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Acquisition Method──採取の技法 #5
田中浩也
前号では、都市からオーディオクリップを採取することで、デジカメ画像や映像等の視覚的なデータを補完し、実世界の溢れる生や動態、出来事といったものをより豊かにアーカイヴしていくことができるのではないか、と述べた。今月は、2006年頭にニュースになったニューヨークのプロジェクト「FOLK SONGS for the FIVE POINTS」と、筆者らが現在開発中の「GeoWalker」という2つの具体例を紹介しつつ、WEB上のサウンドスケープの可能性に向けて徐々に思考を深めていきたい。

「FOLK SONGS for the FIVE POINTS」
FOLK SONGS for the FIVE POINTS」は、ニューヨークのロワー・イーストサイド共同住宅博物館が、WEB上の展示として一般公開したものである。短期間に7万を超えるアクセス数を獲得し、一躍話題となった。イギリスから移り住んできたばかりのデビッド・ガンというミュージシャンが、はじめて訪れたロワー・イーストサイドの文化の多様性・雑種性にインスパイアされ、音楽を中心にしてこの「界隈のダイナミズム」を表現したいと考えたのが、そもそものきっかけだそうだ。そこで、デジタルオーディオテープ(DAT)レコーダーを使ってオーディオクリップを採取して集め、それをもとにWEBコンテンツを制作したという。WEBサイトでは、ユーザーが、あらかじめ会話や音楽、周囲の音などの種類に分類されている丸を動かし、位相的に関係を組み替えていくことで、再生音の選択やミックスを楽しんでいくことが出来る。都市の騒音・雑音をこうしてWEB上で調律・編集し、地図インターフェイスの上で、自分なりの「音の風景」としてまとめていく。「騒音」や「雑音」、「響き」を、「環境音」としてチューニングして愛でていく感覚(とにもかくにも上記のURLで実際に体験していただけると幸いである)。こうやって日常の生活の舞台である都市を、別の切り口から捉えなおしていく感覚が、人気を博した要因なのだろう。このプロジェクトは今後、一般ユーザーからの「音」の投稿機能へのバージョンアップや、他の都市への展開も予定しているらしい。今後の展開が大変楽しみなひとつの「アーカイヴィング・プロジェクト」と言えるだろう
 
「GeoWalker/ FootStep Rhythming」
一方、筆者と池田秀紀が共同で開発しているGeoWalkerでは、少しまた別の角度から現代的なサウンドスケープについてのアプローチを試みている。我々は、都市のなかで、「聴こえていそうで聴こえていないもの」に関心を持った。つまりは、通常のマイクとレコーダーでは、そのものを「オーディオクリップ」として記録できないもの。その代表例は、「人々の足音」である。

「都会の雑踏」という言葉がある。雑踏とは、正確には「一定の限られた場所に不特定多数の人や車が集中し、混雑する状態」を言うらしいが、この語は多分に音楽的なニュアンスを含んでいるとも言える。都市の人々(群集)の2足歩行を「目」で見ていると、だんだんそれらが「リズム」に見えてくる瞬間がないだろうか。身体や都市は生体的・機械的・心理的・交通的・言語的、その他のリズム(たとえばiPODを耳にしている人をよくよく見ていると、おそらく聴いているであろう音楽の種類を類察可能な場合がある)が常に発生・伝播し、輻輳してゆく場である。アンリ・ルフェーヴルの提起した“リズマナリーズ”によると、リズムは、「ユーリズム(調和的なリズム)」「ポリリズム(複合的・多層的なリズム)」「ア・リズム(非リズム)」と3つの概念から捉えることができると言われている。都市と音楽を「リズム」という観点から考えるにあたっては魅力的なキーワードである。しかしなんとも、そのような「足音」やそのリズムは、視覚情報から再構成して感じているもの、体感しているものであっても、「実際に」聴こえているわけではない。マイクでは拾えないのである。そこで我々は、1歩ずつにタイムスタンプをつけることができるデジタル万歩計を付帯して都市を歩き、そこから歩行の「リズム」のデータを計算・抽出し、それをWEB上でミックスして楽しむことが出来るようなシステムを開発している。万人がデジタル万歩計を付帯してデータを投稿してくれるとはいかないまでも、ともかく数人の協力者に実験を依頼し、このような都市の歩行データを集めている最中である(図1)。
採取デヴァイス
図1

これまで体感として捉えていたリズムを、改めて数値化して取得し、精緻に聴きなおしてみると、そこから驚くような「活動の豊かさ」が沸きあがってくる。普段の生活のなかに埋め込まれていたスピード・ピッチ・テンポ・グルーヴといった音楽的な要素と、このインターフェイスを通じてよりよく対峙できるようにならないだろうか。このシステムは現在急ピッチで開発を進めているところであり、近々WEB上に一般公開する予定である。

次号、これらの具体例を再びまとめなおし、実世界とWEBが連動した「サウンドスケープ」と「デジタルアーカイヴ」の接点を再び議論していく予定である。「デジタルアーカイヴ」は、音の持つダイナミズムをうまく取り入れることによって、これまでとは別の可能性が開けるのではないか?

協力:池田秀紀(慶應義塾大学田中浩也研究室)

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