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上から
・えずこホール
・きむらとしろうじんじん「野点」
・野村誠、他による即興演奏中
・十年温泉タオル
・緞帳
・第1温泉「ママとパアテルル予告編」
・第6温泉「祝宴」会場には、レジ袋でつくったフラッグで飾られた
1・5〜7写真提供=えずこホール |
■冬はやっぱり温泉! じんわり・ほかほか。演劇交響曲第一番「十年音泉」
北国の冬の楽しみといえば、温泉。雪景色の中に立ち上る湯けむり。冷たい体を、温かい湯にゆっくりと体を沈める瞬間。生きててよかったぁ……と、つい溜息がこぼれる。そしてまた、温泉を味わい深くするのは、客人をもてなしてくれる人々の心の温かさ。そんな温泉をめぐるさまざまな効能が、音楽劇になった!?
宮城県仙南地区の芸術文化センター「えずこホール」開館10周年を記念し、住民参加による総合音楽劇が開催された。その名は天然温泉ならぬ「十年音泉」(テンネンオンセン)である。青森から東北線を乗り継ぎ、えずこホールのあるJR大河原駅に到着。駅構内には旅館の女将さん大集合の大きなポスターが貼ってあり、早くも温泉地の風情が漂う。そこからタクシーで5分ほど。郊外型ショッピングセンターやファミリーレストランが立ち並ぶ場所。そこに、えずこホールはある。タクシーを降りると、「十年音泉」の旗が立ち並び、人々が続々とホールへと向かう姿が見える。この、ざわざわとした空気感は、まさしくお祭り。
演劇交響曲第一番「十年音泉」はいくつかの楽曲で構成される。第0音泉「野点」、第1音泉「ママとパアテルル予告編」、第2音泉「幻覚の森」、第3音泉「三つの動物レクチャー」第4音泉「広場」、第5音泉「祝宴」という6つのテーマ、全22楽章という大作なのである。さて、入り口は何処か?と探しながらぐるり建物をめぐった中庭に、赤いドレスとファージャケットに身を包んだ「野点」アーティスト、きむらとしろうじんじんがお出迎え。もうここから第0音泉がスタートしているという趣向だ。冬の野点のため特別に設置されたという、コタツ式の絵付け屋台が心憎い。しかも、ホール内のライブ中継モニタまで設置されている。訪れた観客たちは、茶碗の絵付け、ミュージシャン、ダンサーたちの即興演奏を楽しんだりしながら、開演前の時間をのんびりと過ごすことができる。そこへ、総合監修を務めた音楽家の野村誠がピアニカを持って登場。焚き火を囲んだ即興演奏は俄然盛り上がりを見せる。さらに、待合のエントランスでは、配布パンフレットを来館者自身が折りたたんで持ち帰ってもらうというコーナーがあり、折り作業をした方には、温泉タオルが進呈された。ここにも観客が参加できる楽しいきっかけが用意されている。
2日間公演のチケットは完売の盛況ぶり。当日券で入場した筆者は、満員御礼のため急遽用意された2階席で観覧することに。この場で交響楽を演奏する吹奏学部のみなさんと同席なので臨場感たっぷりである。ステージの緞帳は、銭湯絵のような「富士山」の絵。ゆらゆら立ち上る湯気が映像によってプロジェクションされている。よく見ると、ブルーシートに新聞紙がコラージュのように貼り付けてある。そういえば美術は藤浩志。「富士山……フジサン……」とぶつぶつとつぶやきながら、25年ぶりに一緒に制作したという藤、小山田徹による仕事をワクワクと眺める。かくして3時間を超える熱演の幕が開いた。
「住民参加なんて、お稽古事の発表会程度なんでしょう?」と侮るべからず。住民参加型といわれる事業が世にたくさんあれど、この音楽劇は一味違う。もはや参加ではなく作曲、演奏、芝居、ダンス、裏方など、音楽劇を構成するすべてを住民が行なう「住民主導」。住民が主役なのである。さらに、スクロールして、下記のインフォメーションを見ていただきたい。「音泉」を掘り出す仕事を依頼された気鋭のアーティストたちが大集合。アーティストたちは、まさしく採掘作業員さながら、2006年3月から公演直前までえずこホールに通い続け、振付、作劇、作曲、演出、舞台美術などをそれぞれ担当し、述べ150回を超えるワークショップ、ミーティングを行い、作品を作り上げていったのだ。これらのアーティストたちを本気にさせた仙南の人々のモチベーション、誇り高き情熱に感服。ワークショップと呼ばれるものの中には、実はあらかじめ講師が決めた完成形に、参加者を誘導していくというものが多い。それは本来の意味でのワークショップとは異なる。参加者と指導者が場を共有し、共に働き、自分たちのつくりたいものを作り上げていくことこそ、ワークショップにとっては重要。その理想形を「十年音泉」には見たような気がした。
舞台の上で演者たちは、実にいきいきと、良質でありながら気負いのない自然体の表現をしている。住民もアーティストも、ホールスタッフも、観客も、ここに訪れた人々のすべてが10周年をともに喜び合い、「十年音泉」を心から楽しもうとする暖かな場がまさしく目の前に湧き出している。第6音泉の「祝宴」では、10周年を祝う乾杯が行われた。ビニールのレジ袋が配布され、膨らませたビニール袋をポンとたたいて、一本締めならぬ、これからの10年へ向けた「一本始め」で終演となった。長時間に渡る大作を見ても、疲れはない。心地よい。こうして今も、あの「十年音泉」の幸せな時間を思い出すと、再び体がほかほかと温かくなってくる。後からじんわりと効いてくる、まさに効能。
それにしても、これだけのモチベーションの高い住民主導の事業が成功したのは、優れたアーティストの力のみならず、えずこホールが開館以来10年間に行なってきた活動の蓄積があってのことだ。「ホールが育てる人、人が育てるホール」という理念を掲げ、住民がステ−ジを創り、ステージを飾り、それを裏方で支えるのも住民という「住民参加型文化創造施設」を目指してきた。ホールを拠点とした芸術活動グループの設立、育成支援事業、住民への練習・発表場所の提供、楽器の貸与、講師派遣などを積極的に行ってきたのである。その結果生まれた、えずこを拠点にする団体・自主活動を下記にあげる。
・えずこヴァイオリンアカデミー(4歳から中学生までの子供たちによるヴァイオリン合奏団体)
・えずこギターアンサンブル(大河原商業高等学校ギター部卒業後生を中心に構成)
・えずこウィンドアンサンブル(住民による吹奏楽団)
・えずこ♪男声合唱団(「男だけの合唱団」に賛同した有志により結成)
・e☆GG/えずこ☆ゴスペル歌い隊(ホール主催のゴスペルワークショップを機会に結成)
・えずこシアター(10〜70代までの幅広い年代の住民劇団)
・AZ9ジュニア・アクターズ(児童劇団)
・えずこ裏方倶楽部(照明・音響・大道具・小道具・ステージマネジャーなどを育成するためのワークショップ)
・えずこボランティアスタッフ(えずこホールのイベント運営をサポート)
・えずこ託児ボランティアスタッフ(公演時の託児)
・えずこプロ(アートプロデューサーを育成するためのワークショップ)
また、「えずこキャラバン」というアウトリーチ事業も行ない、プロのアーティストおよびえずこホールで活動する住民団体を地域に派遣している。さらには、「圏民企画劇場」事業により、住民による自由な発想で行なう企画に対する助成を行なっている。このたび、総合監修を勤めた野村誠も、2004年に行なわれた同じく住民とともに作り上げ、イギリスでも上演を行なった「ホエールトーン・オペラ」がきっかけで、えずこホールの活動に度々参加することになったのだという。これらの活動体やネットワークが核となって「十年音泉」へと繋がったのだ。
「えずこ」の意味は、東北地方の方言で、赤ちゃんを入れる籠のことをいう。10年の間、えずこの中で大切に育てられた人々の感性とエネルギーが掘り出され、音泉となって湧き出る。これからも滾々と枯れない泉は、人々を癒し、豊かにしていくのだろう。
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