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学芸員レポート
青森/日沼禎子豊田/能勢陽子|大阪/中井康之|山口/阿部一直
「森本絵利展」/「第5回アジア・太平洋現代美術トリエンナーレ」
大阪/国立国際美術館 中井康之
森本絵利《島》
《島》 部分1
《島》 部分2
上より
・森本絵利《森#2》
・同(部分)
・同(部分)
 先月と同様に、4月後半はオーストラリアに出張に出ていた等の理由で、近畿圏の展覧会レポートは、恣意的にならざるをえない状況だった。それでも不在中に開催された個展で最も気になっていたのは「森本絵利展」だった。彼女の作品を最初に観たのは神戸アートヴィレッジセンターで毎年開催されていたアニュアル展である。2003年10月に出品していた時に初めて彼女の作品に出会ったわけであるから、およそ3年半が経過している。森本がそのアニュアル展で発表していたのは、紙を0.5mm以下に細かく裁断し、粉末状にして小さなビンに入れたものと、細かく裁断している行為を撮影した映像によって構成されていた。偏執狂的とも言えるその行為を、森本は幼い頃から習い性のように続けてきた、と語っていた。ただし、その異常な行為が、アートとして他者が認識し、森本自身もその行為をアートとして自覚していたから、そこに存在していたのであろう。何よりもそのことに驚きながらも、森本に、それがアートとして成立するか否か、自己に対して懐疑するような態度の必要性を、最初から説いてきたつもりだった。
 神戸アートヴィレッジセンターでのアニュアル展がオープンした翌日、大阪にきていた水戸芸術館の森司氏に、いま何が面白いかを訊ねられて、その展覧会を紹介したのは言うまでもない。ただし、今だから正直に言うが、森氏が興味を持つであろうと予想したのは他の作家のつもりであった。であるから次の年の1月に森氏がクリテリウムで紹介したのは、正直驚いた。しかしながら、と言うべきか当然ながら、と言うべきか、そのようなタイミングで続けて開催した展示であったので、紙を切る動作を見せるための映像の仕上げや、紙を裁断する音を際だたせるなどのドレスアップはされていたものの、そのような脚色をすればするほど、作家が、この行為をアートとしてどのように判断し、どのように成熟させていくのか、ということがより問われていくようになったのである。
 それから3年が経過した。その驚くべき繊細な所作によって紡ぎ出される立体作品を何回か見せてもらったが、正直な話、彼女のその天性とも言える行為によって何を表現したいのかが見えてこなかったのである。であるから故に、今回は立体作品ではなく、ドローイング作品を発表すると記してあったので、それが何であるのかを、彼女が何を画策(ディセーニョ)したのかを見ることができるかもしれないと何となく感じていたのである。いずれにしても、会期中に訪れることは物理的に無理だった。開催期間が終了し、あきらめていた翌週の月曜の夕刻、再び大阪に来ていた水戸の森氏から携帯が入った。森本さんの展示会場への誘いだった。作品返却の日程に合わせて以前からアポイントメントを取ってあったようだ。そのようにして、待望の森本の新作と対面した。
 結果から言えば、彼女はブレーク・スルーしていた、ようだった。と譲歩的に言うのは、あまり自覚的ではないような態度だったからである。しかしながら、トレーシングペーパーに、筆で(と作家は言っているがとても信じられない微細な作業である)小さな点の集積を描くことによって、ある画像を浮かび上がらせるその手法は、ある一つの効果を生み出していたのである。紙切りにしても、その微細な紙切りによる素材で紙の輪をつなげて立体とする作品にしても、その作業はとても人間業とは思えないという意味で驚異的ではあるのだが、そのことによって何か違った世界観を見せる、というようなものにはなり難いのである。
 新印象派と呼ばれた作家たちは画面上に明度の高い色彩の点を集積するという方法論によって、構築的な画面を取り戻したのであるが、その最大の成功者であるスーラの作品が生み出した効果は、当初の目的を越えて画面上に不思議な世界を顕現させたのである。その技法は象徴主義の作家たちによって表面的に処理されることによって、その技法は忘れ去られていたようにも思うが、森本の新作は、その忘れ去られていた網膜上の錯視効果を甦らせたかのように顕われていたのである。いや、先を急ぎすぎたかもしれない。例えば、今回の《森》と称されたその作品は、写真視覚的な意味でのリアルな対象を再現するものとして描かれたものではないだろう。青と緑と黒の3色を微妙に混色しながらいくつかの基調色を作り上げて、点描が不定形な菱形に集積しながら微妙な凹凸を感じさせるように配列され、《森》というタイトルが与えられることによって、人々が記憶の中に持っている、その曖昧な名詞の指し示す対象として理解されないこともない、という程の了解のされ方をすることによって、見るものは直ぐに、その点描による錯視効果自体に立ち戻るのである。その往還は、森本によって描かれたこの微細な効果自体を楽しむのに、とても相応しいのである。
 そのようなことをその場にいた、作者を交えた四者で愉しんだのである。見逃さずにすんだことを天に感謝した。

会期と内容
●森本絵利展
会期:2007年4月16日(月)〜5月12日(土)
会場:SAI gallery 大阪市中央区北浜2丁目1-16 永和ビル6階
TEL. 06-6222-6881

学芸員レポート
《漢王朝時代の壺を落とす》
《塗られた壺》
《ブーメラン》
上から
・艾未未《漢王朝時代の壺を落とす》
・同《塗られた壺》
・同《ブーメラン》
 冒頭でも述べたように、将来の展覧会のための出張で、4月後半はオーストラリア大陸を横断するように移動していた。目的がはっきりとしていたので、レポートできるようなハンズフリーの行動はあまり取ることはできなかったが、旅程の最終日に、ブリスベーンに立ち寄り、半日ほどクイーンズランド美術館で開催されていた「第5回アジア・太平洋現代美術トリエンナーレ」を駆け足で見学した。館への表敬訪問も兼ねていたのでトリエンナーレ本体を見ることができたのは本当に僅かな時間であったが、あらためて中国の作家の勢いを感じさせた。特に艾未未(アイ・ウェイウェイ)の展開は圧倒的だった。漢王朝時代の壺を破壊した写真や、カラフルな色でペインティングしたりするようなラディカルな作品の対面に、巨大なシャンデリア仕立ての作品《ブーメラン》をインスタレーションするなど、オーストラリアに対するリスペクトもしっかりと行っていた。日本側の作家として全面的な展開をしていたのは小沢剛だったが、そのような中国の作家たちに金と力でねじ伏せられたような雰囲気を抱いた。蛇足になるが、クイーンズランド美術館には各セクション、アボリジニー美術、アジア美術、オーストラリア美術、保存修復、所蔵品管理、教育普及……どのセクションでも、一つのセクションだけを比べても国立国際美術館の総学芸員数(7名)より多かった
 また、当館と大阪市立近代美術館建設準備室、及びサントリーミュージアム[天保山]の3館で自分たちのコレクションによる展覧会を企画し、当館と大阪市では本年1月に開催した。その展覧会「大阪コレクションズ」のサントリーミュージアムでの展示が5月17日より始まった。タイトルは「20世紀の夢 モダン・デザイン再訪」。一言で言えば、19世紀末から20世紀初頭にかけて、モダンデザインが形成される過程を、代表的な家具・ポスターで見せる展覧会である。海外の美術館からの借用による展覧会でも、ここまで揃えるのは困難だろう、と思わせる充実したコレクション展である。先頃、六本木にデザイン・ミュージアムがオープンしたが、大阪市立近代美術館が開館すれば、時代を画した家具などのデザインを多くの人々が楽しめるようになるのだが……。

●第5回アジア・太平洋現代美術トリエンナーレ
会期:2006年12月〜2007年5月
会場:クイーンズランド美術館 Queensland Art Gallery、 クイーンズランド近代美術館 Gallery of Modern Art
Stanley Place, South Bank, Queensland, Australia
●20世紀の夢 モダン・デザイン再訪 大阪コレクションズ
会期:2007年5月17日〜7月1日
会場:サントリーミュージアム[天保山] 
大阪市港区海岸通1-5-10 TEL. 06-6577-0001

[なかい やすゆき]
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