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Acquisition Method──採取の技法 #6
田中浩也
環境そのものを採取・経験する/生態系のメディア変換

前回、佐々木一晋氏から伺った「半定量」のコンセプト。氏はそのコンセプトをもとに「BotanikWave!」という具体的なプロジェクトを開始している。今回、氏からこのプロジェクトに関する詳細な説明文を頂くことができたので、まずはこの場を借りて全文を紹介させていただくことにしたい。

「ある場所に生育している植物の集団が植生といわれるように、植生(botanik-)によってつくりだされる空気中の波(-wave)に着目したプロジェクトがBotanikWave!です。
このプロジェクトは、2002年にフィンランドの森林で体験したフィールドワークがもとなっています。そこで訪れた「(森林資源として管理されている)人工林」は、1種類の松の木が一定間隔で(都市的に)整然と植樹されており、一方の「(人の手の及ばない)自然林」では台風で倒された大木に巣穴ができていて、多様な種としての動植物が共存していました.一見、美しく見える人工林は、実際のところ、種の多様性が欠如するために(土壌を含む)生態系がとても脆弱になってしまっていて、逆に、見た目の乱雑とした自然林の方が環境生態的に豊かであるということをフィールドワークによって体感することができました(註1)。
尚、この多様性豊かな『自然林』と『人工林』を共生させる過程において、時間をかけて松の木を段階的に自然環境へ植樹していくことで、大規模な環境変化が起こらない範囲の限界(クリティカル・バウンダリー)を実験的に探り当てていく実践的なアプローチは、環境変化を理解・制御していくうえでとても重要な意味をもってくるということを知りました」。
「このフィールドワーク以降、体感的に入手可能な情報を知識化していく作業と、現場において代替的な情報(触媒)を実験的に取り扱うことで環境(人間を含む)の特性を探っていく作業を同時に進めていくことの重要性を感じています。
このように、botanikWave!プロジェクトは『体感的に捉えうる定性的情報』と『実験を通じて取得できる定量的情報』との中間の(半定量的)領域を扱うインスタレーションと位置づけています。昨年度から自宅近くの竹林や東京都心の里山でワークショップを行なってきました。複数の竹の幹に音響装置を設置して竹林全体に伝播する音(音波)を発生させることによって、新たな音響空間の可能性を探ると同時に、その場の植生を楽しみ知る現場志向のインスタレーションといえます。ここでは竹の幹に入力する音源として、サンプリングした効果音や、ガムラン楽器、ギター、マイク音など、さまざまな周波数帯域の異なる音源を実験的に試行しています。従来のボックス型のスピーカから鳴り響く音を観察するのではなく、楽器化される前の植物、つまり「群としての植生」から響く「音源」を観察することで、単なる音のサンプリングではなく、楽器としての『植生の物理的特性のサンプリング・レイティング』といえます」(註2)音声信号のサンプル参照。

「音とは媒質(空気中では空気)に伝わる波の一種であって、音源のインパクトにかかわらず、竹の物質的特性(竹幹の樹皮の厚さや密度、節間の空隙量など)に応じて響きの具合(音域)が異なってきます。バイオリン奏者の体調変化によってその時の音が変わってくるように、日陰に生茂った竹林と十分な日光を取り込んだ竹林の環境の差異、さらには雨の降った翌日や季節によって、竹林から鳴り響く音は異なります。自生する竹林から発生する音響の質は、『演奏者』と『楽器』の能力はもちろんのこと、竹林の『生態環境』が関係してきます。ここでは近年の野外での大規模なコンサートのように、従来型の室内の大型スピーカを大量に自然環境に持ち込むのではなく、竹林という自然環境そのものを音響装置として捉えています。多様な竹が集ることで自然な音響がつくられているように、群としての植生を最大限に活用した場の可能性を探求していきたいと思っています。
博物学初期においては、採取する対象にのみに意識が集中し、採取するための「手段(道具)」自体にはアーカイヴィングの意義を見いだせてこなかったように、近年、進展を続けるデジタルアーカイブにおいては、採取する「対象」と「道具、もしくは触媒」という新たな「媒介尺度」を含めた採取のバランスが重要な意味をもってくるように考えています。従来までのように事前に意味形成されたタグを用いることによって、採取された「状態」を採取・分類するのではなく、「採取の状況(対象と触媒)」をそのまま記録すること、この視点がデジタルアーカイブにおけるひとつの可能性といえるのかもしれません」

註1──1990年代から, エコロジカルな理論に基づいて自然志向・多様性志向の森林管理が施業されている。
註2──「音声信号:正弦波500Hz(s_0.mp3)」を竹の幹へと伝播することによって「音響A,B(s_a.mp3,s_b.mp3)」が発生する。「音声信号」の帯域調整を行い、「音響A、B」との帯域の閾値を聴覚化・視覚化させることで、各幹の物質的特性が取得可能となる。この手法は、前述した「環境変化が起こらない範囲の限界(クリティカル・バウンダリー)を実験的に探り当てていくプロセス」と同様なアプローチといえる。
今回はウェブ上で実際の竹林でのインスタレーションを直接に体感することはできないので、群としての植生(竹林)のサンプル「音響C(s_c.mp3)」(4つの竹の幹に伝播する「音声信号」を同時に採取した音響)を「聴覚のみ」によって体感していただきたい。


「デジタルアーカイヴ」を越えて─The Dynamicsin Parallelism─

手探りで開始したこの連載も、この佐々木氏のプロジェクトをひとつの模範的な事例として、さまざまな文脈の糸がひとつに編まれつつある。
途中何度か横道に逸れそうになりつつも、この半年間考えてきたことを敢えてメタレベルで言うならば、「ストック」としての傾向が強いデジタルアーカイヴの世界を「フロー」の状態に開き、実世界そのもののダイナミズム、情報世界の新たなダイナミズム、その両者が連動した循環構造のダイナミズムをどう発見し、これからの私たちの世界観を再構築していくかという問題意識に支えられたものだった。論点は多岐に渡り、現時点ですべてを整理しきる確信はないが、半年の節目であるので以下のことをとりいそぎの中間報告としておきたい。
(1)小型化されたデジタルデヴァイス(カメラやマイク・センサ等)は、もはや観察/記録のためのアーカイヴィングツールに留まるものではない。それは私たちの知覚/認識と一体化された、日常的な「感覚器」あるいは「分類器」になりつつある。初期には「私たちの知覚」を「記録/蓄積」するものであったそのようなデヴァイス群は、今「私たちの知覚そのものを変容させる」移行期にさしかかりつつある。
(2)そのような小型装置は、人が携帯するモヴァイルの形態から、場所に設置することもできるプレイスドメディア(placed-media・佐々木氏の言葉で言えば「触媒」)としても運用可能な段階に移行しつつある。人が付帯し環境「観」を再構築してきた装置を、今度は環境そのもののデザインまで広範囲に適用できる状況になりつつある。
(3)そうした動向はすべて、ポスト美術館・博物館としての「遍在する鑑賞の場」を開く可能性がある。マリー・シェーファーの「サウンドスケープ」、90年代の「インフォメーションスケープ」のコンセプトは、今後、統合的な「エクスペリエンス─経験の場/風景─」へと捉えなおしていくことが求められている。 まだまだとりこぼしている点は多いと思うが、以上を現時点までのまとめとし、次回以降、再び具体的なプロジェクトを中心に連載を継続する予定である。
論点は「デジタルアーカイヴ」から、より実世界に開かれた博物学や考現学、環境科学にシフトしていくことになろうと思う。
読者の皆様には、残り半年、「採取」と「発見」というキーワードに支えられた、新たな世界観を巡る旅にお付き合いいただきたい。


田中浩也(慶應義塾大学環境情報学部 専任講師)
佐々木一晋(東京大学工学系研究科博士課程/慶應義塾大学非常勤講師)

田中浩也 http://htanaka.sfc.keio.ac.jp/
[ たなか ひろや ]
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