2019年06月15日号
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オルタナティヴ・スペース

Alternative Space

美術館でも画廊でも文化センターでもない、それらから相対的に自立したアートスペース。元来は欧米のアートシーンに由来するが、日本では1980年代から徐々に設立されはじめた。一口に「オルタナティヴ」といっても、その運営形態や空間の規模はさまざまで、スタジオやレジデンスの機能を備えた公設民営の施設から、アーティスト自身が細々と運営する「アーティスト・ラン・スペース」まで、非常に幅広い。とはいえ、ほとんどの場合、既存の倉庫やビル、飲食店、日本家屋、学校などをリノベーションしたうえで再利用している点は共通している。カフェやバーを併設して、普段から一般客に開放しているところも多い。そのため、ほとんどのオルタナティヴ・スペースは美術作品の展示だけでなく、ダンスや演劇の公演、映画の上映、詩の朗読、音楽イヴェントや実験的パフォーマンスの開催など、多ジャンルの表現活動に対応できる。既存の美術館や画廊などと比べると、自由で柔軟な表現が可能であるがゆえに、オルタナティヴ・スペースは実験的で先鋭的な表現の母胎となってきた。東京の「Live Space plan B」(1982-)や「佐賀町エキジビット・スペース」(1983-2000)、神戸の「神戸アートビレッジセンター」(1996-)、「C.A.P」(1999-)、横浜の「BankART1929」(2003-)などが代表的だが、とりわけ特筆すべきは「アスベスト館」(1952-2003)と「新宿ホワイトハウス」(1960)である。なぜなら、双方はいずれもオルタナティヴ・スペースとして運営されていたわけではないにせよ、前者が舞踏発祥の場であり、後者がネオ・ダダイズム・オルガナイザーズの拠点だったことを考えれば、「オルタナティヴ・スペース」という言葉が定着する以前から、それと同じように新しい表現を育む機能を果たしていたと言えるからだ。さらに、オルタナティヴ・スペースの大きな特徴として、かつての「新宿ホワイトハウス」から、たとえば現在活発に活動している北九州・小倉の「Gallery SOAP」(1997-)や東京・吉祥寺の「Art Center Ongoing」(2008-)まで一貫しているように、そこがアーティストたちにとってのある種の「たまり場」になっていることが挙げられる。

著者: 福住廉

参考文献

  • 『アートイニシアティブ リレーする構造』, BankART1929編, BankART1929, 2009
  • 『宮城教育大学紀要』, 「アメリカの非営利芸術機関と地域社会 4つのオールタナティヴ・スペースの事例レポート」, 新田秀樹, 宮城教育大学, 2000
  • 『オルタナティヴス アジアのアートスペース』, 古市保子責任編集, 国際交流基金アジアセンター, 2001
  • 『オルタナティヴス アジアのアートスペースガイド2005』, 古市保子責任編集, 淡交社, 2004

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