|
|
大学・ミュージアム共同の動画配信プロジェクト ──企業アーカイブ「のり平アニメ」をデジタル・キュレーション
影山幸一 |
|
|
「食卓に映し出された“昭和”と日本の生活文化」On-Line展トップ画面
出典:http://www.documentshowa.jp/ |
TVコマーシャルは文化財
鼻眼鏡のキャラクターで「何はなくても江戸むらさき」がキャッチフレーズのTVコマーシャルを懐かしむ人は多いかもしれない。
日本が高度成長期に突き進み、家庭にもTVが入り始めた黎明期から、激動の昭和を経て、デジタル時代を迎えた1958年から1998年までの40年間、昭和を代表するコメディアン・俳優である三木のり平をナレーターとして登場させていた。この(株)桃屋(本社:東京都中央区, 代表取締役社長:竹之内英毅)のTVコマーシャル(以下、「のり平アニメ」)は、その時代の庶民の生活に身近だった歌舞伎や落語、講談、あるいはお座敷芸といった芸能や、ゴジラ、新幹線など、その時代に話題になったもの、生活文化にちなんだテーマを採り上げ、芸達者なアニメののり平が三味線の音やお囃子に合わせて軽妙に演じていた。それは三木のり平が1999年に亡くなる前年までナレーターは続いていた。
1993年、桃屋は「のり平アニメ」のTVコマーシャル開始35周年を記念して、1958年から1993年に至る全218本分のコマーシャルをレーザーディスク1枚に収めて、川崎市市民ミュージアム(神奈川県川崎市, 館長:志賀健二郎)に寄贈した。「教育と研究のためにお使いください」と。一企業の宣伝広告であるTVコマーシャルが、昭和の歴史と日本人の生活文化の変遷を記録し、デジタルアーカイブされていった。川崎市市民ミュージアムは、1988年11月に開館。いわゆる複製芸術とよばれる、ポスター・漫画・写真・ビデオ・映画などを収蔵している。過去の映像をアーカイブする活動を開館以来すすめ、公立の施設として国内最大規模の収蔵本数を誇っている。今、この「のり平アニメ」がインターネットで見ることができる。
Webに映像コンテンツ急増中
コンテンツの市場規模を『デジタルコンテンツ白書2007』で調べてみると、2006年は推定13兆9,890億円とある。そのコンテンツ分野別割合を見てみると、「画像・テキスト(新聞・雑誌を含む)」が大半を占め42.8%(5兆9,861億円)、次に「映像コンテンツ(放送・映画を含む)」が34.4%(4兆8,074億円)である。さらに「映像コンテンツ」の「インターネット映像配信」に着目すると、2007年予測は406億円となっており、2002年以降右上がりで伸びる傾向にある。
一方、調査会社ネットレイティングによると、「YouTube」(米国)が急速に普及し続けている。2005年12月に公式サービスを始めたFlash形式により動画を共有できるこの無料サイトへの日本からのアクセスは、2007年2月時点で約1,017万人。月間ページヴュー数は約6億2,500万、今も最高値を更新している。Webサイトの新しい評価軸として今注目の“平均利用時間”でも、YouTubeは一人当たり1時間15分。携帯電話でも一部視聴が可能となり、一日に35,000の動画がアップロードされるという。YouTubeや国内の動画配信関連サービス「ニコニコ動画(SP1)」をはじめ、インターネットに映像コンテンツは急増中だ。
動画配信プラットフォーム「VOLUMEONE」
YouTubeのように簡単な操作で映像を公開・共有できる、動画配信プラットフォームのサイト「VOLUMEONE
(ヴォリュームワン)」(β版)を慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構
(以下、慶大DMC機構。東京都港区,機構長:安西祐一郎)の岩渕潤子教授(以下、岩渕教授)のチームが2006年5月10日に公開した。映像コンテンツの活用に注目が集まる中、美術館や博物館、教育機関など、非営利の組織に利用してもらうことを想定している。その後、2006年10月26日に「VOLUMEONE」はヴァージョン変更を行い、現在に至っているが、前述の2006年5月10日リリースのヴァージョンは「VOLUMEZERO
」に名称変更した。現「VOLUMEONE」には、ポッドキャスティングをはじめ、「VOLUMEZERO」にはなかった新たな機能がいくつか付加されている。
岩渕教授が川崎市市民ミュージアムの運営改善アドバイザーというつながりもあり、2006 年8月には慶大DMC機構と川崎市市民ミュージアムとが、「創造社会の到来を予見」し、共同研究の覚書を交わしている。そして川崎市市民ミュージアムが所蔵する約3万本の映像資料から、桃屋のTVコマーシャルを選び、全218本分をMPEG-4デジタル化を進め、うち124本を、2007年10月からこの「VOLUMEONE」上で公開している。
「VOLUMEONE」でアップロード可能な1動画ファイルの最大容量は200メガバイト(320×240ピクセルで30分ほど)まで。メタデータは、PHP(Hypertext Preprocessor)*1に連動して、データベースマークアップ言語が作動するように「VOLUMEONE」が設計されているため、アップロード時にフリーワードでタグを入力しているだけのようだ。ビデオファイルに特化していることから、テキストはマークアップしていないが、検索ができずに不自由したことはないという。また、映像を読み込み、動かすというAPI(Application Programming Interface)*2を利用して、コンテンツをダイナミックで、まったく別のインターフェースに読み込む設計が可能だ。
特別セキュリティを強化してはいないが、コピーは容易に行なえず、利用規約にユーザーの義務と禁止事項を明記している。視覚的、直感的に操作できるようにデザインが配慮されており、ブログなどに簡単に映像を貼り付けられるよう、HTMLタグを映像ごとに出力する機能がある。さらに更新された映像のRSS配信や、映像をお気に入り登録して好みの順番で再生する機能、友人にメールで紹介する機能、日付けやタイトルで映像をソートする機能などもあり、日本語と英語に対応。映像をアップしたい美術館や非営利セクターなどの方は「VOLUMEONE」の右下にある「CONTACT US」からメールを送信して申し出れば、相談に応じるという。現在、VOLUMEZEROと呼ばれているVOLUMEONEのプロトタイプは、文部科学省科学技術振興調整費による受託業務の一つとして実現された。
*1:動的なWebページを実現することを主な目的としたプログラミング言語。
*2:プラットフォーム向けのソフトウェアを開発するとき、プログラミングするのではなく、共通して利用できる機能をもつOSやミドルウェアを利用して簡潔に作成すること。
|
時系列に並ぶ映像コンテンツ
出典:http://www.documentshowa.jp/ |
デジタル・キュレーション
「VOLUMEONE」に格納された桃屋の124本の映像コンテンツのなかから、さらに食文化、風俗、流行、社会事象、広告、アニメ技術など、様々な側面で研究に最適と思われるCM、1958年から1993年までに放映された50本を厳選した。それらは「食卓に映し出された“昭和”と日本の生活文化(History of Showa reflected upon Japanese dinner table)」On-Line展(以下、昭和On-Line展)と題され、2008年1月25日よりインターネット上で公開されている。このネット上の展覧会は、慶大DMC機構が中心となり、「三木のり平さんがTVCMに残した日本文化On‐Line展示国際ワークショップ委員会」(代表:岩渕教授)が主催、コンテンツの提供と、昭和に関する展覧会を開催する川崎市市民ミュージアム(濱崎好治学芸員)や、昭和On-Line展に合わせたワークショップの企画協力をする(財)東京都歴史文化財団トーキョーワンダーサイト(今村有策館長)、そして、「タイム・ライン=Ligne de Temps」という映画分析のためのアプリケーションを開発して、技術的な関心対象が近かったポンピドゥー・センター IRI研究所(Deputy Director:Vincent Puig)により実行委員会は構成されている。「のり平アニメ」が人々の「記憶のボタン」となり、食卓を介した異文化理解と、日本の高度なアニメーション技術が、TVコマーシャルの分野でも活かされてきた事実を多くの人に知ってもらうことを趣旨とし、文化庁の「文化芸術分野における海外との共同創作活動を通じた国際交流の推進事業」の一環として、当実行委員会が委嘱を受け実施した。
昭和On-Line展は、バイリンガル(日本語・英語)で発信。またワークショップを行なうためのワークシートも日本語・英語・フランス語・ポルトガル語の4カ国語を、各TVコマーシャルの解説ページから直接ダウンロードできる。視聴者はブラジル、ポルトガル、フランス、ドイツ、アメリカ、メキシコ、ハンガリー、チェコなど25%以上が海外からのアクセスだそうだ。戦後日本の生活文化の変遷を、世界の人たちにも知ってもらう機会となっている。
岩渕教授はこの昭和On-Line展を、デジタルアーカイブではなく、欧米で聞かれるようになったWeb上の展覧会ともいえるデジタル・キュレーションという認識で取り組んだと語る。デジタルミュージアムや、ヴァーチャルミュージアムとも異なるデジタル・キュレーションとは、大学や図書館やミュージアムなどが管理する信頼のおける「デジタル・インフォメーション」を活用・再利用し、編集的行為を通じて新たな文脈を形成する表現・概念である。
コミュニケーションを誘発する映像力
昭和On-Line展の一つの目的であったワークショップが順調のようだ。この昭和On-Line展を、歴史研究者、美術家、批評家、財界人などで構成するディスカッション・グループに見てもらい、こうしたTVコマーシャルのアーカイブ映像から、どのような学術研究や時代考証の用途が考えられるのか、また世代や地域を超えたコミュニケーションを誘発するワークショップのツールにしてもらいたいと岩渕教授。「米国の非営利セクターでは、美術館・博物館を含め、インターネットが世論を動かすための外部とのコミュニケーション・ツールとして日常的に使われています」。日本の美術館・博物館がコンテンツを思惟的に編集して、インターネットの「コミュニケーション機能」を積極的に利用し、同時にそれ以外の使い方も議論し、チャレンジする必要があると指摘する。一般からも「のり平アニメ」についてコメントや桃屋のコマーシャル放映時の思い出を寄せてもらえるようブログに「場」を作る予定だ。
1920年創業の桃屋にとって食品メーカーとして築き上げた社史のなかに「のり平アニメ」は貴重な映像記録となり、大衆文化財ともいえる映像資料が公共財の価値をもって組み込まれた。ミュージアムや公文書館ばかりでなく、企業アーカイブも文化を保存し、次世代の文化創造に寄与していることを物語っている。
著作権が絡み合うTVコマーシャルを昭和On-Line展は研究・教育目的という前提としても、スムーズにインターネット公開を実現したのは、桃屋と三木のり平、広告代理店(主に読売広告社)で長年培ってきた信頼関係があってのことだろう。桃屋が権利許諾の窓口となるシステムを自然に築いていた。企業活動の資料を長期間にわたって保存してきた企業理念が、このように企業・美術館・大学の連携を生み、インターネットを通じて日本文化を世界へ発信するに至った。昭和On-Line展のような映像アーカイブは幸せな事例ととらえることもできるが、アート・マネジメントを教えている岩渕教授は、「知恵と技術を使えば、ミュージアムが所蔵する作品や資源を低コストで公開できる」と。社会に視点が向けられている美術館・博物館にとって、“映像力”を利用した情報発信が実行できるかどうか、今問われている。
|
■「三木のり平さんがTVCMに残した日本文化On‐Line展示国際ワークショップ委員会」と
関連サイト
・慶応義塾大学デジタルメディア・コンテンツ(DMC)統合研究機構
・川崎市市民ミュージアム
・(財)東京都歴史文化財団トーキョーワンダーサイト
・ポンピドゥー・センター IRI研究所
・「VOLUMEONE」
・(株)桃屋
・(株)読売広告社
・文化庁
■参考文献
「特集:顧客を裏切らないブランド」読売ADリポートojo,2004.5,vol.7,No.2 (http://adv.yomiuri.co.jp/ojo/02number/200405/05toku4.html)2008.3.4
「“非営利YouTube”慶大が公開」ITmedia ,岡田有花,2006.5.10
(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0605/10/news097.html)2008.3.4
「【プレスリリース】DMC機構、国際映画祭「東京フィルメックス」の映像配信に技術協力〜『VOLUME ONE』にポッドキャスティングなど新機能〜」2006.10.26
(http://www.dmc.keio.ac.jp/topics/061026volumeone.html)2008.3.14
『デジタルコンテンツ白書2007』2007.8,(財)デジタルコンテンツ協会
「企業アーカイブ支援サイト ねんりん」(株)DNP年史センター(http://www.dnp.co.jp/nenshi/nenrin/)2008.3.4
「【プレスリリース】川崎市市民ミュージアム所蔵の桃屋TVCM 124本をVOLUMEONE上に一挙公開」DMC Topics, 慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構,2008.1.24(http://note.dmc.keio.ac.jp/topics/archives/263)2008.3.4
「桃屋〔のり平アニメ〕CM、ネットで世界に発信〔大衆文化伝えたい〕」ITmedia ,宮本真希,2008.1.24 (http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0801/24/news106.html)2008.3.4
「MOMOYA TVCM archive - "public domain" video effort in Japan」米News Vine, Michi Kaifu,2008.1.24,9:19 PM EST
(http://michi.newsvine.com/_news/2008/01/24/1253193-momoya-tvcm-archive-public- domain-video-effort-in-japan)2008.3.14
「食卓に映し出された“昭和”と日本の生活文化」On-Line展,三木のり平さんがTVCMに残した日本文化On-Line展国際ワークショップ実行委員会 (http://www.documentshowa.jp/)2008.3.4
「MOMOYA」 (http://museum.dmc.keio.ac.jp/momoya/)2008.3.4
「桃屋 江戸むらさき(1958)」私的 昭和テレビ大全集 (http://goinkyo.blog2.fc2.com/blog-entry-504.html#more)2008.3.4
「のり平アニメ博物館」(株)桃屋 (http://www.momoya.co.jp/museum/)2008.3.12
「Introducing The Heritage Of Mr.Norihei Miki:"Japanese History Of The Last 50 Years Reflected On TV Ads"On-Line Exhibition」by Junko Iwabuchi in J.Trant and D.Bearman (eds.).Museums and the Web 2008:Proceedings,Toronto:Archives & Museum Informatics. Published March 5,2008.Consulted March 14,2008. (http://www.archimuse.com/mw2008/papers/iwabuchi/iwabuchi.html)2008.3.14
|
2008年3月 |
|
[ かげやま こういち ] |
|
|
| |
|
|
|
|
|