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プライバシーステートメント
学芸員レポート
福島/伊藤匡|東京/住友文彦|豊橋/能勢陽子福岡/山口洋三
「at / @ 小平でのマッピングプロジェクト」/「照屋勇賢─水に浮かぶ島」
東京/東京都現代美術館 住友文彦
 ちょっと前の話で恐縮だが、雑誌『BT』6月号の工芸特集を読みながら、ここ数年工芸への関心が高まっているのはなぜだろうかという疑問が浮かんだ。いろいろな掲載記事を読んでいると、その背景にはおもに、ローカルな文化を見直そうとする伝統回帰や、ジャンル間のせめぎあいの先に領域横断的な可能性を見出そうとする態度などがあるように感じた。しかし、それらの見方には工芸という分野がまず先に認められ、そのうえでその存在意義を模索している点に少々居心地の悪さを感じてしまう。もちろん、この分野を溶解させることよりも、独自の価値を築き上げてきたことに目を向けることの意義は大きい。しかし、美術に関わる人々のなかで工芸へ関心が増している理由として、私が関心をおぼえたのは少し違う点だった。それは、とりわけこの国において美術作品が社会的なものとの接点を失いつつあると感じられているなかで、政治や公共性といったレベルに関わっていくのとは別の方法で、日常生活というもっとミクロな社会性と工芸が深く結びついていると思われている点が重要な気がしている。それは私的レベルへ矮小化された「社会的なもの」ではないか、という批判を呼び起こすかもしれない。しかし、例えば先の『BT』の特集のなかで私にとってもっとも印象に残ったのは、このウェブサイトでもおなじみの暮沢剛己氏がアンドレ・ルロワ=グーランの「技術の記憶」という言葉と工芸を結びつけていた見方である。これは、様々な技術が積み重ねられた工芸の作品に、人類が継承してきた「記憶」を見出すことで、どのようにして人々が自然と向かい合い、道具や表現を通じて世の中との結びつきを作りあげてきたかを知ることを重視する態度と考えられる。それは、眼に見えるものとしてだけではなく、素材の使われ方、標準寸法や特殊な保存方法、あるいは工法のなかにより顕著に現われるのかもしれない。
 このような見方は、工芸という分野をもっと幅広い社会史的な文脈においてとらえることを可能にしないだろうか。あえて、こうした見方をとることで、実はやや飛躍があるようにも思えるかもしれないが、メディア・アートと呼ばれるテクノロジーを使った表現とも同じ地平において眺められることも可能になる気がする。メディア・アートでは、新しいメディアの登場によって世界が違った方法で知覚されることに気づいたり、あえてメディアの働き、機能を顕わにさせたりすることが、やはり同じように、私たち自身とそれを取り巻く環境との結びつき方を感じさせる特徴がとくに重要視されるからである。そして、一見技術オタクによって作られたように見える作品が、見慣れたメディアを通して見えていた世界を一変させてしまうことで、逆に強く社会性を感じさせることがしばしばある。
 つまり、「技術の記憶」と呼ぶときに技術に偏った見方でとらえるのではなく、それが記憶として継承されていくことに力点を置くことで、私たちが生きている社会との結びつきが浮かび上がってくる。
笹口数《手のひらの街》
笹口数《手のひらの街》2006、インスタレーション
 最近見た展覧会では、笹口数が「小平でのマッピングプロジェクト」で発表した《手のひらの街》にも同様のことを感じる。地図を見ながら街の道筋や川や線路を、手のひらの皺に重ね合わせるようにして書き込む作品だが、本来用途も別々のものが類似の力によって重ね合わせられ、身体と土地の結びつきを想起させられる。一点だけだとわかりづらいかもしれないが、この作家が過去の作品でも取り上げてきた地図という標準化された世界の計測技術を、身体という個別性が強く出る場所に刻み込む行為が、私たちが継承し、依拠しているものを顕在化させている。
照屋勇賢《空の上でダイヤモンドとともに》1
照屋勇賢《空の上でダイヤモンドとともに》2
照屋勇賢《空の上でダイヤモンドとともに》3
照屋勇賢《空の上でダイヤモンドとともに》、2006
素材:自転車、オオゴマダラ
協力:琉宮城蝶々園
撮影:上野則宏
 あるいは、アサヒ・アート・フェスティバル2006で「水に浮かぶ島」という展覧会を行なっている照屋勇賢も、私たちが世界と向かい合う際にその枠組みを支えているシステムに敏感な感性を持っている作家である。過去に発表された作品や今回彼に与えられた「ビール」という課題をもとに作られた作品も展示されたなかで眼を惹くのは、《空の上でダイヤモンドとともに》という作品である。これは、ギャラリーの目の前にある道路が駐輪禁止であるにもかかわらず堂々と自転車が放置されていく姿をみて、アイディアが浮かび上がった作品だと作家は述べている。ある定められたルールに対して、人々が能動的にそれを犯す習慣を積み重ねていく事態を彼は目撃したわけである。照屋は放置自転車を数台ギャラリーに持ち込み、オオゴマダラという蝶の黄金色の美しいさなぎを付着させた。それらをビニールハウスのなかに置くことで、蝶は孵化し飛び回っているが、さなぎの殻はそのまま自転車に付いたままである。不要なもの、あるいはルール違反の対象である放置自転車が有機的で美しい生物と一体化してしまうことで、それらを分け隔ててきた価値を転倒させている。
 誤解のないように念のため記しておくが、笹口や照屋は確かに手の込んだ制作を試みる作家であるが、私は彼らを「工芸」的だとみなしているわけではない。そこで問われる「工芸的なるもの」とは何なのか、などむしろどうでもいい気がしている。照屋のよく知られた買い物袋や着物の作品は、細かく丁寧な技術によって実現した作品であることに間違いないが、たとえ私たちがそこに惹きつけられたとしても、それが作られている素材や眼にする紋様によってすぐに社会と私たちとの結びつきに意識が向かうに違いない。手が込んでいるとか、技術がすばらしいと感じるときにも、その背後には不確実な世界で起きていることを知ろうとする想像力を感じ、それが記憶として受け継がれているものを私たちは科学や芸術と呼んでいるのだろう。工芸が現代の社会において放つ魅力を「技術の記憶」とみなすことは、ジャンルのくびきから自由になり、いろいろな表現の手法と共鳴し合うようにとらえなされていく道を切り拓くのではないだろうか。

会期と内容
●照屋勇賢──水に浮かぶ島
会期:2006年6月17日(土) 〜7月18日(火)
会場:すみだリバーサイドホール・ギャラリー
東京都墨田区吾妻橋1-23-20 墨田区役所1階
TEL. 03-5608-6430

●at / @ 小平でのマッピングプロジェクト
会期:2006年5月13日(土)〜7月22日(土)
会場:白矢アートスペース
東京都小平市美園町1-4-12
問い合わせ:アーツイニシアティヴトウキョウ [AIT / エイト]
TEL. 03-5489-7277

[すみとも ふみひこ]
福島/伊藤匡|東京/住友文彦|豊橋/能勢陽子福岡/山口洋三
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