2019年12月01日号
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ノヴェチェント

Novecento(伊)

1920年代にイタリアのミラノで興った芸術運動。「ノヴェチェント(Novecento)」とは、イタリア語で1900年代のこと。活動の狙いはイタリア美術の偉大な伝統、とりわけ古代ローマからルネサンスにかけての古典美術を現代に復興し、ファシズムの愛国主義に寄与させることにあった。運動の立て役者となったのは美術評論家のM・サルファッティ。ファシスト党の機関誌『イル・ポポロ・ディタリア』の文化・芸術欄の担当記者であり、B・ムッソリーニの腹心にして愛人といわれる人物である。22年、ローマ進軍によるファシズム政権の樹立と足並みを揃え、サルファッティはM・シローニ、A・フーニ、U・オッピら7人の画家たちに呼びかけてグループを結成。翌年にミラノのペーザロ画廊でグループ展を組織し、24年のヴェネツィア・ビエンナーレではオッピを除いた6人の画家たちのグループ展を特別陳列室で行なった。さらに26年、実行委員会を組んで体制を整え、「第1回ノヴェチェント・イタリアーノ」展を官費で開催。総勢114名もの芸術家が出品し、ノヴェチェントの旗揚げを告げる一大文化イヴェントとなる。しかし、この展覧会には未来派、形而上絵画、抽象主義などあまりに多様な出自の者が参加したため、統一的な様式の不在、一概に古典主義では括れないグループの輪郭の曖昧さが露呈し、そのまとまりのなさが批判を受けることになった。一方、同展の開会式でムッソリーニは「政治が芸術であることは疑いえない」と演説をふるい、政治と芸術の連帯を強調した。続けてペルージャの大学でファシズム芸術の必要を説く講演を行なったことから、「ファシズムとは何か」をめぐる議論がイタリア美術界を席巻するようになる。20年代後半からノヴェチェントの展覧会はハンブルク、アムステルダム、ブエノスアイレスなどイタリア国外でも開催されたが、30年代になると、当初はナチス・ドイツのようにモダンアートを排斥しなかったムッソリーニが次第にヒトラーに接近し、反モダンアートの姿勢へと転じる。この頃からサルファッティとムッソリーニの関係性も弱まり、ノヴェチェントは運動としての力を失っていった。

著者: 中島水緒

参考文献

  • 『イタリア・ファシズムの芸術政治』, , 鯖江秀樹, 水声社, 2011
  • 『ファシズムと文化』, , 田之倉稔, 山川出版社, 2004
  • 『ファシストを演じた人びと』, , 田之倉稔, 青土社, 1990

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