2019年08月01日号
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超口語演劇

Hyper-Colloquial Theater Theory

チェルフィッチュを主宰する岡田利規が自らの演劇を指すのに用いた表現。岡田は平田オリザの現代口語演劇を意識しつつ、平田とは異なり口語特有の「過剰」な性格に注目した。1990年代以降、「静かな演劇」と称される劇が日常性を持ち込むことで過剰な身体性を失う一方で、身体の過剰さを備えたにぎやかな演劇もまた、見る者にとってリアリティを欠いてしまっている。そうした状況のなか、岡田は日常こそが過剰であるという理解のもとで、たんに日常性の提示でも演劇的過剰さの提示でもない演劇を構想した。超口語演劇においては「ていうか」などの若者言葉や反復の多い整理されぬままの会話が積極的に用いられる。そうすることで、岡田は、言葉のリアリティを確保するだけではなく、そうした言葉をしゃべることで引き出されてくる、無意識状態の身体のノイジーで無駄な動き、すなわち日常の身体がもつ過剰性を舞台に導入した。岡田の視点は、戯曲のみならず演技の面で演劇を再考するものであり、しかも過剰に見える演技の様式性から距離を取ることによって、既存の演劇にはない身体性が舞台に現われることになった。こうした身体性へ向けたアプローチが、チェルフィッチュの演劇をダンスという文脈からも捉えられうるものにしている。

著者: 木村覚

参考文献

  • 『ユリイカ』7月号, 「演劇/演技の、ズレている/ズレてない、について」, 岡田利規, 青土社, 2005

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