artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
学芸員レポート
札幌/鎌田享福島/伊藤匡東京/南雄介|大阪/中井康之|山口/阿部一直福岡/山口洋三
「もの派―再考」/「City_net Asia 2005」
大阪/国立国際美術館 中井康之
 現在、展覧会の仕込み中で、個々暫く、外に出ていないため、今回レポートは無く、自分の準備している展覧会の紹介です。まず、勤務先の国立国際美術館では「もの派―再考」を10月25日から開催します。この展覧会は一言でいえば、なぜ、「もの派」は誕生したのか、という問いを、展示によって見せようとする試みです。
 展覧会に併せて、美術館の新築移転一周年を記念して、「野生の近代:再考−日本戦後美術史」という連続シンポジウムを11月3日から3日間連続で行ないます。詳細は、当館ホームページをご覧下さい。
 併せて、ソウル市立美術館で10月5日から11月20日まで開催される「City_net Asia 2005」の日本側のコミッショナーをしています。これは2003年から始まった東アジアのキュレーターによる展覧会で、今回はソウル市立美術館、上海多代現代美術館、台北現代美術館、および国立国際美術館の学芸員によって選出されたおよそ40作家によって開催されます。本来ならば、10月の最初には韓国で展示を行なわなければならないのですが、自館の展覧会の準備が優先しますので、作家に行ってもらう予定です。基本的な展示プランは、もちろん決定しています。日本側の参加作家は、片山雅史、前田朋子、大澤辰男、安喜万佐子、国谷隆志、宮永愛子、池田啓子、少年少女科学クラブの7作家1グループです。
 日本側のステートメントを以下に記載します。図録に掲載予定の文章ですが、図録には英韓で載録されますので……。

QUALIA IN EPHEMERA/我々は何か?

「我々は何処から来たのか、我々は何か、我々は何処へ行くのか」

 この言葉は、ゴーガンが晩年、自らの命を絶つことを決意し、遺書代わりに描いた畢生の大作のタイトルであることはよく知られている。自己の存在を問う、とても原則的な命題であり、何か典拠が見出せそうであるが、実際にゴーガン自身が生み出したものであると言われている。我々東アジア人にとっては仏教の基本的な概念である輪廻転生を思い起こさせるようでもあり、あるいは最新の生命科学を先取りしている命題のようにも聞こえてくる。
 もちろん、この言葉はそのどちらでもなく、文学的な才能も兼ね備えたゴーガンが、自ら招いたとも言うべき不運を詩的に表わしたものと思われる。幼少の頃ペルーで暮らし、パリに戻り兵役を経た後にデンマーク女性と結婚し、株仲買人として成功しながら30歳を過ぎてから画家を志し、遂には「工業化した腐りきった西洋」から逃れるという理由で独りタヒチに向かうという、精神的な意味での故郷喪失者(ディアスポラ)によって生み出された言葉なのである。
 ゴーガンが求めていたのは幻想的な南方の楽園であり、彼の行為は個人の意志による自然回帰あるいは原始的な世界への逃避と受け取ることもできるだろう。しかし、実際には「地理上の発見」や「産業革命」といった近代的所産を背景としたものであり、何よりも彼の表現行為は同時代の多くの画家達にさえ受け入れ難かった前衛的な表現であった筈である。であるが故に冒頭の言葉は、一人の人間内部の自我が分裂するに至った近代人におけるアポリアとして一般化することもできるのである。

「我々は何か」という問いは、懐疑的である、という次元を超えて、自己存在の可能性までをも問うているような設問である。その問いが、人間を未踏の領域へと導き、グーテンベルク以来の大きな変革とも言われる情報技術革命を巻き起こし、人工知能の誕生を模索するような状況を生み出すのである。その人工知能の実現の前に大きく立ちはだかるのは「意識」の問題である。「我々は何か」と問う私たちの「意識」が、物質である脳の1000億の神経細胞の中で、どのようなメカニズムによって生み出されているのかという事実を、現代の脳科学は明らかにすることを望んでいる。
 この「意識」とは、自己を問うといった特殊な行為ばかりでなく、それどころか我々が外界のクオリア(質感)を感じる行為すべてにわたるものである。朝、目覚めて感じる、温もりのあるリネンの感触、静まりかえった寝室の空間、窓越しに聞こえる小鳥の声、あるいはコーヒーの香りということもあるかもしれない。何れも言語化される前のあるクオリアとして認識されるものであり、このようなものが総体として把握され、我々の「意識」が創生されると考えられている。
 このような脳科学者たちの探求心は、「我々は何処から来たのか」というまさに来し方を問うものであり、人類共通のルーツ探しとも言うべきものであろう。但し、これら脳科学者たちの研究書をひもといていると、僅かに気になるのは、人類が「意識」を持って言葉を紡いでいくために掛けた膨大な時間への思いが希薄であると感じることである。人類が誕生してから250万年、人類の直接の祖先である現生人類が生まれてからも4万年の時間が流れている。言語がいつ頃発生したかという定説はないようだが、少なくとも数万年は経っているであろう。その膨大な時間の流れこそが、言葉を紡ぎ出したと思うのは、素人の浅薄な感想に過ぎないかもしれないが……。
 私がここで主唱したいのは、言葉が紡がれていった、その長大な時の経過の中で、言葉となる前のクオリアが、経験値として積み重ねられていったであろうということである。言葉とならなかった豊かなクオリアの世界は、創造者たちが表現すべき広大で豊沃な大地として横臥している筈であるからである。そして、今回ここに集った作家たちの作品は、人々が言語という概念的な道具によって忘れ去ってきた豊穣なクオリアを再び思い起こさせ、観る者を夢幻のようなエクスタシーの世界へと誘うのである。

会期と内容
●「もの派−再考」
会期:2005年10月25日(火)―12月18日(日)
会場:国立国際美術館
大阪市北区中之島4-2-55 Tel. 06-6447-46803

●City_net Asia 2005
会期:2005年10月5日〜11月20日
開催場所:ソウル市立美術館
Address : 37 Seosomun-dong, Jung-gu, Seoul 100-813, Korea Tel. 82-2-2124-8801

[なかい やすゆき]
札幌/鎌田享福島/伊藤匡東京/南雄介|大阪/中井康之|山口/阿部一直福岡/山口洋三
ページTOPartscapeTOP
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。