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プライバシーステートメント
学芸員レポート
東京/南雄介|神戸/木ノ下智恵子|倉敷/柳沢秀行
湊町アンダーグラウンドプロジェクト
神戸/木ノ下智恵子[神戸アートビレッジセンター]
上から久保田テツ、seesaw、同、空間奥の光、高橋匡太
 9月、「阪神優勝」のバカ騒ぎで沸く繁華街【大阪・ミナミ】近くの知られざる地下空間で、そのプロジェクトは始まった。その名も「湊町アンダーグラウンドプロジェクト」。
 南北のパースが効いた奥行き約200m、天井高約5m、総面積3000m2に及ぶ圧倒的な地下空間は、コンクリートむき出しの未完のまま封印されていた。防音/空調など未整備であるため、外気とは異なる湿った空気が漂い、時折、足下から轟音が伝わって空間全体に響き渡る。建築物というよりも土木の領域と言っても過言ではないその空間に光は一切入らず、常に暗闇が全体を支配している。
 その存在を知った、建築家やアーティスト、哲学者や学生、技術者やサラリーマンなど、異なる領域・多世代の有志が、所有者の協力を得て、約1年に及ぶ協同作業を通じ、「場」の可能性を探る試みを進めてきた。用途や定義を持たず未整備なまま封印されている地下空間は、廃墟と言うには無垢で切なく、非日常的なカッコ良さを存分に保持し、プロジェクトメンバーを限りなく魅了してきた。地上なのか、地下なのか、大阪なのか、何処なのか、偶然生き延びている特異なブラックホールとしての空間を如何に披露するのか……。
 存在を知ったと同時に始まった大人たちの無謀な遊技は、様々な制約/交渉事との苦闘でもあったが、空間自体が一つの有機体として、地下の精神性、あるいは現象学的なイメージを探る旅へと導いてくれることを信じて、膨大な時間と人力を注ぎ込んできた。アーティスト/作品至上主義の展覧会でもなく、コンセプト重視の企画展でもなく、建築/土木の検証でもなく、ただ、そこにある眠ったままの魅力的な空間を映像と光のエレメントによって覚醒させ、【アートとしての空間】あるいは【メディアとしての建築】に変容させることで、都市の新たなメッセージを発しようとしてきた。
 建築家・宮本佳明が提唱する「環境ノイズエレメント」というキーワードから派生し、VJ系の思想を持った映像クリエイター/久保田テツ、「インテリアとしての映像」の可能性を求めた映像ユニット『seesaw』)、場や空間に意識的な試みを展開する現代美術アーティスト/高橋匡太が、その活動のフィールドやタイプの異なりと同様に3者3様のプランを立ち上げ、プロジェクトメンバーが各自のスキルを駆使し、光と映像による空間体験プロジェクトを具現化した。
 空間に足を踏み入れて正面の壁面に現れた久保田テツのアニメーションは、絵本「THE LITTLE HOUSE」(VIRGINIA LEE BURTON著/邦題:ちいさいおうち)を原案にしている。草花などの牧歌的な風景から、ビルが起立しスクラップ&ビルドが繰り返され、地下空間という新たな都市構造が形成される様を【ちいさな家】を中心にゆったりと右から左へとスクロールする風景画によって、この空間の経緯を示唆するプロローグとして観客を迎え入れた。
 階段を下りてすぐ視界に入ってくるのは、車窓からの風景や壁面の向こう側の地下空間などをコピー&ペーストしたseesawの映像とその光で照らされた壁面と扉、その周辺。次に足下の段差に注意を促すためにはばきをトレースしたネオンサインなどの映像で危険を回避すると、先細りの構造によって遠近感が強調され空間が何処までも続くかのように見える。公開空地のような広がりには、木々やフェンスなどが大写しにフリーズされたテキスタイル模様によって空間全体が化粧され、壁面や天井の様々な表情が見えてくる。
 暗がりを進むと左手壁面に10台の小さな液晶モニターが点在し、画面に近づくと会場入り口のアニメーションが逆方向に流れている図式に変換されており、「ちいさいおうち」の窓枠から外の風景を眺めていることに気づく。
 そうして、しばらく続く暗闇の行き先に、突如、強烈な光が現れ目もくらむほどの発光体が出現する。目前に現れた光の絨毯に吸い寄せられるように、そばに近づくと床にびっしりと敷き詰められた1232本の蛍光灯が発光していることを知る。正視出来ないほどの暴力的な光は、天井や床の微細なディティールや歪んだ矩形やラインを強調し、気づかなかった空間/構造の情報が開示される。この暴露の主の多くは解体現場などから引き上げた蛍光灯であり、【1232】という数はこの空間全体が都市生活の象徴であるコンビニエンスストアであった場合の設定で算出されている。この事実は、現代の日常生活における暴力性を隠喩していると共に未完で無垢なこの空間の存在意義を賞賛する希望の光のようにも感じた。
 作品点数としては決して多くはなく、むしろ、物足りなさを感じるかもしれない。ただ、暗闇を照らす光のエレメントが禁欲的であるが故に、そのナビゲーションによって空間そのものを注意深く見ざるおえない状況を創り出し、結果的に本プロジェクトの骨子=主役である空間の個性が存分に引き出されている。体験する一人一人のバックボーンや琴線に触れる、この空間の多彩な魅力は、未完であるが故の様々な文脈を備えた懐の深さと読み解きの自由度に由来している。それはまるで、既存の状態から新しい活動を始めることが可能な隙間を見つけて、個々のスタンスやモチベーションによって七変化させる【アートの本質】と呼応しているようだ。
 無意味で無駄な空間がこの上なく魅力的な存在として意識され、少し危険を孕んだ禁じられた遊びの醍醐味が味わえるこのプロジェクトは、メンバーの多様性とプロセスの特異性と同様に、アート、建築といったメディアや領域を越え、見えなかった何かを映し出してくれる唯一無二の光なのかもしれない。都市に潜むアンダーグラウンドな存在が我々の意識を覚醒させてくれる……。
会期と内容
●湊町Underground Project
会期:9月20日(土)〜10月5日(日)(16:00 〜19:30 入場受付19:00まで)
会場/受付:最寄り駅=・JR線難波駅、地下鉄千日前線/御堂筋線/四ツ橋線なんば駅、近鉄線難波駅 
入場=JR難波駅 改札横通路つきあたり。会場へは入場受付より誘導員が案内します。
入場保険料:1000円、会場内定員:30名(入場方法について注意あり)
問合わせ先:湊町アンダーグラウンドプロジェクト実行委員会事務局
080-1437-6289 info@underground-project.net
URL:http://www.underground-project.net
学芸員レポート
 今回お伝えした「湊町Underground Project」において、私はアーティストコーディネートや広報などを務めましたが、普段の仕事環境が如何に整備され保証されていたのかを思い知らされました。
 勿論、用途や目的など前提が全く違うので当たり前のことですが、ここまで建築基準法や消防法におけるリスクマネジメントの徹底、人的・法的配慮などが必要なのかという、驚きと関心と嫌気?の毎日でした。
 アーティストに関しても、いわゆる作品を重視するというよりもタイプの異なる存在を必要とし、日々変化・停滞を繰り返す不安定な状況にも屈せず、ねばり強い精神力と持久力とモチベーションでこのプロジェクトに参加してくれる方々とご一緒しました。また、それらを具現化するプロフェッショナルなスキルを持った多ジャンルの人々とのネットワークは、私にとっては何よりの財産となるでしょう。
 ただ、大変なプロセスは裏舞台の醍醐味であって表舞台では結果が全てです。そういった意味で空間の定義もさることながら、いわゆる展覧会とも言えないこのプロジェクトは、ツールとしてのアートの可能性やあり方を模索する上で格好の機会であったと思います。
 さて、芸術の秋本番を目の前に私の関心事項は様々に変化しています。
[きのした ちえこ]
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