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ポッドキャスト──開かれたプラットフォーム
須之内元洋
 今回は、オンラインメディアの動画コンテンツ流通の現状をふまえ、アセットを活用した率先的なメッセージングの例としてミュージアムのポッドキャスト映像配信を例にとり、ポッドキャストの可能性について考えてみたい。

動画コンテンツの波及
Alexa
1──AlexaによるYouTubeのサイトページビューデータ
©2008 Alexa
 YouTubeについてはもはや説明の必要はないかもしれないが、2005年12月にサービスを開始したインターネット上の動画共有サービスである。"Broadcast Yourself."というキャッチコピーのもとでユーザがアップロードした動画コンテンツを共有し、コンテンツの閲覧を軸にして、コンテンツやユーザへのコメント、動画のプレイリストの作成・公開、お気に入りといったコミュニケーション機能を備えた、世界随一の規模を誇る動画共有プラットフォームである。ウェブ上のアクセスに関する統計情報を調査するAlexa★1より引用した過去3年間のサイトページビューのデータ[図1]を参照すれば、検索、辞典、SNS、写真共有といったネット上の主要なユーザ活動を支える既存サービスと比較しても、かつてないスピードでYouTube(ブルーライン)が人々の動画コンテンツ視聴環境として受容されてきた様子がうかがえる。公式のサービス開始から僅か2年の出来事である。
 ここ2年のあいだ、多かれ少なかれYouTubeに引導されるかたちで、インターネットを通じた莫大な量の動画コンテンツ流通が凄まじい勢いで世界を覆いつつあり、いまだその勢いが減衰する兆しはみえていない。米国の調査会社comScoreによる最新の調査結果によれば、米国のインターネットユーザが2007年9月の1カ月間に視聴した全世界のオンライン動画コンテンツは、のべ92億本以上(一本あたり平均2.7分)、米国インターネットユーザの約4分の3が少なくとも月に一回はオンライン動画コンテンツを閲覧し、ユーザあたりの平均視聴時間は3時間/月に及ぶ。ネットワーク上の動画コンテンツの流通がここまで急激に増大した背景としては、個人レベルでの容易なコンテンツ制作を可能とするソフトウェアの普及、あるいはブログなど既存のネットワーク上の情報生態系がユーザのアクセスを誘導していることなども考えられるが、なによりもユーザの意識を惹き付ける動画コンテンツそのものの力がその原動力であり、動画、音楽、写真といった既存の区別が一緒くたとなったデジタル動画コンテンツが、ネットワークに載って目まぐるしく世界を巡っている。
 アクセスが増えるにしたがってサーバーに集中的に負荷がかかり、アクセスの分だけコストが増大するという懸念が取り沙汰される状況では、iPod等の携帯型音楽プレーヤやネット対応薄型テレビとの連携を足がかりとしてYouTubeが継続的なビジネスモデルを構築できると予測するのは楽観的過ぎるが、テレビ局から消費者へという動画コンテンツの受容の枠組みに地殻変動を起こし、われわれの情報発信と表現のためのオープンなプラットフォームへと発展する可能性には期待したい。

ミュージアムの映像配信
tateshots
2──tateshots
 ネットワーク上の動画コンテンツ流通の概要をふまえ、ミュージアムの映像配信の現状に目を向けてみたい。展示施設の空間的な制約に影響されないで、より幅広い体験を訪問者にしてもらうべく、すでに多くの国内外のミュージアムがポッドキャストによる映像/音声配信を試みている。例えば、英国国立美術館群テートギャラリーのウェブサイト“Tate Online”では、作品の音声ガイド、アーティストや関係者へのインタヴュー、講演や議論の収録などを主な内容とする、ビデオポッドキャストを含む計6つのポッドキャスト番組を定期的に配信している。看板のビデオポッドキャスト番組“tateshots”には、ビデオポッドキャストの視聴で想定されるスタイル(比較的小さなスクリーン上で一人再生して観る)にぴったりな、ユーザを飽きさせず、丁度良い長さに編集が施された、クオリティの高い映像が揃っている。ちなみにtateshotsで配信された過去の動画コンテンツは、tateshotsという名のユーザによって、したたかにYouTubeでも共有されている。
 もうひとつ、米国カリフォルニア州にあるサンホセ美術館(San Jose Museum of Art)が配信しているSJMA PODCASTを取り上げたい。通常、質を備えた魅力ある映像/音声番組をミュージアムが制作して配信しようとする際には、例えばAntenna Audioのようなノウハウを持った外部の制作会社への外注が一般的である。そうした通例に反して、サンホセ美術館のSJMA PODCASTは自前でクオリティの高いコンテンツをポッドキャスト形式で発信しており、肝要なノウハウさえおさえれば、ポッドキャスト形式での映像配信は各ミュージアムの範疇にあることを実践してみせた例として外部からも評価されている。特に中小規模のミュージアムにとって、限られた予算と人材リソースの制限のもとで、魅力のあるインパクトの強いユーザへのメッセージングを実現する手法として注目を集めている。

文化産業としての観光とアーカイブ
 歴史上最古の文化産業は、19世紀後半のトーマス・クックによるパッケージツアーであるといわれている。文化体験をパッケージングして商品化し、近代における観光の産業化の第一歩を記したのが彼であった。19世紀には一部の富裕層の楽しみでしかなかった観光は、わずか1世紀とすこしのあいだに一大産業にまで成長し、2006年の国際観光収入は年間7,330億ドル(約8兆円)、国際観光旅行者の数は全世界で年間8億4600万人を数えるようになった★2。実際にはトーマス・クック以前にも、すでに団体旅行の前例はいくつもあったとされているが、先払いのパッケージツアーの参加者を広告によって募集したという点において、体験を商品化するということへの先見の明があったといえよう。
 デジタルアーカイブのようなネットワーク上のメッセージングは物質や質量をともなわないため、ほとんどの場合、アクセスしたユーザになにを体験してもらい、なにを感じてもらうかということに、その価値が集約されている。今後ネットワークメディアの多様化が進み、携帯電話やiPodのようなユーザの携帯型端末と接続されたメディア環境が普及してくると、空間やシチュエーションと連携した体験のパッケージングが可能となり、新たな経済との接点も模索されるようになるであろう。ミュージアムや観光サイトが率先して取り組むポッドキャストはその始まりである。
 デジタルアーカイブにおいても、もう一度自らのアセットをくまなく見渡し、新たなメディア環境へメッセージを発信していくことが要請されているのではないだろうか。
★1──Alexaそのものの説明については、Alexaのサイトやマーケティングに関する情報サイトなどを参照していただきたい。
★2──World Tourism Organization: UNWTO Tourism Highlights, Edition 2007
須之内元洋
1977年生。メディアデザイン。プログラマ。写真家。札幌市立大学助手。
international & interdisciplinary design practice - assistant Co.,Ltd.所属
2008年1月
[ すのうち もとひろ ]
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