2019年06月15日号
次回7月1日更新予定

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自主制作アニメーション

Independent Animation

興行利益を第一義的な目的としておらず、個人ベースで自主的に作られるアニメーション。アニメーションは1890年代に発明されて以降、興行目的で製作される一方で、それ以外の目的でも盛んに作られてきた。自主制作アニメーションの場合、初期のものはその実践が記録として残っていない部分もあるが、ロシアのバレエ教師であったアレクサンドル・シリャーエフが1900年代に制作していた人形アニメーションは、現存するその最初期の例のひとつとして考えることができる。日本では、戦前、アマチュア映画の文脈のなかでアニメーション作品も作られており、ドイツの前衛映画などに影響を受け抽象アニメーションを制作した荻野茂二が代表的な存在として挙げられる。大藤信郎もアマチュア映画の文脈で主導的な役割を果たした。戦後日本の自主制作アニメーションは、60年代の「アニメーション三人の会」が先鞭をつけた流れのうえにある。つまり、50年代以降、大規模スタジオで分業によって作られる商業アニメーションが確固たる地位を築くなかで、自主的に制作された作品群である。70年代には、岡本忠成と川本喜八郎が「川本+岡本パペット・アニメーショウ」を行なった。自主制作アニメーションが盛んになる条件のひとつとして、安価な制作方法が広まることが挙げられる。80年代は、美術大学の学生を中心とした「アニメーション80」などの自主制作グループが多く生まれたが、そこでは70年代より普及していた8ミリカメラが大きな役割を果たした。90年代以降はパーソナル・コンピュータの高性能化によって一気に制作者の幅が広がり、特に2000年代はNHKのコンペティション番組「デジタルスタジアム」や美術大学でのアニメーション学科の新設といった要因が重なり、作品・作家の数は一挙に増えることになる。2000年代以降は商業分野へのステップとして自主制作作品を作る層も加わり、YouTubeやニコニコ動画など作品受容の場と観客層も多様化することで、自主制作作品は歴史的に見て最大の盛り上がりを見せているといえる。

著者: 土居伸彰

参考文献

  • 『多摩美術大学紀要』第23号, 「戦前のアート・アニメーション アマチュア映画作家のアニメーションをめぐる状況について」, 西村智弘, 多摩美術大学, 2009

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