札幌/吉崎元章
|福島/木戸英行|
東京/増田玲
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高松/毛利義嗣
田園の夢
福島/CCGA現代グラフィックアートセンター 木戸英行
実りの秋である……などと言っても、都会に住む大多数のひとにとっては、実感の伴わない使い古された慣用句にしか過ぎないだろう。ぼく自身がかつてはそうだった。だが、今暮らしている福島県の郡山市郊外はまだ農村の面影を色濃く残す土地であって、今朝も通勤途中の車窓に広がる田んぼの風景は収穫の真最中。まさに実りの秋という言い回しが現実感をもって迫ってくるのだ。もっとも、この現実感が当地に転居してきたばかりの10年前と、徐々にではあるがこの地に同化しつつある現在とでは、以前のそれが都市生活者からの一歩引いた見方であったのに対して、現在のそれが別に農業を営んでいるわけではないにもかかわらず、不思議な安堵感やえもいわれぬ幸福感を伴ってくるあたりに、時間の流れを感じずにはいられない。
「帰りなんいざ、田園まさに荒れなんとす」という中国の田園詩人陶淵明の詩の一節をいわば主調和音として、室町から近現代にわたって描かれてきた日本の田園のイメージを検証する本展は、福島県立美術館の開館20周年記念として企画された。
展覧会は、「第1部・農耕の情景―耕作図から風俗図へ―」「第2部・田園のめぐみ―五穀・野菜・果物―」「第3部・理想郷(ユートピア)―文人たちの田園―」「第4部・田園の再発見―近代の田園憧憬―」という4部からなり、全国各地の美術館・博物館から集められた日本美術の名品に自館所蔵品を加えた、計75点で構成されている。主な作家の名前を挙げるだけでも、呉春、北斎、雪村、探幽、若冲、応挙など江戸期の大家から、池大雅、富岡鉄斎を経て、小川芋銭、今村紫紅、速水御舟、冨田渓仙、村上華岳ら日本画家、さらには岸田劉生、秦テルヲといった洋画家たちに至るまで、広い時代がカバーされており、ちょっとした「日本美術史概説」の観すらあって、企画者の本展にかける意気込みが伝わってくる。
出品作は皆それぞれに見所が多いが、個人的に強く惹きつけられたのは、古い順に、呉春《四季耕作図》、伊藤若冲《蔬菜図》、速水御舟《洛北修学院村》あたりだろうか。
まず呉春の耕作図は、登場人物の農夫たちの頭がアンバランスに大きく、一様に柔和な表情に描かれていて、見るほうの頬も思わず緩む。端正に描かれた田園風景にそんな「癒し系」の登場人物が点在する様は、生き生きとした中にもゆったりとしたリズムを感じさせ、まさに理想郷といった趣である。
一転、若冲の六曲一双の大作《蔬菜図》は、いかにも若冲らしい才気あふれる作品だ。屏風の一曲ごとに鉈豆、蕪、瓜、蓮根、大根、里芋などの野菜が、速い筆勢の水墨で描かれているのだが、いずれも1メートルくらいに引き延ばされていて、その大きさがとにかく人を喰っている。また、縦長の画面の中で容赦なく大胆にトリミングされていて、それ自体は日本美術では堅幅の構図でよく見かける手法だけど、余白の美とか東洋美術独特の空間把握というより、そうしたちまちました美意識を軽々と超越した爽快感を感じずにはいられない。
執拗なまでの細密描写とぞっとするほど美しい群青で、暮れなずむ山間の集落を描いた、速水御舟の《洛北修学院村》に関して言えば、こちらは御舟の代表作のひとつだから、その造形的完成度の高さはあらためて言うまでもないが、画家としての御舟の天才性や野心よりも、むしろ、画面全体を覆う厳粛な静けさの中で点景に配された人物などに、この作家がこの山村に感じていた慈愛のようなものがかいま見えるような気がして意外だった。
ところで、展覧会全体を見終ると、日本美術の中に田園の風景・風物がこれほどたくさん描かれてきたことにあらためて驚かされる。農業国だったのだから当然と言えば当然だが、昔の画家たちが、深山幽谷に庵を結んだ高士、といった南宗画や文人画によくあるイメージに限らず、身近な人里に晴耕雨読の理想郷を見てきたことに、現代人とさほど変わらないものを感じてしまうのだ。
突き進む工業化やグローバル化の中で日本の農業・農村の未来は明るくない。しかし、都市生活者の多くは、いや都市に住む人ばかりでなくほとんどの日本人は、それも社会構造の変化の結果として容認するほかないのでは、と考えているように見える。これを書いているぼく自身も、50%くらいはそう考えている。「帰りなんいざ、田園まさに荒れなんとす」はひとつの理想だけど、現実逃避という批判も聞こえてきそうだ。そんな中にあって、農業県である福島の美術館が本展を開催したのには、「ちょっと待ってください。ほんとうにそれでいいんですか?」というメッセージも込められていたのだろうか。
会期と内容
●田園の夢
作家:呉春、渡部始興、葛飾北斎、村上華岳、伊藤若冲、富岡鉄斎、酒井三良、狩野探幽、福田豊四郎、速水御舟ほか
会場:福島県立美術館
福島県福島市森合字西養山1番地
Tel. 024-531-5511
URL:
http://www.art-museum.fks.ed.jp/
会期:2004年10月16日(土)〜11月23日(水)
休館日:月曜日、11月4日
入場料:一般・大学生1000円、高校生500円、小・中学生300円
主催:福島県立美術館
問い合わせ先:福島県立美術館 Tel. 024-531-5511
[きど ひでゆき]
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