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学芸員レポート
福島/伊藤匡|東京/住友文彦|豊田/能勢陽子福岡/山口洋三
タン・カイシン「島伝いに移動しながら2002―2005」/デスティニー・ディーコン「Colour Blinde」/安海龍(アン・ヘリョン)「沈黙の叫び―日本軍『慰安婦』出身ハルモニの声」
東京/NTTインターコミュニケーション・センター(ICC) 住友文彦 
 他者への想像力を欠いた政治家の意地や、プライベートな問題をめぐる諍いなどが、必要以上に私たちに突きつけられ、かつ当事者たちもまたそのことを意識して行動せざるを得なくなっている。なんとはなしに眼にしているものも含めれば、私たちはおびただしい数の第三者が記録した写真や映像に日々接しているのだが、そのイメージ群はこうした奇妙な共鳴効果をうみだす。そのために、私たちは見ている、というよりも、見せられている、とさえ感じてしまう。
タン・カイシン
タン・カイシン「島伝いに移動しながら2000―005」
 映像や写真などの記録メディアには、もともと別の可能性があったのではないだろうか。シンガポールという小国ながら中国系、マレー系、インド系からなる多民族国家出身で、イギリスの後、日本に滞在しながら、活発な作品制作と発表をしてきたタン・カイシンが帰国前最後の展覧会を行なった。「島伝いに移動しながら2002―2005」と名づけられ、来日中に撮影された大量のドキュメント映像を壁面への上映、及びDVDプレーヤーを使って自由に見ることができた。彼女自身が沖縄や靖国神社、新宿の雑踏などへ赴き、そこで出会った人に声をかけている様子や、レクチャーやパフォーマンスを行なった記録などがある。それらを散漫にながめていくと、声や身振りは滑らかな全体性を持ちえないままに、緩やかに互いを結びつけはじめる。沖縄の米軍隊員に接するときも、『ビッグ・イシュー』を売るホームレスに語りかけるときも、彼女は社会問題の当事者たちとして対象に向かってくことはしない。軽やかな言葉と彼女自身の存在が介入することで、カメラに映される対象を類型化から逃れさせ、淡々と緩やかなリズムを漂わせる。相手を「誰か」としてとらえる瞬間を遅延させていくように。
 何かをただ見るという純粋な出来事はもはや起こりえない。私たちは、政治やメディアによって編み上げられた記憶を対象に投影する。寛容な多民族社会とされるオーストラリアにおいて、先住民族としての立場から見ることの政治性を問い続けているデスティニー・ディーコンの作品をシドニーで見た。日本ではあまりないが、よく海外の高速道路などで見かける淡いオレンジ色の光に満たされた小部屋があり、写真が並べられている。しかし、その光によって、すべてがオレンジか黒になっている。色彩を失ったかのようなイメージの群れ。しかもより深く沈むような黒が印象に刻みこまれる。すると、突然背後から「何を見ている!」という怒声がスピーカーから響き渡り、鑑賞者を巻き込む演劇性が生じるのだ。
 そして再び島へ戻る。新宿のゴールデン街の片隅にあるnaguneの2階、身をかがめなくてはならないほど小さなギャラリーでは、安海龍(アン・ヘリョン)が従軍慰安婦だった人々へインタヴューをしたドキュメント映像からとられたスティル・イメージと彼女たちの言葉が抜き書きされていた。悲痛な、そういう形容詞が上滑りするほどの悲しい体験を語る老女たちの身振りに添えられた言葉は、どこか不揃いで、事実を射るようなものもあれば、ただそこに漂う日常の言葉もあった。作家自身による映像の上映もおこなわれたのだが、そこには見る者を深く沈黙させてしまうほどの重さがなかった。彼は日本語で「こうした問題と若者たちとの間にブリッジをつくりたかった」と話す。出来事が真実であるからといって、それについての見方が固定されると、たやすく形骸化していく。雑多なままで意味に回収されることもない、どこか震えるように焦点を結ばない言葉やイメージがそこにはある。どこで知ったか、はじめて訪れた風情でどやどやとnaguneに押しかけ、巧みに日本語と韓国語が混じった闊達な会話でしばし居座ったおばちゃんたちにとっておそらくそうであるように、言葉やイメージは表徴化へと至らずに、私たちが共有できる記憶へと染みわたるものであってほしい。

会期と会場
●タン・カイシン 「島伝いに移動しながら 2002―2005」
会期:2005年5月9日(月)〜5月21日(土)
会場:ギャラリー・サージ 
東京都千代田区岩本町2-7-13 渡辺ビル1F
Tel. 03-3861-2581
●Destiny Deacon - Colour Blinded
会期:2005年4月28日〜5月21日
会場:Roslyn Oxley9 gallery
8 Soudan Lane(off Hampden Street), Paddington NSW 2021, Sydney, Australia
Tel. +61 2 9331 1919
●安海龍(アン・ヘリョン)「沈黙の叫び―日本軍『慰安婦』出身ハルモニの声」
会期:2005年6月13日(月)〜18日(土)
会場:nagune 
東京都新宿区歌舞伎町1-1-5
Tel. 03-3209-8852

[すみとも ふみひこ]
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