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続・森正洋デザインアーカイブ構築プロジェクト
──メッセージの蓄積からメッセージの発信へ
須之内元洋
 前回、本連載の第1回目では、ネットワーク型メディアを活用しながら文化資産の継承を試みようとする事例として、森正洋デザインアーカイブ構築プロジェクトを紹介させていただいた。プロジェクトのバックグラウンドや目的、アーカイブの運用体制やそこで扱われる文化資産に至るまで、その全体像を見渡しながらプロジェクトの概要を述べるとともに、プロジェクトの最初のフェーズとして、作品や資料をデジタル化して、アーカイブの土台となるデータベースを構築するプロセスをとりあげ、そのプロセスを築く際に考慮されうる事項を紹介した。今回も引き続き、同プロジェクトを具体事例として、作品や資料のデータベースから森氏のデザインの視座を積極的にあぶりだし、データを活用して外部に発信していくフェーズについて、その実践の様子をご紹介したい。

すべての資料をデジタル化
 まず、アーカイブの運用を支える土台となる作品や資料のデータベースについて、前回の記述に加えて補足をしておきたい。本プロジェクトにおけるデータベース構築の主たる目的は、「存在するデザイン資産を台帳化して全体像を把握すること」「外部に向けたメディア構築のための素材をしつらえること」「データベース上で行なう情報編集プロセスにおいて森氏のデザインの視座を積極的にあぶりだすこと」である。ここで留意されるのは、ミュージアム(専門知識を持つ学芸員など)の既存の価値判断基準によって対象を取捨選択し、その判断にデザイン資産の運命を委ねてしまうのでなく、森正洋デザインアーカイブ構築プロジェクトにおいては、物理的に存在する資料を保存するとともに、原則すべてのデザイン資産(作品、試作品、スケッチ、メモ、経歴、写真、講演スライド、蒐集品など)をデジタル化してデータベースに格納し、保存継承していくという方針を採っていることである。膨大な情報の海へとネットワークを介して接続されたデジタルアーカイブは、そこになにがどれだけ保存されているかということも注目されるが、それ以上に、アーカイブを介してなにが伝えられるかということに意義がある。そのためには、データベース上で行なう情報編集プロセスにおいて森氏のデザインの視座をあぶりだし、人々に伝わる形式に翻訳して発信していく作業が必要であって、その前段として、手元に存在するすべての資料をデジタル化してデータベースに格納するのである。個々の資料をデジタル化してデータベースに登録する時点では、とるに足らないと思われるような断片的な資料が、データベース上で行なう編集プロセスを経て、森氏のデザイン思想を伝えるための物語を構成する重要な資料となる可能性も大いにありうるのである。

 もっとも、今回すべてのデザイン資産をデジタル化してアーカイブし、データベースの編集と発信作業を通じて森氏の思想を継承する、という大胆な方針を採ることができたのは、幸運にもそれなりの環境を整えることができたからこそ、という一面があるように感じている。資料群の保管やアーカイブ構築作業のための最低限のスペースと、アーカイブを構築・運営するための最低限の資金が確保されていること、そして、アーカイブを構築する過程において、互いの哲学を戦わせながら自らプロセスを築くことのできる地元有志がプロジェクトメンバーとして集まったことが重要な成因である。例えばデータベースの資料カードに保存するデータ項目は、東京国立博物館のプロジェクトチームが2005年に発表したミュージアム資料情報構造化モデルをベースとしているものの、やきものの資料化に必要な項目や各項目の表示順序などについては、デザイン資産の性質や現場の作業フローを鑑みながら、各メンバーによる諸議論を経て最終的に決定されている。また、森氏と交流があり、やきもの制作に長年携わっているメンバーが資料データの入力を率先して行なうことによって、スムースにデータベースが構築されていくだけでなく、その場でメンバーの記憶の断片が資料と紐付き、新たな発見や気付きが得られることも少なくない。

「発見」と「見解」をつくり出すしくみ
 さて、作品や資料のデータベースを土台として、アーカイブがメッセージを発信していくということは、発信しようとする物語(=メッセージ)の文脈を裏付けたり補強したりする記録の断片を、なにかの手がかりをもとにしてデータベースから引き出したり、あるいは、物語を構築するなかでデータベースの記録の断片に関係性を与えたりということを、相互参照的に発展させていくことであるともいえる。そのためにアーカイブのシステムに要請されるのは、ユーザが積極的に発見や見解を得られるような、記録の断片やその関係性を工夫して提示する仕組みと、記録との関連性と共にそれらの発見や見解を物語として蓄積できる仕組みである。

 本プロジェクトでは、記録の断片やその関係性から積極的に発見や見解を得るために、さまざまな視点や尺度によるデータベースの見方を試みるというアプローチを採っている。ひとつには、作品や資料のデータベースを検索して絞り込んだり、特定の項目でソートしたりして、ある目的に沿って記録を抽出するプロセスを想定できるが、どのような絞り込みやソートが有効であるのか、手探りで検討しながらシステムにフィードバックを進めているところである。また、もうひとつの記録の見方として、データベースと連動した年表システムを設けている。縮尺を任意に調節できたり、時期を自在にスクロールさせたり、表示させる項目を切り替えたり重ねたりなど、デジタルの年表ならではの長所を活かしているのが特徴である。年表項目同士の時間的な前後関係や重なり、「時間的幅を持った期間に属する項目」と「特定時点に属する項目」の相違など、単に時系列でソートされた表(テーブル)形式のテキストや資料カード一覧からでは見えにくい情報を顕在化するための年表システムである。今後は、ベースとなる年表情報に作品や資料、物語を重ねていき、記録の関係性を獲得する為のインタフェースとして活用する予定である。

森正洋年表データベース 森正洋年表インタフェース
左:森正洋年表データベース
右:森正洋年表インタフェース
記憶と記録の自己組織化
 さて、こうして得られた発見や見解と記録同士の関係性は、データベースと連動したWikiシステムに物語として蓄積する。個々の記録やすでに蓄積されているWiki項目を引用しながら、新たな発見や見解を物語としてWikiに記述してゆく。すると同時に、物語の蓄積によって新たな記録の関係性も蓄積される仕組みである。オリジナルの入力である個々の記録とプロジェクトメンバーの記憶とを自己組織化させながら、アーカイブにその関係性を蓄えていくのである。これは、データベースを土台にしてメンバーがメッセージを紡いでゆくプロセスであり、そのメッセージは蓄積されるだけでなく、テキストや画像、映像としてウェブなどのメディアへ発信される。じつのところ、アーカイブの自己組織化とメッセージの発信が上手く機能するかどうかはまだ仮説の段階であり、今後、プロジェクトメンバーの継続的な利用の中でシステムへのフィードバックを繰り返し実施する必要があると考えている。本連載のなかで最終的な成果を公表させていただくことは時期的に難しいかもしれないが、森正洋デザイン研究所のサイトなどで適宜お伝えしていく予定である。

 森正洋デザイン研究所のサイト:http://www.morimasahiro-ds.org/

 次回は、新たな別プロジェクトを題材にして、ネットワーク型メディア構築の現場の試みをご紹介させていただきたい。


須之内元洋
1977年生。メディアデザイン。プログラマ。写真家。札幌市立大学助手。
international & interdisciplinary design practice - assistant Co.,Ltd.所属
2008年9月
[ すのうち もとひろ ]
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