セルフ・アンド・アザー

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山口大学では、普通講義と特殊講義の区別があります。

講義の最初にアンケートをとると、「私は美術に詳しくないのですが大丈夫でしょうか」という相談をよくもらいます。
そこで、普通講義は入門的な内容にし、専門的な内容は特殊講義で話すようにしています。前回紹介した概論が、普通講義です。特殊講義では、前期に国際美術展について、後期では国内で開催される展覧会について、内容紹介や、企画趣旨、背景の解説などを行っています。

美術展を講義で紹介するねらいは、学生の足を作品のもとへ向けることです。
教室では、作品の画像をプロジェクターで投影することしかできません。それで理解したつもりになって欲しくないので、なるべく開催中の展覧会を紹介して、レポートを課し、実際に展覧会へ出掛けてもらうようにしています。また、学芸員資格の取得を目指す学生にとっては、学芸員の企画業務について実例に即した学習になる、と考えています。

すでに終了した展覧会の中にも取り上げたい企画があったりするので、必ずしも開催中の展覧会だけで構成するわけではない反面、今期紹介した展覧会の中では「アジアとヨーロッパの肖像」のように、講義での紹介と展覧会の会期が、とてもうまくかみ合った例もあります。同展は、講義で紹介した11月4日時点で、まだ大阪での会期を残していましたし、年末年始にかけては隣県の福岡へと巡回し、現在、神奈川で開催されています。大阪、福岡で見たという学生も、春休みに東京へ出るついでに見るという学生もいました。

「アジアとヨーロッパの肖像」は、2008年9月に国立民族学博物館国立国際美術館の2館で開幕しました。福岡では福岡アジア美術館の1会場でしたが、神奈川では再び、神奈川県立近代美術館神奈川県立歴史博物館の2会場で開催されています(3月29日まで)。

美術館、博物館で同時開催することに込められた主催者たちのメッセージの一端は、「『美術作品』『歴史資料』『民俗資料』の境界を取り払うこと」という言葉に集約されていたように思います(同展図録、206頁)。

ニューヨーク近代美術館で1984年に開催された「20世紀美術における"プリミティヴィズム"」展や、ポンピドゥー・センターで1989年に開催された「大地の魔術師たち」展に連なる問題意識だと思われます。非欧米圏で生み出された諸物を歴史資料や民俗資料と位置づけてきた欧米中心の「美術」観に対する問い直しです。「アジアとヨーロッパの肖像」の企画代表をされている国立民族学博物館教授の吉田憲司さんは、『20世紀美術におけるプリミティヴィズム』(淡交社)の監訳者でもあります。

私は、昨年10月、国立国際美術館で同展を見ました。関西空港から山口へ帰る途中だったので、国立民族学博物館まで足を伸ばせなかったのが大変心残りです。
というのも、同展は巡回展とはいっても「各会場で展示される作品や資料はそれぞれに異なったものとなる」(8頁)特殊な形式の展覧会で、ざっと数えてみたところ、民博のみで展示される作品が69点、国立国際のみの作品が78点、以下、福岡26点、神奈川県美39点、同県博37点と、その館でしか見られない作品が随分あったからです。他方、地域単位では大阪、福岡、神奈川の各地を巡回する作品は110点あり、単館出品の作品数を遙かに凌いではいるのですが。

このように巡回先で展示内容が変わる形式について、私はウィーンの分離派館から世界巡回した「移動する都市」展(1997-99年)を思い出します。ハンス=ウルリッヒ・オブリストとホウ・ハンルの企画で「成長し続ける展覧会」として話題になりました。

「アジアとヨーロッパの肖像」もまた、日本を皮切りに、マレーシア、シンガポール、フィリピン、スウェーデン、イギリスへと世界巡回するようです。成長の様子がウェブ等で公開される日が楽しみです。

20090210blog.jpg山口大学人文学部研究棟(左)と講義棟(正面)2009年2月10日10時34分(晴れ)

ブロガー

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