ドローイングとアジア

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今週末に韓国でセミナーをすることになったので、その発表原稿を準備しています。昨年、東京と京都で開催された「エモーショナル・ドローイング」展(主催=東京国立近代美術館・京都国立近代美術館・国際交流基金)が現在巡回しているソウルのSOMA美術館で、1960年代以降のドローイングについて話す予定です(ハングルですが詳細はこちら)。

ドローイングとは、実に多義的なメディアです。ドローイングは、線を引くという美術の最も基本的な行為でありながら、絵画や彫刻の下絵や習作として補助的な役割を担わされてきました。また、フランスのアカデミーで、感覚を連想させる色彩を重視したルーベンス派に対して、プッサン派が知性と結びつく線描を重視したように、ドローイングは知性と結びつけられてきました。その一方で、今回の「エモーショナル・ドローイング」展にあるように、情動を誘発する媒体ともみなされています。現在のドローイングは、こうした多義的な特徴を受け継ぎつつ、おそらく1960年代に大きく変貌を遂げたのではないか――そうした考えのもとに、今回の講演では1960年代以降のドローイングについて話してこようと思っています。

講演で時間があれば少し触れたいと思っているのが「ドローイングとアジア」というテーマです。他ならぬ「エモーショナル・ドローイング」展は、アジアや中東の作家の作品を集めた展覧会でしたし、関連シンポジウムで、信州大学の金井直さんが西洋とアジアでの石膏デッサンの展開について発表なさったとも聞きました。

日本の絵画史では、色彩を重視した琳派を除いて、概ね線描が重視されてきました。障屏画でも絵巻物でも、ものの輪郭線は丹念に描かれています。それは、絵を描くことがものの輪郭を描くことを意味したからだと言えます。しかし、明治以降に本格的に入ってきた西洋の画法は、ものの形(プロポーション)に加えて、陰影の調子による立体感の表現を重視しており、それまでの日本の絵画と大きく異なるものでした。そうした西洋の画法が普及する中で、菱田春草や横山大観らが試みたのが、輪郭線によらずに面で描く「朦朧体」でした。それは日本画の近代化運動であり、アジア的な線描表現からの脱却を目指していたと言えるでしょう。

今日の日本におけるデッサン教育は、こうした西洋化・近代化の帰結です。現在では見直しも進んでいますが、入試の科目に石膏デッサンが入っている大学は依然として多くあります。ある美術大学の先生から聞いた話では、日本の大学院でデッサンをさせると、日本の学生が職人のように上手に立体感のあるデッサンを描くのに対して、ヨーロッパの留学生はジャン・コクトーのような輪郭線だけの線描画を描くことがあるそうです。ドローイングをめぐるこうした逆転現象はとても興味深いものです。受容史という意味では、ドローイングとデッサンという言葉の差異も考える必要があるように思います。

今回はどこまで話せるか分かりませんが、ドローイングのもつ歴史的・地政学的な多様性について、これを機会に考えていきたいと思っています。

ブロガー

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