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学芸員レポート
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京都ビエンナーレ2003 高嶺格「在日の恋人」
神戸/神戸アートビレッジセンター 木ノ下智恵子
京都芸術センター展示
マンガン記念館
アトリエ兼住居
「在日の恋人」入口
上から
1──館長宛のfax
2──京都芸術センター展示
3──「マンガン記念館」
4──アトリエ兼住居
5──「在日の恋人」入り口

撮影:勝又邦彦(1を除く)
提供:すべて京都芸術センター
 「それは一枚の恋文から始まった……。」
私はこの恋愛小説の一節のようなフレーズが『高嶺格「在日の恋人」』にはとても良く似合うと思った。それは作品タイトルにある【恋人】というキーワードに由来したのではなく、本作における発見・交渉・調整・プレゼンテーションなどの一連の試行錯誤のプロセスが、最もポピュラーな他者との共同作業としての恋愛において、想いを成就させる為の様々なネゴシエーションと呼応すると感受したからに過ぎない。
 高嶺は京都芸術大学工芸科で漆を専攻し、1993年よりダムタイプにパフォーマーとして参加し、IAMAS(岐阜県立情報科学芸術アカデミー)を出る前後から、国内外でパフォーマンスやビデオ、ガラスや粘土による造形作品など様々なタイプの作品を発表していた。漆という伝統技能からテクノロジーまで様々なメディア環境に身を置きながら、身体を希薄にさせることなく、むしろすべての思考は身体ベースのメタファーに基づいていると言うことを鮮明に可視化してきた。それは、豊富な情報と多様な関係のネットワークによって希薄化した自己の存在を携帯電話やメールなどのメディアの中で補完しながら、目の前に居る具体的な他者や隣人に対する想像力が脆弱化していく情報化社会に生きる我々に、生のリアリティーを喚起させる出来事として魅了してきた。
 そんな高嶺が本年から始まった「京都ビエンナーレ」に参加するにあたって選んだ舞台は、メイン会場となる京都芸術センターのみではなく、紅葉で知られる京都高雄から福井県小浜へ抜ける国道沿いの京北町にある「丹波マンガン記念館」である。
 「丹波マンガンは約2億年の昔、深い海の底に沈殿した。その後、海は山に変じ、人々の利用に供されるところとなった。明治28年頃に採掘開始、昭和58年頃まで約90年間、丹波の山々から掘り出された。最盛期(第二次大戦中と昭和25〜45年)には約300カ所もの鉱山が活況を呈していた。マンガン鉱床は金・銀・銅や鉄の鉱床とくらべてその規模が小さく、そのため大手鉱山会社は、採掘事業にはほとんど参画せず、かわって零細な企業や個人による開発にゆだねられた。当記念館では、丹波マンガンの生成、開発の歴史、マンガンの利用などにかかわる資料を収集・展示するとともに、かつての坑内の作業を再現することによって、丹波マンガンの全体像を後世に伝えようとしている。」(同館パンフレット概要説明文より)
 紹介文にある「零細な企業や個人による開発にゆだねられた」という一文が示唆する真意は、実際の記念館を訪れると分かる。整備された採掘所というよりは草木が生い茂り、必要最低限に手をいれた山そのもののが記念館と称され、プレパブの資料館、バラック小屋のような飯場、坑道というより穴といった感から入る採掘現場の3つの要素から構成されている。ここでは、戦時中に労働の補充として大勢の朝鮮人の方が坑夫として送られたという史実と共に、その作業環境や生活空間がけっして生やさしい状況ではなかったことが伺える。こうした生の現場や資料は元より、自らも在日朝鮮人であり坑夫でもあった二代目となる現館長の存在そのものが、日本の繁栄の裏に封印されている負の歴史を直視し、人権を学ぶ為の何よりもの資産となっている。
 この強い磁場に惹かれた高嶺が、ファーストコンタクトとして館長宛に送った長文のファックスは、想いの丈を綴り相手を惹き付けようとする【恋文】そのものであり、社会的・政治的な主題を用いながらも観念的な昇華ではなく、高嶺自身が実在する「在日の恋人」との関係を見つめる機会として、自らの身体をもって状況と対話する姿勢を貫く【宣言文】のようでもあった。
 惚れられた者はその猛烈アタックを一応は受け入れつつも半信半疑な関係=未整備な状況からスタートし関係を構築していく。恋愛関係でいうところの惚れたモノの弱みではないが、アプローチした=惚れた者と仕掛けられた(惚れられた)者といった、明確なヒエラルキーを崩しつつ対等な立場に持っていきながら、せめぎ合うことで刺激的なインタラクションが立ち上がる。そこには「表現」というカッコ付きの行為ではすまされない真剣勝負があり、現場に身を置いてみて他者やその他の環境と対話しながら新たなものを見出そうとする高嶺の真摯な姿勢があった。それはかつて坑夫達が様々な苦境を乗り越えてそこで暮らしたように、高嶺が山にこもって日常を過ごし、先人達の機知に富んだ生活への創意工夫を積極的に制作に還元していった月日に立証されている。
 あくまでも極私的な興味から派生した精神的な対話や交感は、予期しないアクシデントを楽しむ醍醐味や異質なモノを投入する事で起こる摩擦によって起こるエネルギーがスパイラル状に絡み合って次なる展開へと導いていく。そうした他者と出会うことで違った存在について考える行為は、時として恒久的で安定しているシステムに揺さぶりをかけ、本質的な位相が照らされることで化学反応を起こさせる。
 高嶺とマンガン記念館(館長)が過ごした蜜月を、京都芸術センターのドキュメント→「マンガン記念館」→高嶺作品によって追体験した人々は、暗闇の中で次第に過敏になっていく五感と向き合いながら、ロジックを越えた根元的な感覚が覚醒したに違いない。それは、ある種の虚構の忠実な再現ではなく、「マンガン記念館」の歴史という確固たる裏付けと対峙した、1人のアーティストの英知を越えた新たな局面が、観客が共有できるリアルな触媒装置となったのだろう。
 1人の恋する身体がメディアとなって、生のリアリティーを実感することで今ここにいる自分を喚起させ、他者との対話によって強固な価値観を変える力を発揮する。この導きに未来を託す私たちは、高嶺がノマドのように新たな恋をして進化していくことを切望してやまない。
会期と内容
●京都ビエンナーレ2003 高嶺格展覧会「在日の恋人」
会場:京都府北桑田郡京北町大字下中西大谷45
    NPO丹波マンガン記念館内坑道跡
    Tel.0771-54-0046 Fax.0771-54-0234 
会期:2003年10月4日(土)〜11月3日(月・祝)(10:00〜17:00)
定休日:毎週火曜日
入場料:大人800円、小中学生500円、幼児300円

京都ビエンナーレ事務局 http://www.kyotobiennale.com/
NPO丹波マンガン記念館 http://www6.ocn.ne.jp/~tanbamn/

学芸員レポート
 芸術の秋、書き入れ時のまっただ中に衝撃のニュースが入りました。
 すでに多くの関係者の方が御周知とは思いますが、この場を借りて再度お伝えします。
 芦屋市が財政難打開のため、芦屋市立美術博物館を2006年3月までに民間委託・売却・休館するとの方針を出しています。
 本件は兵庫県下の文化施設は元よりここから派生する公共文化施設への影響や、「具体」など重要な知的財産の行く末も危ぶまれる危機的状況です。
 変化する時代のニーズに答えることや、これまでおざなりになっていた地域社会へのアカウンタビリティーについて熟慮し、次なるステップに進むことは必要かもしれません。ただ、その歴史や文脈などを検証せずにスタイルをシフトしたとしても物事の本質は変わらないでしょう。
何よりも芦屋市立美術博物館の実績と資産が泡となって消えることはぜひとも避けたいと思っています。
 この出来事に対しての反対署名の運動が急速に広がり、第一段の署名の締め切りはすぎましたが、毎日のようにメールが来ます。
 この問題はローカルではなく全国レベルに展開していくことでしょう。
 皆様はいかが思われますか?

 メールでの署名は、富井玲子さんという在米のキュレーターの人が主宰するhttp://www.petitiononline.com/ashiya/petition.htmlで受け付けています。
「芦屋市立美術博物館を守る会」事務局(0797-23-4655)が出している署名用紙は、各ギャラリーなどに置かれているそうです。
[きのした ちえこ]
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