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学芸員レポート
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国立国際美術館開館記念展「マルセル・デュシャンと20世紀美術」
〜現代美術の父が関西に与えられたとせよ。(あるいは、与えられてさえも。)〜
神戸/神戸アートビレッジセンター 木ノ下智恵子
美術館外観
会場入り口
レディメイド
大ガラス
プレオープン
上から美術館外観、会場入り口、《レディメイド》、《大ガラス》、プレオープン
 美術館の開館ラッシュの今年、11/3(文化の日)大阪中之島に、かねてより話題の国立国際美術館が「マルセル・デュシャンと20世紀美術」によってグランドオープンした。
 国立国際美術館は、1970年の日本万国博覧会開催に際して建設された万国博美術館を活用して77年に開館以来、日本に4つある国立美術館の中でも、特に現代美術を中心に展覧会を実施されてきた。30年余、人間に例えて一世代を越えた頃、施設の老朽化などにより、万博公園から中之島西部地区に完全地下型の美術館として新築・移転。
 その新たな幕開けが、大入りが見込める印象派やピカソではなく、「現代美術の父・マルセル・デュシャン」であることは、現代美術を発信する美術館として従来の活動を継承するという指針の態度表明として十分に納得できる。
 ラスコーの壁画から21世紀に至るまで、ここで美術・芸術史や「デュシャン論」を語るつもりはないが、先人達の感性・思考・技術・手法によって成されてきた表現の軌跡後に生きる私たちが、技芸と学術、一定の材料・技巧・様式などによる美の創作・表現の有り様、つまり「芸術は長く人生は短し」(人の命は短くはかないものであるが、すぐれた芸術作品は永遠の生命を保っている)という事実を“現在”において実感できる幸福を感謝すると共に、「現代美術の父」の来阪を目の当たりにした者として、私的見解を述べたいと思う。
 第一次大戦から戦後にかけて、ヨーロッパに始まったダダイズムは、既存の芸術形式や価値観を否定し、それ自体は芸術的意味の無い工業製品や日用品などをモチーフに概念芸術を確立された。その中心的存在であるデュシャンの「レディ・メイド」の代表作《泉》は、当時、出展拒否に遭うなど物議をもたらしたのは有名だが、造形的創造性といった伝統的な芸術形式が主流の当時の人々にとっては、既製品の便器=芸術作品という提案にスキャンダラスな衝撃を受けたに違いないだろう。この芸術の革命・開拓者/デュシャンの企みによる受け手の心情を今風かつ感覚的に言えば、かつて無い価値観の作品に対峙した時の「ハッとする」あるいは「グッとくる」という、言葉で語り尽くしようのない何かにふさわしいのかもしれない。
 時を経てデュシャンの概念や方法論そのものが、皮肉にも現代美術の伝統として確立されている現在、現代美術作品に対する言葉に「面白い」という表現がある。この言葉を辞書で調べてみると「気持ちが晴れるようだ。愉快である。楽しい。心をひかれるさまである。興趣がある。趣向がこらされている。一風変わっている。滑稽だ。おかしい」などと定義されている。この言葉のすべてに当てはまるとは言えないが、デュシャンを含む「レディ・メイド」の支持者達は、正しく自己の企みを「面白い」とほくそ笑み、アイロニーに満ちた挑戦を仕掛けたに違いない。趣味嗜好的な美的表現のみならず、アイデアという知財を有する存在こそアーティストたらんことを示唆し、ここでの仕掛ける側の「面白い」が、芸術の形容詞に「美しい」以外の価値観を植え付けたと言える。
 さて、全くの私事だが、高校生の頃、何気なく買ったポストカードにデュシャンの《自転車の車輪》や《瓶乾燥機》があった。もちろん、美術の文脈など知り得ない当時の私は、そのポストカードをヴィジュアル的に「カッコイイ」と感じたにすぎない。この私的な経験のみで発言するのはあまりにも無謀だが、「視覚的無関心」の元に選択されたといわれる「レディ・メイド」にも、私たちが今、芸術作品として制作されていない品々に、機能美・用途美といった美の部分を強く感じることを予見し、新たな美意識を提案していたと思えてならない。また、様々な作品群を再編したポータブル展覧会としての《トランクの中の箱》は、カタログレゾネあるいはマルチプルの原型であり、アーティストブックなどの編集物に受け手が魅了されるという、現代のデザイン志向の源泉もここに在る。
 チェスの名手でもあったデュシャンは、こうして後世に様々な知的ゲームを仕掛け、それを展開する次代のアーティストや評論家たちが現代美術の文脈=ゲームのコマを進めてきた。
 多彩なデュシャンの作品約70点に加え、デュシャンに共鳴した国内外の30余人の作家たちの関連作品約80点によって構成された本展から、我々は何を仕掛けられたのか。
 事物に何らかの謎や問いかけを加えたり、概念をずらして別の文脈を与えることで作品に化ける、価値変換が可能な術、つまりは現在のアート・芸術の真骨頂を再認識あるいは感受する契機である…この連鎖は、美術館周辺の70以上の画廊ガイドマップ「中之島アートフェスティバル」発行をはじめ、MEM「『これはデュシャンではない』、ですか、藤本由紀夫・森村泰昌二人展」等々まで波及し、次なる世紀の担い手によって、更なるゲームのコマが進められた。
 美の殿堂としての美術館が、歴史的観点から現代美術を考察したり新たな文脈や価値観を学究的に定義し、ギャラリーやオルタナティヴスペースが現在のあるいは未知数の価値を実験的に提示する。このアートの生態系が循環するためのシステムは構築可能なのだろうか?
 「現代美術の父が関西に与えられたとせよ。」とあえてデュシャン的言葉あそびと人間の生殖機能になぞらえたとする。その父に対する「母」は今を生きて何かを感受する私たち個人であり、そこで生み出された多様な価値観が「子」として、それを育む環境整備を現代社会が求められている。
 国立国際美術館の目の前には、以前より、クリエイティヴ集団「graf」が立地し、デベロッパー的作為とは無縁に、健全な私意によって文化的地均しが成されてきた。今秋、その同じ沿線にある西梅田には、高級志向のショッピングモール「ハービスENT」や「ヒルトンプラザウエスト」がオープンした。さらに中之島付近の東西は京阪電車の延長計画があり、大阪中心部の風景が変化しつつある。一集団から壮大な開発プロジェクトに至るまで、都市開発と文化が、かつて無いほどに距離を縮め、人の流れを創り出している。この状況に、アートシーンは乗るか反るか、単なる経済の起爆剤ではない何かを成立させるのか、しえないのか。
 この一年、独立行政法人や指定管理者制度など芸術文化施設の民意導入の一方で、「関西文化の日」の入館無料など、国=文化庁の「関西から文化力」マークをいたるところで目にする。
 良しにつけ悪しきにつけ、何かが動いている。その度に、様々な施策が一過性のイベントとして流布される、単なるマーキングキャンペーンではないことを願う。
 そして、私という個人としては、傍観者ではなく知的ゲームの実践者として生態系に関わり続けたいと思い、日々を積み重ねている。
会期と内容
●マルセル・デュシャンと20世紀美術展
会場:国立国際美術館
大阪市北区中之島4 Tel. 06-6447-4680
URL=http://www.nmao.go.jp/
会期:2004年11月3日(水・祝)〜12月19日(日)
休館日:月曜日
開館時間:10:00〜17:00、金曜日は19:00まで(入館は30分前まで)

●中之島アートフェスティバル
問合せ先:中之島アートフェスティバル事務局
大阪市西区江戸堀1丁目7−13(コウイチ・ファインアーツ内)
Tel. 06-6444-1237 FAX:06-6444-1375

●MEM「『これはデュシャンではない』、ですか、藤本由紀夫・森村泰昌二人展」
会場:MEM
大阪市中央区今橋2-1-1 新井ビル4階16号室
Tel. 06-6231-0337 
URL=http://www.mem-inc.com/
会期:2004年11月1日(月)〜12月18日(土)
開廊時間:11:00〜19:00
休廊日:日曜・祝日
学芸員レポート
 さて、今回が最終稿です。永らくおつき合いいただきまして本当に有り難うございました。
 関西における芸術の秋のご報告に加えて、これからの私なりの意思表明なるモノをしたためたいと思い、私が最近気にかかっている「ハッとする、グッとくる、面白い、カッコイイ」という言葉に関する考察を軸にした、私的な文章で恐縮です。
 私は、震災から9年間、一民間企業の契約社員として一年ごとの契約更新を積み重ねて所属しながら、神戸アートビレッジセンター(KAVC)という地方公共文化施設の運営に携わってきました。公共の文化施設のスタッフとして、会社員として、社会人として、個人として、様々な状況を鑑みつつ、観客となり、仕掛け人となり、繋ぎ手となり、芸術環境に身を置いてきました。
 来年は、震災から10年、KAVC開館10周年、新開地100年というメモリアルな年です。
 そんな中、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、当センターも指定管理者制度の対象施設となりました。ある種、その制度の先駆的実験事例であったとも言える、この9年を検証しつつ、次なる門出を担うべく奮闘しています。
 これまでご紹介してきた様々なアートのあり様が示唆するように、美術館やギャラリー以外のアートスペースの拡大、コミュニケーションという個人の経験値に真意があるもの、ニューメディアや他ジャンルとの融合など、芸術文化・アートの存在や解釈が変容し、もしかするとアートという言葉自体も違う地平に向かっているのかもしれません。
 このwebでお目にかかれる機会は少なくなりますが、私が仕掛ける企画のご案内で、どこかの展覧会で、街中で、何かの場面で……お会いできれば幸いです。

追記
早速ですが、kavcaap2004「未来のドキュメント」『遠慮は無用!―エイズをめぐる5つのダイアローグ―』のご案内です。
2005年7月、神戸で開催予定の「第7回アジア・大平洋地域エイズ国際会議(Seventh International Congress on AIDS in Asia and Pacific=7th ICAAP/セブンス アイキャップ )」。その文化的プレイベントとして2003年に発足した、アーティスト・活動家/ブブ・ド・ラ・マドレーヌ氏とNGO活動家、専門家、アートマネジメントを学ぶ学生によるkavcaap。今年はkavcaap2005のためのプレミーティングと位置付け、12/1の国際エイズデーからの5日間、多彩なゲストを迎えて5つのトークと2つの写真展を開催します。
会期と内容
■会期:
2004年12月1日(水)〜5(日)
11:00〜21:00(初日のみ17:00より)

■会場:
神戸アートビレッジセンター 1Fギャラリー、コミュニティスペース1room
■お問い合わせ info@kavcaap.org(kavcaap実行委員会)
★展示プログラム
・澤田知子「inside and outside」展 
・田口弘樹「LIVING TOGETHER EXHIBITION」
★5つのトークプログラム
 12月1日(水)19:00〜21:00「澤田知子×ブブ・ド・ラ・マドレーヌ対談」他
※各参加料/定員/時間/場所等はhttp://www.kavcaap.org/をご参照ください。
[きのした ちえこ]
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