ペンで描いたもので、両親が残しておいてくれたため子供の頃の記憶が辿れると言う。会田の父は新潟大学社会学の教授、母が元中学校の理科の先生、父方、母方とも祖父が校長という教育的な環境で育っている。芸術家になろうと決めたのは高校時代。漫画家になるにはストーリーが長く書けない。漫画家は芸術家だと考えていたこともあり、芸術家になれば自己の抱えている矛盾が解決すると気がついた。

 会田が東京藝術大学美術学部絵画科油画(以下、藝大)を選択したのは、新潟にいて他の美大の情報が不足していたのが原因でもあるが、なにより国立は信用できて安心だった。私立より入学金などが安く英語の試験がないことも藝大を選んた理由と言う。一浪して再度藝大だけを受けて無事入学。《死んでも命のある薬》(1989)という油彩画に立体がくっついたような、ミクスト・メディアの平面作品を卒業制作として残した。大学院を経た後、泊まり込みの警備員やお酒のある店のウエイター、カウンターなどで働いていた。ここ3年くらいは美術家として自立を果たしているが、食うことはアート以外でやるものだと今も考えている。また、美とは何かの問いについては、「考えませんね。美しい絵を描こうとすると失敗することが多い。失敗とはコンクールで点が低いとか、講評会で馬鹿にされることです。崇高な話ではありませんが、競争社会の予備校では絵は成功しなければいけない。美を意識して制作すると弱々しくなることが多く、美以外のことを考えたときの方が結果的に他人が美しいと言ってくれる。だから美を考えない方がよかろうというふうに至りました」。美を考えないで美を生む。エロ・グロぎりぎりのモティーフでありながら美しい印象を残す会田の境地である。

会田誠《名称未設定-1(部分)》
会田誠《名称未設定-1(部分)》
紙にインクジェットプリント・アクリル着彩,H80×W180cm,2005
© Aida Makoto
courtesy of Mizuma Art Gallery

 会田は現在まで50点ほどの作品を制作した。予兆する絵画と思えるが、会田自身は記録する絵画と答えた。作品の記録・管理についてはすべてミヅマアートギャラリーに一任していると言う。アーティスト自身で作品管理をする人もいるが、ギャラリーに任せるとは会田らしくて納得。ギャラリーがアーティストに代わってデジタルアーカイブを実行すれば、業務支援・情報管理としても活用できるだろう。デジタルアーカイブをどう理解しているかについて会田は、一般的といいつつ「データが壊れてしまうとまったくゼロになってしまう。でも、コンパクトでいいよな」と的を射たことを言う。会田はデジタル・アレルギーではないが、ITが得意でもない。デジタルを保存・管理に使うよりは表現に活かすタイプ。妻である岡田氏の仕事もあり、最近PC(Power Mac G5)やデジカメ(ニコンCOOLPIX)を購入したそうだ。米国・サンフランシスコのLisa Dent Galleryで2005年11月17日〜12月17日まで開催されている個展にも、デジタル技術で制作したビデオ作品や布地に出力したタピストリーが展示されているとのこと。また、今回の個展でも高さ80×幅180cmのコンピュータで出力した紙をパネル貼りしたCG作品《名称未設定-1》が出展される。「画面のドットの粒子が見えない状態であれば、感情移入ができ、絵の具で描かれた作品と同じように鑑賞に堪えられるショーとして成り立つと思う」と、さらに、「細かな質より大きな枠組みが伝わればいいとサバサバ考える方なので、疎いですがデジタルを信用していないわけではない」とデジタルにはゆるやかに前向きだ。ただし、写真を美術品ととらえることには抵抗を感じているらしい。

 レオナルド・ダ・ヴィンチに関して伺うと、嫌いな人物ではないが描き方は邪道で我流と感じると言う。邪道で外れているからなんせ飛び抜けて目立ち、変だなあと思うと。小さいモナ・リザと呼ばれる《ジネブラ・デ・ベンチ》(38.1×37 cm)をワシントンD.C.のNational Gallery of Artで見たが、ガラスはなく(当時)鼻を近付けて見ることができ、よく見るとおかしな描き方で死んでも筆跡を消すぞ、というダ・ヴィンチの執念を感じた。国内で関心のある作家では国宝《風神雷神図屏風》を描いた江戸時代の俵屋宗達の名を挙げ、ハイセンスと愚鈍さがミックスした感じが会田にはできないこととして羨ましがる。また古美術や日本の絵もいいなあと、来年あたり菱田春草の《落葉》へのオマージュとして新作を考えており、日本画に関してはこれで打ち止めというくらいの大きな絵を描く構想があることを語った。現代のアーティストでは、インパクトの強さで会田と通じる点がある、イタリアのカテラン(Maurizio Cattelan)が記憶に残っていると言う。

会田誠+加藤愛《愛ちゃん盆栽(松)》
会田誠《ボク、169ページのまんがを描いたよ!》
上:会田誠+加藤愛《愛ちゃん盆栽(松)》
ミクスト・メディア,2005
© Aida Makoto,courtesy of Mizuma Art Gallery

下:会田誠《ボク、169ページのまんがを描いたよ!》
まんが原稿用紙に墨,2005
© Aida Makoto,courtesy of Mizuma Art Gallery
 近年の国際展では映像が増えて絵画の出展数が少ないが、ニューヨークの画廊では絵画が売れている様子だ。この二極化はますます進むだろうと会田は見ている。アーティストにとって絵は手っ取り早いし、感情移入しやすく、生活のためには絵描きがいいと言う。絵描きから美術家へフィールドを広げてきた会田は今後も絵はやめないだろうが、絵画世界を切り拓いていくのに責任を持つのは、自分以外の人であろうと言う。「来年あたりはなんちゃって映画を撮りたい」と表現領域拡大に意欲的な会田である。子供の頃から会田は無責任だったといい、現代美術家はちゃんとしなくても名乗れる気がして、天職かなあと思うようになったと、おちゃらけにも余裕がある。「自分では天才とは思っていない。ただ、軽い心の病気は子供の頃からあったと思う。バランスが偏ったところがあり、抽象的なもの、記号的なものの議論ができなく、具体的なものしかわからない。脳の半分くらい機能していないのではないかな」などと会田は言うが、日本を象徴する魅力的な美術家であることに違いはない。

 個展が2年ぶりにミヅマアートギャラリーで、2005年12月7日〜2006年1月26日まで冬季休廊を除き開かれている。展覧会のタイトルである『恋の前厄』は今年40歳になった会田が前厄であることも関連するが、O-ZONEの話題曲『DRAGOSTEA DIN TEI〜「恋のマイアヒ」〜』から連想されたもののようだ。今回の個展ではネット自殺をテーマとした《名称未設定-1》、美學校で会田の生徒だった加藤愛との共作《愛ちゃん盆栽(松)》、福岡アジア美術館で開催された《AniMate。》展のために制作した《ボク、169ページのまんがを描いたよ!》や新作映像作品《おにぎり仮面の小さすぎる旅》など野心作が出展されている。2006年1月21日のイベント「映像ダヨ!全員集合!!」にはビンラディンに扮した会田が登場するDVDの映像作品《The video of a man calling himself Bin Laden staying in Japan》が上映される予定だ。年末年始で忙しい時期だがビンラディンにも見てほしい。個展を目前にケータイを家において今夜からでも3週間ほど蒸発したいと、今の心境を最後にポツリ、会田は煙草を取って窓を開けた。

会田誠《おにぎり仮面の小さすぎる旅》 会田誠《The video of a man calling himself Bin Laden staying in Japan》
会田誠《おにぎり仮面の小さすぎる旅》
DVD(10’41’’)※続編製作中,2005
© Aida Makoto,courtesy of Mizuma Art Gallery
会田誠《The video of a man calling himself Bin Laden staying in Japan》
DVD(8’14’’),2005
© Aida Makoto,courtesy of Mizuma Art Gallery
(画像提供:ミヅマアートギャラリー)
■あいだ まこと
1965年10月4日新潟県新潟市生まれ。現代美術家。1989年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。1991年東京藝術大学大学院美術研究科修了。

主な個展:
1992年「絵は四角くなくなくてもよい」谷中ふるふる/東京
1994年「さりん」なすび画廊/千葉、「ポスター」同和火災ギャラリー/東京
1996年「NO FUTURE」ミヅマアートギャラリー/東京、「戦争画RETURNS」ギャラリーなつか/東京
1999年「道程」三菱地所アルティアム/福岡
2001年「食用人造少女・美味ちゃん」ナディッフ/東京
2003年「My 県展」ミヅマアートギャラリー/東京
2005年「Drink Sake Alone」Lisa Dent Gallery/サンフランシスコ,米国、「Donki-Hote」Man in the Holocene at IBID Projects/ロンドン,イギリス、「恋の前厄」ミヅマアートギャラリー/東京
主なグループ展:
1993年「フォーチューンズ」レントゲン藝術研究所/東京、「ギンブラート」東京
1994年「昭和40年会 INなすび画廊」六本木WAVE/東京、「新宿少年アート」東京
1995年「モルフェ'95―亀裂―」ミヅマアートギャラリーほか/東京
1996年「アートシーン90-96:水戸芸術館が目撃した現代美術」水戸芸術館現代美術センター/茨城、「TOKYO POP」平塚市美術館/神奈川 
1997年「昭和40年会――東京からの声」ガレリア・メトロポリターナ・デ・バルセロナ/バルセロナ、「Document&Art―その相互浸透性をめぐって―」アートミュージアムギンザ/東京、「美人画 会田誠VS.松蔭浩之」ミヅマアートギャラリー/東京、「こたつ派」ミヅマアートギャラリー/東京
1998年「S0 WHAT?‐Donai ya nen」エコール・デ・ボザール/パリ、
1999年「日本ゼロ年」水戸芸術館現代美術センター/茨城、「現代日本絵画の展望展」東京ステーションギャラリー/東京、「ペインティング・フォー・ジョイ:1990年代日本の新しい絵画」国際交流フォーラム/東京、「VOCA展'99:現代美術の展望――新しい平面の作家たち」上野の森美術館/東京
2000年「Five Continents and One City」メキシコ市立美術館/メキシコシティ
2001年「会田誠・岡田(会田)裕子・会田寅次郎 三人展」ミヅマアートギャラリー/東京、「横浜トリエンナーレ2001」パシフィコ横浜/神奈川
2002年「ぬりえ」カルティエ現代美術財団/パリ,フランス、「BABEL2002」National Museum of Contemporary Art(国立現代美術館)/果川市(韓国)、「25thサンパウロ・ビエンナーレ」サンパウロ,ブラジル
2003年「現代の日本画――その冒険者たち 横山操から会田誠へ」岡崎市美術博物館/愛知、「The American Effect-Global Perspectives on the United States, 1990-2003」Whitney Museum of American Art/ニューヨーク、「girls don't cry」パルコミュージアム/東京
2004年「ピクチャー・イン・モーション」栃木県立美術館/栃木、「孤独な惑星-lonely planet」水戸芸術館現代美術センター/茨城、「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望2004」森美術館/東京、「新潟の作家100人」新潟県立万代島美術館/新潟
2005年「AniMate。」福岡アジア美術館/福岡、「平成17年春 大原美術館 有隣荘特別公開『会田誠・小沢剛・山口晃』展」大原美術館 有隣荘 /岡山、「ガンダム 来たるベき未来のために」上野の森美術館 /東京など。
パブリック・コレクション:
国際交流基金、広島市現代美術館、豊田市美術館
著書:
小説『青春と変態』1996,ABC出版
漫画『ミュータント花子』1999,ABC出版
『会田誠作品集――孤独な惑星』1999,DANぼ
『会田誠第二作品集――三十路』2002,ABC出版
漫画『MUTANT HANAKO』2005,Le LéZard Noir
『太陽レクチャー・ブック004――アートの仕事』2005,平凡社

■参考文献
会田誠・池松江美(辛酸なめ子)・小谷元彦・グルーヴィジョンズ・小林孝亘・都築響一・八谷和彦・MOTOKO著、平林享子企画・編集・インタヴュー・文『太陽レクチャー・ブック004――アートの仕事』2005.11.10,平凡社
岡部あおみ『アートが知りたい――本音のミュゼオロジー』武蔵野美術大学出版局,2005.4.1
『美術手帖』2001.10.1,美術出版社
2005年12月
[ かげやま こういち ]
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