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森正洋デザインアーカイブ構築プロジェクト
──デザインにおける資産運用モデルの提案
須之内元洋
 今年度の連載では、筆者が関わるデジタルアーカイブやネットサービス等のプロジェクトを題材に、メディアを構築する側の視点からプロジェクトの現場の挑戦を紹介させていただく予定である。文化資産の継承や再価値化、都市の活性化、活字メディアの再構築といったミッションに対する、ネットワーク型メディアを活用したアプローチの話を軸に据え、システムの現場への導入、メディア運用の体制やプロセスにまで言及したいと考えている。本連載の第1回目は、森正洋デザインアーカイブ構築プロジェクトをとりあげたい。

デザインポリシーの保存と活用
 故森正洋氏(1927-2005)は、半世紀以上にわたって戦後日本の食卓に合わせた食器づくりに心血を注いだ陶磁器デザイナーである。森氏の初期の代表作「G型しょうゆさし」(1958)は、1960年に第1回グッドデザイン賞、1977年にロングライフ賞を受賞し、今日なお一般に販売が継続されているプロダクトである。「社会の多くの人のために」「現代の生活に必要な日常の器」をデザインする、という彼のデザインポリシーを体現した作品である。森氏はプロダクト・デザインの社会性をいち早く認識し、前述のデザインポリシーに沿って一貫した提案を行なってきた人物である。

 2005年11月12日、森正洋氏は逝去された。後に残されたのは、数多くの作品や試作品をはじめ、スケッチ、ノート、写真、収集品を含む膨大なデザイン資産。そのいずれもが森氏のデザイナーとしての視座とその時代を物語る貴重な資料でもある。森氏が自身のデザイン活動の拠点としていた佐賀県嬉野市にある自宅兼アトリエでは、こうした未整理のままの資料が放置される状況がしばらく続いた。実際、筆者が2007年初頭に現地を訪れた際には、昨日まで森氏が創作活動を行なっていたのではないかという気配が、アトリエのそこかしこに満ちている状態であった。その雰囲気を活かしながら、こうした膨大なデザイン資産を整理して継承していくためには相応の労力を要し、継続可能ななんらかの体制を構築することなくしてはその作業が困難であることは明らかであった。また、膨大でジャンル横断的な資料群について、法的にデザイン資産を引き継いだ個人が、その価値と可能性を完全に把握し整理することは大変、困難である(世間は多様な専門性を持った人々によって構成されているという文脈において)。こうした危機的な状況のもと、2007年10月1日、森正洋夫人・森美佐緒氏の委託を受けるかたちで合同会社森正洋デザイン研究所が設立された。会社のミッションは、森正洋氏の作品と諸権利とともに、その創作の礎となった幅広い関心、知識の保存と活用を図ること。地元九州の編集者、研究者、デザイナーといった、生前に森氏と交流のあった有志がメンバーとなった。年齢は30代1人を除き、65歳以上。いずれのメンバーも森氏へのそれぞれの想いを内に秘め、「社会的/実感/前衛」といった森氏の問題意識を次世代に伝えるという、ミッションへの情熱を持った方々である。こうした経緯を経て、森正洋デザインアーカイブ構築プロジェクトが発足した。
2007年初頭に訪れたアトリエの様子 「森正洋デザインアーカイブ」トップページ
左:2007年初頭に訪れたアトリエの様子
右:「森正洋デザインアーカイブ」トップページ(近日公開予定)
作業プロセスをデザインする
 森正洋デザインアーカイブ構築の最初のステップは、作品や資料のデータを格納するデータベースの導入である。森夫妻が保存していた作品、スケッチ、ノート、写真、収集品などを一つひとつチェックし、撮影とスキャニングによってデジタル化してメタデータとともに保存してゆく。最初にデータベースを作成する目的は、「存在するデザイン資産を台帳化して全体像を把握すること」「外部に向けたメディア構築のための素材を揃えること」、そしてなにより「作品と関連スケッチ、あるいは写真と収集品と位置情報との関連づけなど、データベース上で行なう情報編集プロセスにおいて森氏のデザインの視座を積極的にあぶりだすこと」である。データベース構築に際して用意した機材は、ウェブ/データベースサーバー、ネットワーク設備(回線、ルータなど)、簡易撮影スタジオ設備(高演色性照明や背景紙など)、デジタルカメラ、各種スキャナー、作業用PCなどである。データベース構築に必要な機材はすべて通常民生用のもので運用している。データベース導入時に必要とされるのは、求められている仕様を満たすと同時に、現場に適合したプロセスとシステムの設計である。現地でハードウェアを設置した後、ヒアリングや観察を行なうことによって、現場の物理的な状況、資料の状態、作業を行なう担当者の能力を想定しながら、行程がスムースに遂行されるようデータベース作成のプロセスを構築することが求められる。データベースの情報構造化モデルは、「ミュージアム資料情報構造化モデル」★1を参考にしながら、特にプロダクトとしての陶磁器資料情報の保存/編集に必要なデータ項目について検討を重ねたモデルを採用している。現在、日々資料情報が追加されており、ある程度の資料が揃った段階で、資料情報同士の関連づけや格納データの活用のフェーズへ移行する予定である。

データベース内の資料カード一覧のスクリーンショット
データベース内の資料カード一覧のスクリーンショット
 本プロジェクトの可能性は、森正洋という人物の魅力や生前のリアルな関係によって引き寄せられた地域の人々が、その想いを抱いて積極的にプロジェクトに参加しながら、デザイン資産の保存と活用にとって有効なデジタルアーカイブのプロセスを確立する部分にある。プロジェクトのメンバーに学芸員はいない。文化資産の価値判断、保存や継承の役割を美術館や博物館に委ねるという選択肢のほかに、想いのある人々が自ら実行可能なデジタルアーカイブのモデルを提示したいと考えている。次回は、データベース上で行なわれる情報編集のプロセス、データベースを活用したコンテンツ制作や事業展開の可能性に焦点をあててみたい。
須之内元洋
1977年生。メディアデザイン。プログラマ。写真家。札幌市立大学助手。
international & interdisciplinary design practice - assistant Co.,Ltd.所属
2008年6月
[ すのうち もとひろ ]
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