2019年09月15日号
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反芸術

Anti-Art

広義には20世紀前半に美術の伝統的価値の破壊を試みたダダの精神および方法を多かれ少なかれ継承し、1950年代半ばから60年代半ばにかけて各地で起きた美術の動向を指す。アメリカ合衆国のネオダダ、フランスのヌーヴォー・レアリスムに代表され、日用品、印刷物、がらくた、廃物を用いた制作など、既存の美術表現から逸脱しつつも非芸術ではない新たな芸術の創出が試みられた。日本においては、九州派、ゼロ次元、ネオ・ダダイズム・オルガナイザー、ハイレッド・センターなどが挙げられるが、彼/彼女らの多くにとっての活躍の場であった「読売アンデパンダン」展をきっかけとして「反芸術」という言葉が一般化した。具体的には、60年に開催された第12回の同展に対する批評のなかで東野芳明が工藤哲巳の作品を「ガラクタの反芸術」と名付けたことによる。そこで東野は「絵画とか彫刻の概念からすれば異質な素材をもってくることが、一種のヒステリックな反抗だったり、新しいものへの便乗だったりする意識が非常にあったわけだが、そのなかでやはりそれが自然的に、無理なく出てくる作家、たとえばいまの2、3人(工藤、篠原有司男、荒川修作)の中に出ているような気がするのだ」と反芸術を説明した。しかし、東野の意図を離れて、「反芸術=ヒステリックな反抗」といった負の意味で流布した側面もある。反芸術の展覧会という様相を呈していた「読売アンデパンダン」展も、63年には不快音、悪臭、腐敗をもたらす作品の禁止や展示方法の制限など規定を設け、翌64年には開催が中止された。同年には公開討論会「反芸術、是か非か」の開催や東野と宮川淳との間で「反芸術論争」も起きたが、それをもって「反芸術」の終焉と見なす向きもある。その解釈に基づき、磯崎新は97年に「日本の夏1960-64 こうなったらやけくそだ!」(水戸芸術館)を企画監修した際、「反芸術」の時代を1960年からの5年に定めた。

著者: 長チノリ

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