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学芸員レポート
東京/南雄介神戸/木ノ下智恵子倉敷/柳沢秀行高松/毛利義嗣|福岡/川浪千鶴
ディック・ブルーナ展 ミッフィー、ブラック・ベア、
そのシンプルな色とかたち
福岡/福岡県立美術館 川浪千鶴
福岡展チラシ
福岡展チラシ
 ディック・ブルーナといえば、今ではミッフィーの名が有名だが、私の世代は「うさこちゃん」と呼んだほうがしっくりくる。福音館から絵本『ちいさなうさこちゃん』が出版されたのが、1964年(講談社からミッフィーシリーズが出版されたのが1981年)。寝る前にブルーナ絵本を読んでもらった経験はさすがにないが、小学校から大学にかけて、ブルーナ・デザイン(グッズ)とはけっこう長いつきあいをした記憶がある。
 おとなになってからは久しくブルーナ・デザインと縁はなかったが、昨年12月から今年の2月にかけて「ディック・ブルーナ」展を福岡県立美術館で開催した際、担当者として「ブルーナ・デザイン」に再会することになった(3月28日まで板橋区立美術館で開催)。
 この展覧会は、子ども向けのキャラクター展ではなく、オランダのデザイナー、ディック・ブルーナの半世紀にわたる創作活動を、年代を追って実にきめ細かく紹介したすぐれたデザイン展(作品数は約1300点)であり、ポピュラーなブルーナ・デザインの一貫したコンセプト、その深さと広がりを発見・再認識させてくれる。子連れのミッフィーファンも、デザイナー志望の学生も、年配の美術マニアも、すべての人をハッピーに満足させるブルーナ・デザインの魅力とは……? 再会を機に、ブルーナ・デザインを見直す機会を得られたことは、私にとってもハッピーだった。

 ブルーナの言葉でいえば、ブラック・ベアシリーズに代表されるブックデザイン、絵本、切手、サインやロゴ、ポスターなど、多岐のわたる仕事のすべてが、社会のために「世の中の役にたつために」あるという。それらに共通する特徴は、幸せ・あたたかさ・安心といった言葉で表現できる。社会に関わる構想法という本来の意味において、彼の仕事はまさに《デザイン》というしかない。
福岡展会場
福岡展会場
福岡展会場
Illustrations Dick Bruna
(c) Mercis bv, 1953-2004
 ブルーナ・デザインの本質について語るには《シンプル》という言葉が最もふさわしい。手書きの線(かたち)と、6色に限定されたオリジナルの色は等価に扱われているが、これは若き日に、マティス、レジェ、モンドリアンらのモダン・アート作品から受けた影響が大きい。特にマティスの切り絵の作品からは、「シンプルでいて、見る人にイマジネーションを働かせるもの」という、自作のコンセプトを会得している。マティスやモンドリアンの版画、リートフェルトの椅子、カルダーのモビール、レジェのタペストリーなどの作品と、その影響の痕跡をほほえましいほどに見せつつも、独自のデザイン世界を提唱するブルーナ・デザインが交互に展示されたコーナーは、本展の見せ所のひとつ。
 「言語を越えて、最小限のグラフィック表現でメッセージを伝える」ことができるブルーナ・デザインは、《ピクトグラム(絵文字)》と分析されている。言葉を重ねれば、かたちや色、そのすべてがすぐれた《視覚言語》であり、ブルーナはそれらを長きにわたって自在に展開させうる独自の文法をもっている。
 本展の秀逸なオリジナルグッズとして、ブルーナ・カラーをバックに、片目とばってんの口だけでミッフィーを表したTシャツや傘があるが、輪郭がなくとも、顔の一部だけでも、色とあわせて、瞬時にミッフィー(ブルーナ・デザイン)と私たちは認知することができるのだ。
 ブルーナのデザイン手法は、認知できるぎりぎりまで削ぎ落とすことにポイントがある。車にせよクマにせよ、一度描くとそれと違ったものを描くのは、反対に非常に難しい。会場には絵本の制作過程が連続写真で紹介されているが、かたちを決める試行錯誤、時間をかけた厳密な線の引きかた、線描をフィルムに焼き付け、その下にブルーナ・カラーのシートを組み合わせる手法、そのどの段階をとっても緻密で、自らの言語と文法を何よりも自らが厳格に管理している様が窺える。
 絵本作品のキャラクター設定やストーリーもきわめてシンプルでわかりやすい。しかし、実はわかりやすいだけでなく、見る人は自分でイメージを膨らませなくてはならない。イマジネーションを刺激するシンプルさ。まさに、イメージの作り手と受け取り手の有効なコミュニケーションが、絵本を通じておこるわけであり、ブルーナ絵本が世界中のどこで出版されても、そのイメージが変わらない所以である。正方形の小さな絵本を手に取ってながめ、読む(読み聞かせる)。このように機能して、はじめてブルーナ作品は成立するといえる。
 「良い絵本の要素は何かというと、イマジネーションの場所をたくさん作ることだと思っているのです」とブルーナ。マティスらへのオマージュともとれる『ミッフィーのたのしいびじゅつかん』(1998年、講談社)という絵本を手にとるたびに、彼の「スペース・フォー・イマジネーション」という言葉が、私の思う美術館の理想像と重なり合って響く。

会期と内容
●ディック・ブルーナ展 ミッフィー、ブラック・ベア、そのシンプルな色とかたち
今後の開催場所と会期:
4月3日(日) 〜5月5日(水) そごう美術館(横浜市)
5月11日(火) 〜6月13日(日)
 新潟県立万代島美術館(新潟市)
6月25日(日) 〜8月31日(日)
 ハウステンボス美術館(佐世保市)
問い合わせ先:
そごう美術館 045-465-5515 http://www.sogo-gogo.com/
新潟県立万代島美術館 025-249-7577 http://www.lalanet.gr.jp/banbi/
ハウステンボス美術館 0956-27-0246 http://www.huistenbosch.co.jp

[かわなみ ちづる]
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