2019年06月01日号
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『モードの迷宮』鷲田清一

“Modo no Meikyu”, Kiyokazu Washida

1989年に刊行された哲学者の鷲田清一によるファッション論。87年7月から88年11月までファッション雑誌『マリ・クレール』において連載されたエッセイをまとめたものである。鷲田以前は、ヴァルター・ベンヤミンやゲオルク・ジンメル、ロラン・バルトなどの少数の例外を除いて、思想家がファッションについて論じることは稀であった。さらに言えば、その多くは流行や記号としての衣服についてであって、「衣服」そのものの問題を正面から取り上げた者はほとんどいなかったと言える。それゆえ、少なくとも日本においては、鷲田がいなければ今なおファッションがアカデミックな研究領域として認められることがなかったかもしれない。本書における重要な論点は次の二つである。まず、マーシャル・マクルーハンに代表される、「第二の皮膚としての衣服」という見方を転倒し、身体を第一の衣服だと見る考え。つまり、私たちは自分の身体の全体像を直接目にすることはできず、身体を像として統合する必要があり──ここで想定されているのはジャック・ラカンの鏡像段階論であろう──、このイメージされた身体こそが第一の衣服なのである。もうひとつ重要な論点は、セイモア・フィッシャーなどに依拠しながら語られる、衣服は熱いシャワーなどと同様に境界画定の効果を持つという見解である。もちろん、この二つに鷲田の衣服論を集約できるわけではなく、それ以外にも示唆的な理論が散りばめられており、ファッションを考える上で必読書であることは間違いない。

著者: 蘆田裕史

参考文献

  • 『モードの迷宮』, 鷲田清一, ちくま学芸文庫, 1996

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