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学芸員レポート
東京/南雄介|神戸/木ノ下智恵子倉敷/柳沢秀行福岡/川浪千鶴
開館記念 コレクションによる「もうひとつの現代」展
東京/東京都現代美術館 南雄介
もうひとつの現代展
 この秋の東京圏の大きな話題には、2つの新しい美術館の開館があった。東京の六本木の高層ビルの最上階に開館した森美術館と、神奈川県立近代美術館の葉山館である。いずれも10月に、1週間の間を空けて相次いで開館しているのだから、もう2カ月近く経ったことになる。とすれば、もはや新鮮味に欠ける話題であるかもしれないのだが、やはり美術館に関わる人間にとっては避けて通ることができないので、報告しておくことにしようと思う。
 「この10月、きわめて対照的な2つの美術館が神奈川と東京に相次いで開館した…」と書き出して比較してみてもよかったのだが、都心とリゾート地、私立と公立、所蔵品の有無、等々といった対比点には誰でも気付くだろうし、おそらくどなたか書いている方もいらっしゃるだろうから、そのような論点は避けて、今回は神奈川県立近代美術館の葉山館についてだけ、記すことにする。森美術館とその開館展については、きっといろんなところでいろいろなことが語られているだろうから。

 さて、葉山館である。「新しい美術館」、と先に書いてしまったが、実をいうとその言い方は必ずしも適当ではない。鎌倉にある美術館(かつて「本館」と言われたが、葉山ができてからは「鎌倉館」となったらしい)の新館と呼ぶのがふさわしいのだと思う。鎌倉の美術館は、半世紀前に開館した日本最初の近代美術館であり、その歴史の過程で蓄積されていった、極めて充実したコレクションを持っている。葉山館の開館にあたり、館蔵品によって日本の戦後美術の展開を綴り直す試みが、記念展として選ばれた。

 「本展は、50年にわたる神奈川県立近代美術館の活動のなかで形成されてきたコレクションを今日の目から捉えなおし、新しい展示スペースの中でのそのあり方を探るとともに、20世紀後半の半世紀におよぶ現代美術の意味を再検証して、21世紀へのひとつの視座を提起しようとするものです。神奈川県立近代美術館は、変貌する現代社会に鋭く対応する美術館活動を展開すると同時に、創造の現場と密接につながって、アーティストとともに生きてきました。そのコレクションは、概念によって組み立てられた歴史よりももっと起伏に富んだ、生きた美術の変貌を映し出しています。神奈川県立近代美術館所蔵の約170点の作品で構成された本展によって、新しい美術館の門出を記念し、あわせて現代日本美術の概略をたどり、将来への照射となる問題提起を行ないたいと考えます」(美術館リーフレットより)。

 じっさい、展覧会では、コンテクストを抽出するようにしむけるというよりも、ひとつひとつの作品が、個々の作家のartistic life(?変な英語? 要はアーティストとしての生/生活、ということが言いたいのである)の全体を差し出ているような、そんな作品選択であり展示であった。
 美術史の概説などを見ていると、ある一つの概念なり言葉なりを例証するために作品図版が選ばれ掲載されていることがよくある。だが、その作家の70年なり80年なりの生涯、そして数百点ないし数千点の作品は、そのただ一点に還元されてしまうのだろうか。考えてみるまでもなくそれはかなり奇妙なことだ。初期の「エポックメイキングな」とされる作品よりも、晩年の成熟した作品の方にその作家固有の特質が、より明瞭に現れているように思われることも、しばしば経験することだ。大きな状況なり歴史なりを語ろうとすることと、個々の作家や作品の本質を掴もうとすることの間には、何か解決しがたいアポリアが存在しているように思われる。芸術は、つねに個別的なものに、ひとりひとりの作家に、一つ一つの作品に具現するものであり、そしてそれは簡単な言葉や概念に還元されるものではない。
 「もうひとつの現代展」の何よりの特徴は、それが作家本位に語りなおされた戦後日本美術史であるという点であるように思われた。鎌倉館のこれまでの活動を多少なりとも知っている人であれば、かつて開催されたいくつもの展覧会の情景が目に浮かんでくるのではないだろうか。鎌倉の美術館と歴代のその学芸員の人々が、50年の歴史を通じ、展覧会を初めとする様々な活動によって、作家たちとの間に作り上げてきた絆が、展覧会の目に見えない主題なのである。それは、収集された作品とともに、美術館のかけがえのない財産であろう。
 だが、この展覧会はただ美術館の過去の検証に終わるものではないだろう。「もうひとつの」現代、「another history」(展覧会英文タイトル)とうたわれているのであれば、「ひとつ」に擬せられている現代、history とは何なのだろう――そう考えるならば、そこには強い主張が込められていることがわかる。ここでも視点は作家の側に据えられているようだ。他に依拠することなく、常に創造の場に立ち返って、自らの芸術を不断に更新しようとするアーティストの姿勢と、それに対する敬意。星座のようにちりばめられた個としての作家たちの営為の緩やかな総体が、この歴史を形成している、と言ってもいいのだろうか。
 鎌倉で、私たちは常に、静謐な蓮池のたたずまいを一種の規矩に見立てて作品を測ることができた。葉山では、夕焼けの美しい海の眺めが、同じような役割を果たしている。鎌倉館に具現されていた美術館の一つの理念は、葉山館でも継承されているのである。
会期と内容
●もうひとつの現代展」
会期:2003年10月11日(土)〜2004年1月25日(日)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館) 12月24日、1月13日、年末年始(12月29日〜1月3日)
開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30分まで)
会場:神奈川県立近代美術館 葉山館
入場料:一般800円(700円) 20歳未満・学生650円(550円) 65歳以上400円
※( )内は20名以上の団体料金。高校生以下の方、障害者の方は無料。
[みなみ ゆうすけ]
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