2019年06月15日号
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タブラ・ラサ

Tabula rasa

ラテン語で「何も刻まれていない石板」「白紙」の意。経験主義の立場をとるジョン・ロックによって提起された。『人間悟性論』(1689)においてロックは、デカルトによる生得観念の存在を否定し、生まれたばかりの人間の心は白紙の状態であり、外的な感覚と内的な反省という経験によって、あらゆる観念が獲得されると主張した。観念が複合的かつ後天的に獲得されるこのような経験論は、ヒュームの懐疑論やカントによる批判哲学といった近代認識論へと接続されていくこととなる。なお、「タブラ・ラサ」という語について、『人間悟性論』では「white paper」という間接的な表現が用いられていたが、ロックが1664年にラテン語で執筆した『自然法論』(未完)において、すでにその使用が認められている。この白紙還元的な作用の芸術への応用は、既存の芸術観を否定したマルセル・デュシャンのレディメイドや、1910年代中頃に世界的規模で拡大したダダイズム、また50年代頃のダダイズムの復興であるネオダダ、日本においては60年代に展開した前衛的な「反芸術」に認められる。ウィレム・デ・クーニングのドローイングを消した作品であるロバート・ラウシェンバーグによる《消去されたデ・クーニングのドローイング》(1953)や、ハイレッド・センターが64年に銀座の並木通りで実施した「首都圏清掃整理促進運動」はその好例と言える。ただし、それら白紙還元としての前衛的な芸術運動は、制度批判や既成概念の破壊を目的とした制作行為であったがゆえに、作品経験においてはむしろ重層的な時間や空間が生起していることは、見逃してはならないだろう。なお、タブラ・ラサの美学的接近として、ジョルジョ・アガンベンの仕事が挙げられる。アガンベンは、アリストテレスの『霊魂論』にある「書板(grammateion)」までタブラ・ラサの起源を遡り、そこから「潜勢力」という概念を導出する。この潜勢力は文学や音楽などさまざまな芸術に援用され、例えばハーマン・メルヴィルの短編小説「バートルビー」(1856)に登場した、書生バートルビーが語る「しないほうがいいのですが」という言葉から精緻に分析された現勢力/潜勢力の関係性は、制作行為や作品に関する重要な問題を提示している。

著者: 森啓輔

参考文献

  • 『人間悟性論 上・下』, , ジョン・ロック(加藤卯一郎訳), 岩波文庫, 1940
  • 『バートルビー 偶然性について』, , ジョルジョ・アガンベン(高桑和巳訳), 月曜社, 2005

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