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デジタルアーカイブ スタディ
アイサミット2008 札幌
──デジタルアーカイブの第2ステージ

影山幸一
創造都市
《iSummit '08 logo》
《iSummit '08 logo》BY:annaberthold
http://www.flickr.com/photos/annaberthold/2381474022/
 世界中のクリエイティブ・コモンズ (以下、CC)のリーダーを一堂に会した国際会議「iCommons Summit(以下、アイサミット)」が7月29日から8月1日の4日間、北海道・札幌市で開催された。著作権、IT、クリエイティブ、経済などの異なる分野の識者が、より創造的な社会とインターネットのオープンな情報共有のあり方について語り合う、アジアで初めてのアイサミットである。ボストン(アメリカ)、リオデジャネイロ(ブラジル)、ドブロブニク(クロアチア)に続いて、アイサミットは今回で4回目となる。
 札幌市は、クリエイティブ・シティとして注目を集め、現在人口約189万人。全国5番目の人口を有する政令指定都市としては日本最北である。“札幌”という名前の由来は、市内に流れる豊平川をアイヌ語で、乾いたや大きいを意味する「サッ・ポロ」、あるいは湿原が広い川を意味する「サリ・ポロ・ペッ」からきているらしい。大地を身近に感じる札幌は、創造産業の進化とともに、世界とつながる紐帯(ちゅうたい)を構築しようと、インキュベーター施設として2001年に「ICC(インター・クロス・クリエイティブ・センター)」を設立し、2006年には上田文雄市長のもと、「創造都市さっぽろ Sapporo Ideas City」を宣言。クリエイティブなビジネス基盤を持つ都市として、イノベーション・創造・技術といった分野における世界拠点を目指す。また、市民が身近にデジタル文化を取り巻く世界の動向に接することができる機会として、CC運動を牽引する世界のリーダーが集まるアイサミットを札幌へ招致させるなど、情報・文化・産業の立体的な創造都市づくりを加速させている。

感じ合う国際会議
武邑光裕氏
武邑光裕氏
 mixiやココログ、はてなのように、ユーザーが内容を生成していくメディアであるCGM(Consumer Generated Media)や、CGMに向けてユーザーが制作するコンテンツであるUGC(User Generated Content)など、ユーザー主体のインターネット状況へ変わりつつあるなかで、オープンソース指向であるCCの役割がますます問われてきている。
 アイサミット札幌を主催するのは、CCの母体でもある非営利団体で、南アフリカのヨハネスブルクに拠点をもち、著作権に限らず上位概念にあたる知識やソフトウェア、文化など広く活動を行なっている iCommons(アイコモンズ)である。共催は、札幌市と日本の著作権法を踏まえたSome Rights Reservedを推進しているクリエイティブ・コモンズ・ジャパン
クリエイティブは、体感するものとの観点から、感じ合う国際会議として各会場ではコンサート、ワークショップ、パーティーなど、無料で一般が参加できるような多彩なプログラム が組まれた。CCの今後に期待して毎日550名(海外200名、国内350名)以上集まったという。

デジタル素材を生む大地
 今回のアイサミット実現のきっかけを作り、開催までのロードマップを作成してきた札幌市立大学 附属図書館長・デザイン学部教授であり、デジタルアーカイブに詳しい武邑光裕氏(以下、武邑氏)にアイサミット札幌の感想を、デジタルアーカイブの視点からお尋ねした。アイサミット終了後に北海道庁旧庁舎前にある市立大学のサテライトキャンパスへ伺った。
 武邑氏がアイサミットに関係することになったのは、2006年より大学で行なっている産学連携講演公開講座「Creative Economy(価値創造経済*1)」に、CC創立者でスタンフォード大学ロー・スクール教授のローレンス・レッシグ氏と、2008年4月からCCのCEOに就任した(株)デジタルガレージ創業者の伊藤穰一氏を招いたことに始まる。このとき札幌市が目指す創造都市と、アイサミット開催の意義が合致したのは言うまでもないが、弁護士出身という上田札幌市長の法律に対する世界観が札幌での開催を現実的なものにさせたにちがいない。
 3年前に東京から札幌へ移住した武邑氏は、「札幌は直接世界へつながるデジタル素材産業の拠点となっている。メタクリエイターが会社のモットーで、音の素材を制作し“初音ミク”現象を起こしたクリプトン・フューチャー・メディア(株)や、ロイヤリティフリーの“素材辞典シリーズ”を提供している(株)データクラフト、業務用ビデオやビデオ作品などの映像素材の貸出しを行なっている(株)札幌テレビハウス など、北の大地の特徴を活かした素材産業が、自然の食材を全国に提供してきたように盛んな地域である。一方、新しい文化様式を生み出すクリエイティブクラス(創造的な仕事に就いている人々)も必要だが、都市を決定するには市民の活力が重要だ。その点札幌市民のモチベーションは高い。全国の優れたものを客観的に選択して受け入れる能力があり、そして洗練させ、素材をうまく料理していく“コンテント産業”を成長させていく力も十分ある。また札幌を好きになってもらった外部市民を視野に入れる必要性もある」と語った。

*1:知的資産の活用によりサービスや製品の高付加価値化を図る経済社会モデル

トンコリと電子
Special Dance Partyフライヤー
Special Dance Partyフライヤー
 アイサミット札幌のプログラムに直接関与していなかったという武邑氏は、クリエイティブという名称をもつCCならば、もっとアート・文化の本質的な議論がほしかったと言う。今回のアイサミットはオープンカルチャーの情報交換として意味はあったが、クリエイティブな面の議論が少なく、CCの運営論や方法論が中心だったようだ。日本の著作権法の議論についても次へというよりも後退感があったそうだ。また告知活動が遅れたためか、札幌市民との接点が足りなかったようだ。地域行政がこうした国際会議を誘致する際の経験不足や地域への波及効果を促す仕組み作りなど、誘致した札幌市のコンベンション施策にも課題が残ったと指摘した。
 武邑氏が企画に関わったという「SPECIAL DANCE PARTY」は、すすきののJASMAC PLAZA ザナドゥに600名の観衆を集め、クリエイティブでエキサイティングだったそうだ。北海道のネイティブ・アイヌの伝統楽器“トンコリ”を現代に復活させたOKIが率いる「OKI DUB AINU BAND」、北海道各地の伝承歌(ウポポ)や踊り(リムセ)を披露する4人の女性ユニット「MAREWREW」、コンピューターや生楽器を緻密に、しかも荒々しく使う革新的サウンドを発するサンフランシスコを拠点に活動する「SUTEKH」が、DJの「DJ TOBY」とVJ の「OVERHEADS」と一緒にライブを行なった。

営利と非営利
 最終日に開かれたシンポジウム「クリエイターから見た権利と文化」では、クリプトン・フューチャー・メディア(株)代表取締役の伊藤博之氏、(株)角川デジックス代表取締役社長の福田正氏、ゲームデザイナーの飯野賢治氏、そして伊藤穣一氏が登壇した。
 日本とアメリカの著作権に対する意識の違い、コンテンツの営利/非営利目的利用の区別、コンテンツ利用の際の権利処理コストの問題、CCとYouTubeの有用性などについて、活発な議論が交わされた。
 伊藤穣一氏は、ユーザーがどこで気持ち悪いと思うかが一番重要な基準であり、ユーザーは広告の有無に、その判断のメルクマール(指標)を置いていると述べた。ただ、グーグル・アドセンスが入っているだけで、営利目的と判断してしまうとブログなどの多くの有用なWebサイトが営利目的となってしまう。そのため、CCの感覚としては“営利が主目的”という場合以外は、非営利目的とするべきであると語った。CCでは、物の販売や広告が主な利用目的である場合を営利、サイト運営などのインフラのために広告をつける場合を非営利であるとしており、これによればYouTubeは非営利団体にあたると判断している。

「インフォメーション・アッセット・マネージャー」
 美術館・博物館の収蔵作品をデジタルアーカイブするという、1990年代中頃に日本で生まれた文化創造のサステナビリティの仕組みであるデジタルアーカイブは、第1ステージから第2ステージを迎えている。武邑氏は個人のパソコンに膨大な情報がアーカイブされていく現状から、たとえば自分のライフログ・アバターに自分のすべての情報を送信し、アバターの動きをシミュレーションすることの身体性記録など、それがデジタルアーカイブといえるかはともかく、そういう時代がきていると示唆を与える。
 大学の図書館長も兼任している武邑氏は、学生と映像資料を見るにも図書館法や慣習に縛られてスムーズにいかないこともあり、不自由な場面があるらしい。著作権法だけでなく、従来の司書のレファレンスサービスだけでもなく、種々課題がある中で改善の余地は多い。司書や学芸員、アーキビストでもない、社会基盤として情報を検索するプロフェッショナルである「インフォメーション・アッセット・マネージャー(IAM)」の育成を考える議論が、今後必要だと主張する。
 英国では図書館に似て非なる施設「Idea Store 」が作られ、従来の図書館法が及ばないところで新サービスを提供しているそうだ。日本でもミュージアム・ライブラリー・アーカイブズの制度的な垣根を越えたMLAの連携や、法の整備を進めるか、法律の関与しない新たな施設を造るかどうか、対策が求められている。日本の図書館は貸し本屋、貸し勉強部屋状態となっている施設が多いことを武邑氏は指摘し、図書館は本来何をするべき施設なのか考えるべきと語った。

第2ステージの鍵
 「デジタルアーカイブの第2ステージは、CGMのようなユーザー主体の再創造にみられるように、誰もが価値を創造する段階に入ってきた。20世紀の各システムが崩壊してきている中、市民の創造的活力を基本とした行政改革が行なえるかが問われている」と武邑氏。過去の芸術作品や文化遺産だけでなく、現代の作品の中にも新しい価値を生むエッセンスは秘められている。CCがスムーズに機能していけば再創造のスパイラルは速度を増していくだろう。だがWikipediaのようにCCが普及するにはまだ時間がかかりそうだ。
 アイサミット札幌に参加して、CCを利用しているクリエイターは美術家よりも音楽家の方が多いと感じた。アートの環境を広める必要性はあるだろう。世界ではCCを教育普及に活用する事業など、よい事例が出てきているだけに、各国著作権法を越えてもっとシンプルにわかりやすく展開するCCのシステムを整備してもらいたい。デジタルアーカイブの第2ステージが進展していく鍵でもある。
 アイサミット札幌閉会後、地元の子供たちと3人の作家(高 幹雄・高橋喜代史・平塚翔太郎)がクレヨン・ワークショップで描いた巨大なペイントの前で世界中から集まった参加者が記念撮影をした。そして、イサムノグチが設計した広大なモエレ沼公園のエクスカーションへ出発。アイサミットは来年も地球のどこかで開催される。

OKI DUB AINU BAND 巨大ペイントを見ている参加者 巨大ペイント(部分)
巨大ペイントを描いた絵描き代表 CC中国写真展 講演のようす
CC創始者ローレンス・レッシグ氏 シンポジウム
「クリエイターから見た権利と文化」
上田文雄札幌市長 《iCommons iSummit 2008 Panoramic》BY:creativecommoners
http://www.flickr.com/photos/creativecommons/2732146526/

■iSummit2008 Sapporo概要
開催日:2008年7月29日(火)〜8月1日(金)
会場:札幌コンベンションセンター(札幌市白石区東札幌6条1丁目)
主催:iCommons
共催:札幌市、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン、
後援:(株)デジタルガレージ、(株)ネットプライス ドットコム、(株)ロフトワーク、(株)トライ・ビー・サッポロほか
料金:[2日券]33,000円、[一般・営利企業]78,100円、[NPO・学術研究者・政府関係者]56,100円、[学生]23,100円、[札幌市民]1日1,000円

2008年8月
[ かげやま こういち ]
前号
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