2019年12月01日号
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『季刊フィルム』

Film

1968年10月にフィルムアート社から発刊された季刊映画雑誌。編集委員は草月アートセンターの奈良義巳によって組織され、粟津潔、飯村隆彦、武満徹、勅使河原宏、中原祐介、松本俊夫、山田宏一の7名が名を連ねた(7号で山田が、11号で飯村が脱退。11号から石崎浩一郎と今野勉が加わる)。本誌と関わりが深く、同時期に活動していた草月アートセンターは、60年代前衛芸術運動の中心地であり、既存の芸術・文化的制度を解体してジャンルを越境させる活動を行なっており、映画においても海外の新しい運動を積極的に紹介していた。このような活動とは、接ぎ木的な海外文化の輸入などではなく、50年代末から60年代にかけての記録映画作家協会の分裂と映像芸術の会の結成や、日大映研/VAN映画科学研究所、フィルム・アンデパンダンといった総体的な映画運動のなかで準備されたものであった。その成果のひとつが「草月実験映画祭」(1967)の開催である。この映画祭は、実験映画の作り手を拡げる契機となり、公募形式で年1回開催される映画祭である「フィルム・アート・フェスティバル68」(1968)へと発展した。また映画祭にあわせて、『季刊フィルム』を刊行する目的で、フィルムアート社が設立された。このように「フィルム・アート・フェスティバル」の開催と雑誌の発刊は、国内における新しい映画運動が、作り手と受け手の層を拡げる新たな段階に入ったことを象徴するものであった。各号の特集は、実験映画、エクスパンデッド・シネマ、アヴァンギャルド映画、ヌーヴェル・ヴァーグ、独立プロダクション系の日本映画、アニメーション、非欧米の映画(例えばブラジルのグラウベル・ローシャ)など。さらには社会的メディアとしてのヴィデオ・アートやTVメディア論にも言及しており、その射程はきわめて広範なものであった。また、海外の論文や動向を積極的に紹介する役割も果たしていた。72年12月発行の13号をもって休刊。臨時増刊号を含めて14冊を刊行した。フィルムアート社はその後も存続し、後継誌として『芸術倶楽部』(1973-74)が発刊された。

著者: 阪本裕文

参考文献

  • 『「フィルム」スペシャル'89』, フィルムアート社, 1989
  • 『「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡』, フィルムアート社, 2009

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