橋本かの子展「Crossing Traces」を開催したします。

○作家コメント
Crossing Traces は、heiterと– fallという二つのシリーズから構成されています。

heiterシリーズは、地球上のごく薄い層の上で育まれてきた生命、そして人間の存在を、宇宙的スケールで捉えた作品群です。各作品の画面サイズは、地上に直立する一人の人物が占有する面積――すなわち、その人物が地表に落とす影の面積――を算出することで決定されています。測定可能な数値として導き出された面積のキャンバスには、晴れた日の地表から垂直に立ち上がり、大気圏を越えて無限へと広がる空間が描かれています。
ドイツ語の heiter は「晴れた」「晴朗な」を意味する語です。淡い青は、生命を育み保護する地表の薄い層が澄み渡った空として知覚される色でもあります。heiterシリーズでは、単色の青で可視化された垂直に延びる無限の空間が、地球上に生きる一人ひとりの存在を示すと同時に、広大な宇宙的システムの中に位置づけられた人間存在の有限性と脆弱性を指し示しています。

一方、– fallシリーズは、雨や雪、雹、霰といった水が降る一瞬を捉え、その痕跡を日時や場所の記録とともに収集した作品群です。水は、ごく短い時間だけ小さな紙の表面にとどまり、やがて蒸発して消えていきます。その刹那の滞在が、かすかな痕跡として紙の上に残されます。
ドイツ語 fallen は、物理的な「落下」の意味に加え、事象が「起こる」「生じる」といった意味も含みます。そこには、主体の意図を超えて生起する出来事性、偶発性、そして制御不能なプロセスが内包されています。雨や雪、雹、霰として降下する水は、重力に従って「落ちる」存在であると同時に、気象条件や時間、場所が交差する一点においてのみ可視化される出来事です。– fallシリーズでは、水がごく短い間だけ紙に存在し、すぐに蒸発するその瞬間が収集されています。そのときに残るかすかな痕跡は、水そのものではなく、出来事の残り――すなわち「そこに何かがあった」という事実を示しています。

本シリーズは、時と場を循環しつづける水の振る舞いを、極めて微細なスケールで可視化する試みです。鑑賞者は、明確な形として捉えにくい時間と物質の交差を体験し、時空に思いを巡らせながら、自然との関係性をあらためて認識することになります。

heiterが測定可能な数値によって人間存在を空間的に位置づけるのに対し、– fallは測定不能な瞬間を、痕跡としてのみ提示します。前者が「占有する空間」を扱うのに対し、後者が示すのは「通過する時間」です。上昇と落下、測定と偶発、存在と不在――両シリーズは対照的な運動をもち、スケールやアプローチは異なるものの、「測定」「痕跡」「不可視なものへのまなざし」という共通の軸を有しています。人間が占有する空間と、水が一時残す痕跡――そのいずれもが、時間、物質、知覚が交差する地点において立ち現れます。明確な物語や象徴を提示するのではなく、見えにくい瞬間や関係性に注意を向けることで、本展は、私たちが世界の中でどのように存在しているのかを問いかけています。