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学芸員レポート
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ボーダレスアートギャラリーNO-MA開設記念企画展
「私あるいは私〜静かなる燃焼系〜」
神戸/神戸アートビレッジ 木ノ下智恵子
外観入り口
外観入り口
 豊臣秀次によって開かれた城下町「近江八幡」。当時の交通幹線であった琵琶湖を往来する荷船を寄港させるために設けられた運河の八幡堀、その北側の武家地と南側の鍛冶屋町、鉄砲町、魚屋町などの町人地は、江戸中期から明治時代に建てられた商家が軒を連ね、近江商人の発祥地として栄えた地区として伝統的建造物群保存地区に指定されている。ここで2年前から空家になっていた築70年の町家「旧野間邸」の改装と活用について、絵本作家であり滋賀県社会福祉事業団アートディレクターのはたよしこ氏をはじめとする、アート関係者、福祉現場スタッフ、学術研究者、行政が、2002年から各人の枠組みを超えて構想を練ってきた。昨年10月には本オープンに先駆けて、藤本由紀夫と笹岡敬のインスタレーションと県内を中心とした知的障害者の作品を改装前の野間邸に配置した「記憶の測量計」という企画展が開催された。この実験を経て、数寄屋造りの外観はそのままに、一階はメインギャラリー、二階は部屋の趣を残してアトリエ兼ギャラリーにリノベーションされ、滋賀県社会福祉事業団が企画・運営するギャラリーとして、6月「ボーダレスアートギャラリーNO-MA」が誕生した。
 開館記念展の『私あるいは私〜静かなる燃焼系〜』は、障害の有無や国籍、アートと福祉というジャンル、インサイダーやアウトサイダーといったアートのカテゴリーを超えて、人間の根源にある表現へのエネルギーが交差する磁場を目指す「ボーダレスアートギャラリーNO-MA」の指針表明として開催されている。本展では、テーマを「私」に置き、自分自身の好奇心や固執した世界に向かう探究心が強引に放出されている作家、作品を、障害者やアーティストという区分を超えて多視点にセレクトされている。
伊藤喜彦
伊藤喜彦
初代宮川香山
初代宮川香山
 玄関(入り口)を入ってすぐの空間では、作陶歴30年にも及ぶ、現在、69歳の伊藤喜彦の作品群に迎えられる。信楽青年寮という施設に暮らしながら制作を続けている伊藤は、施設の陶芸室の片隅に自身の個室を作ってこもったり、安らぎの場として眠り込んだりと、悠々自適な制作の日々を過ごしていると言う。『鬼の面』と題された自身の分身としての陶芸作品は、無数の細胞が集結した重量感のある手びねりの土器のような面構えを以前は粘土を自分の唾液で接着していたということだが、そこに自ら彫り込む値札の存在が、ライフワークに必要不可欠な自己完結型の表現とは違い、作品を介在した他者との関係性を希求してるようで興味深い。
 次の部屋では、初代宮川香山の陶器が博物館のようにクリアケースに保護されて展示してある。この重装備の理由は、作家の経歴と現在の評価値にあった。明治維新以後、経済、文化、社会システムなどあらゆる事象において急進的に西欧化の動向にあった時代、明治6年に新政府がウィーン万国博覧会に正式参加して以来、陶磁器が外貨獲得の主力商品であった。この文明開化の真っただ中、富国強兵、殖産興業政策の元、経済活動に則った文化組織としての陶磁器工房が数多く設立されたという。宮川香山の工房は、こういった国策とは無関係に、自らの感性を毒々しいほどの過度のジャポニズムという極私的な作風によって体現していた為か、国内での評価は成されていなかったが、パリ万国博で大賞を受賞し欧米では高い評価を得た。そのほとんど全ての作品が海外にあったが、この2、3年国の重要文化財の指定を受けるなど再評価が始まり、これらの文化財を個人の収集家が長年かけて海外から買い戻し、幻の数点(日光東照宮眠猫目覚水指一点、高浮彫桜二群鳩花瓶二点一対、高浮彫南天二鶉花瓶二点一対)が展示された。そういった壮大な作品/作家歴を知らずとも、ネコや鳩など身近な小動物のモチーフとレリーフとは言い難い立体彫刻のような物体が附随したデコラクティブな作風が、どこか現代的なユーモラスさを醸し出すと共に孤高の才知を感じさせる。
岩崎司
岩崎司
 そして、2Fに上がって手前の部屋では、現在、76歳になる岩崎司のカラフルでおびただしい数の作品が押し入れのような隙間の空間にまで展示されてある。かつて市会議員も勤めていたという岩崎は、精神を病んで入院生活に至ってから、唯一の自身の空間であるベッドをアトリエに、日々、溢れ出るイメージを紙等の身近な材料を用いて表現しているという。画面を余す所なく書き込んだ極彩色の線描画、文章と言うよりも装飾的なタイポグラフィーのような文字の集合体、これらの画面を縁取る額装部分は、新聞広告の紙を細く巻いてさらに様々にコラージュされた過剰な設えによって一体化し、単なる日常の産物ではなく装飾性に富んだ壁掛けの作品や屏風として自立している。その日々の営みから作品へと昇華した岩崎の世界観が、6畳程度の和室を所狭しと埋め尽くしていた。
画家のアトリエ
森村泰昌
 岩崎司の作品群の向う側にあるガラス戸で仕切られた部屋の中を覗き込むと、市松模様の床、描きかけのキャンバスとイーゼル、日本家屋には珍しいアンティーク調のシャンデリアによって構成された独自の部屋=森村泰昌の作品と出会う。さらに注意深く部屋の中を見渡すと、床の間にフェルメールの『画家のアトリエ』(別名『絵画芸術』)の掛け軸がかけられ、その周辺(部屋の中)の状況そのものが、『画家のアトリエ』に描かれている情景が再現されていることに気付く。そして、ガラス戸の部屋横の廊下を抜けたところでは、この部屋=作品の制作過程のドキュメンタリー映像が上映され、違和感なく存在するアトリエ空間そのものが、厳密な調査から割り出された当時のフェルメールのアトリエを森村のプランと様々な技術/職人技(コロタイプや軸装)の粋を集結した仮設の実像であることを知って圧巻。17世紀の巨匠フェルメールのアトリエを21世紀の巨匠森村が時空を超えて再現する「画家のアトリエ=表現者自身」。この文脈も構造も設えも秀逸のインスタレーションは、森村の名画シリーズの真骨頂といっても過言ではなく、いわゆる西洋/現代建築のホワイトキューブではない日本家屋の空間で、新たなセルフポートレート(表現形態)を展開・発表されていることの意義に感銘を受けた人は少なくないだろう。
水位と体内音
高嶺格
 そしてこの家屋=ギャラリーの裏庭にある蔵では、気鋭の現代美術家/高嶺格の作品があり、引き戸を開けて蔵の中に入ると暗闇に浮遊する光が目を差す。空間中央に設置された1m程の湾曲した透明な水槽には近江地域の水が入れられ、独自の透過度と空間を有する水のスクリーンが形成されている。ここには、1998年に制作された「水位と体内音」という全裸の女性が水中を泳ぐ映像が写し込まれ、水槽の物質的な水の浮遊感と映像の中でゆらめく虚像の浮遊感が折り重なって、観る者に胎内回帰のような触覚的な感覚を呼び覚ましてくれる。また、実生活において高嶺は本展の直前に、この映像に浮遊する在日の女性と近江八幡の朝鮮人街道をパレードして結婚式を挙げ、今秋には新たな生命が誕生すると言う。物を温存する蔵、胎内で育成する生命……自らの人生に関わるあらゆる事象をモチーフにする高嶺の至高の技にまたもやしてやられた。
 何ものにも捕われず無心に制作された陶芸、コラージュというオブジェクトそのものが独立した作品として展示されている、伊藤、岩崎、(初代宮川香山)の「私性=表現」と、町家と言う建築物の空間の情報や表現(芸術)の歴史、自身の生き方を分析/解釈して作品展開する森村、高嶺の「私性=表現」。
 有史以来、人間の根源に通底する表現行為には常に私が中心にある。この当たり前の概念を改めて企画タイトル/テーマに設定された本展では、あらためて「作品」の背後にある私性=「作品」という「私の分身」の多様性と可能性について熟考させられた。これらは、いずれも私という未知なる存在に向かって創造行為という営み展開し続けているには違いない。ただ、「表現者個人」という同列のフィールドで捕らえられた時、その個人の背景が無効になるよりも、むしろ、よりクローズアップされていくと思う。そして、それらがアンチテーゼのアウト/イン/福祉/アートなどの言葉に回収されないボーダレスな言説が形成された時、優れた作品=表現性を問われた時に、幸福感に満ちた未来が訪れるのだろう。
 それは、美術や社会の既存のシステムが崩壊しつつ在る今、産声をあげた、近江八幡の日常に溶け込む、非日常的空間「ボーダレスアートギャラリーNO-MA」のこれからの営みを見つめていくことで、立ち現われてくるのかもしれない。
会期と内容
●会期:2004年7月3日(土)〜9月20日(月・祝)
会場:ボーダレスアートギャラリーNO-MA
URL:http://www.hukusi-shiga.net/jigyoudan/plan/info/20030308/no_ma/no_ma.html
滋賀県近江八幡市永原町上16
Tel. 0748-36-5018
開場時間:11:00〜16:00
学芸員レポート
 観測史上、最高を記録した猛暑が続く日々。オフィスではクーラー漬けで外気を感じず、ギャラリー周りなどでは、嫌と言う程、エアコンなどの伏流熱にやられています。
 そんな中、KAVCの【公】では『神戸アートアニュアル2004』の怒濤のミーティングが続き、大学やその他の半分プライベートな【私】では、昨年の『湊町アンダーグラウンドプロジェクト』ではありませんが、またもや魅力的な有志の面々と色々な企みを考えています!
 今回のプロジェクトの舞台は、大阪の南西に位置する住之江区北加賀屋にある名村造船所跡地という私有地です。ここには造船倉庫を活用した音楽スタジオがありますが、一般にはあまり開かれていない知られざる場です。この造船業の役割を終えて放置された夢の跡の魅力に魅せられた有志のメンバー(アートコンプレックス1928プロデューサー小原氏(本プロジェクト発起人)、ダムタイプ高谷氏、ヴォイスギャラリー松尾氏)が、本年5月より毎週ミーティングを重ねて急ピッチで企画を創りあげていきました。
 その名も『名村造船所跡地30年の実験「NAMURA Art Meething'04→'34」』
 「名村造船跡地」が象徴している時代の流れや文脈をふまえ、これからのジェネレーション(30年)を想像・創造・実験を始めようとしています。この30年というのも確約されたものではありませんが、所有者のご理解とご協力を得ながら可能な限り【未来】を実験していきたいと思っています。
 そしてその出発点の企画タイトルが『vol.00「臨海の芸術論」』です。
このプログラムは、果てのない知的トレーニング・労働の終わりの始まりとして、(多ジャンルの)知的産業者が集って思考する、プロジェクト宣言=ファーストステップの場です。(展覧会/演劇などではない)ミーティング、会議、シンポジウムをメインにした、表現スタイルの独自性を意識しながら名村ミーティングテーブル(という環境)を囲んだ、いまだかつてないアートの饗宴(思考のウッドストック)というイメージです。
 来年以降、何をどのように進めていくのか、、、それさえも検討する場として、今後の展開に賛同・参加して頂きたい方々をゲスト(シンポジウムパネラー)に迎え、この臨界点をご一緒したいと思っています。
 現時点では詳細未定ですが、かつてないプロジェクトになる予感は大です。実施詳細は次回、レポート出来るかもしれません、こう御期待!
会期と内容
■タイトル他
名村造船所跡地30年の実験「NAMURA Art Meething'04→'34」
いまだかつてないアートの饗宴・36時間耐久シンポジウム
『vol.00「臨海の芸術論」』
■概要予定(詳細未定)
9/24(金)実行メンバーのフォーラム→真夜中のミーティング
9/25(土)メインシンポジウム1→クルージング→メインシンポジウム2→クラブパーティー
※9/26(日)早朝閉門
■詳細お問い合わせ
NAMURA ART MEETING 実行委員会 事務局
〒604-8082 京都市中京区三条通御幸町角1928ビル4F
アートコンプレックス1928内
Tel 075-254-6520/Fax 075-254-6521
[きのした ちえこ]
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