【主催者コメント】
「Gallery 舞台裏」では、谷原菜摘子による個展「晩餐」を開催いたします。

谷原は、2021年に京都市立芸術大学美術研究科博士課程を修了し、現在は関西を拠点に活動しています。その作品は「自身の負の記憶と人間の闇を混淆した美」を描き出すものであり、赤や黒のベルベットを支持体に、スパンコールやグリッター、金属粉などを用いて幻想的な物語を描き出す表現で知られています。近年では京都市京セラ美術館、国立国際美術館、兵庫県立美術館、大原美術館、大阪中之島美術館、徳島県立近代美術館など複数の美術館に作品が収蔵されるなど、活躍の幅を広げています。

谷原は、「晩餐」の場面を舞台に、本展のため新作群を描き下ろしました。展示空間には、鮮やかな色彩に彩られた豪勢な食卓の場面が広がっています。溢れんばかりの美食と美酒、生の享楽を謳歌する人々。しかし、この宴は、決してすべての人にもたらされる永遠の祝福ではありません。煌びやかな世界の背後にある現実の世界は不均衡に支配され、濁流が私たちのすぐ足元に迫っています。たとえ戦禍の現実がすぐ側に迫っていても、同じ食卓につく誰かが闇へと沈んでいっても、無関心な宴の参加者たちは惨状に気がつくことはありません。谷原が作品を通じて問いかけるのは、今この瞬間を生きる一瞬の悦楽と、眼前の惨状を受け入れることのできない冷徹な人間の倫理なのです。

観客であるあなたも、無関係の傍観者ではいられません。世界が闇に沈んでしまう前に、この甘美な晩餐会をお楽しみください。

【アーティストコメント】

晩餐へのご招待
谷原菜摘子

自分に崩壊が迫っていても、濁流に飲み込まれそうになっていても、人はその危機に気が付かないのではないだろうか。あるいは気が付いていたとしても、目を背け、「まだ大丈夫」と思い込んでしまうのではないだろうか。

遠くの国で戦争が起こり、多くの命が失われていても、それは私たちの日常からは遠い出来事のように感じられる。しかし、その影響は物価の高騰や社会の変化となって静かに生活へ入り込み、気付かぬうちに私たち自身を侵食していく。それでも、人は崩壊が目前に迫るまで、それを自分自身の問題として受け止めることができない。

世界は、一つの食卓のようだ。

そこには色とりどりの料理が並び、人々は語らい、笑い、酒を酌み交わす。しかし、席の位置や力関係、他者への遠慮や見栄によって、誰もが等しくその恵みを享受できるわけではない。目の前に料理があっても、全ての招待客に等しくカトラリーが与えられるわけではない。私たちは目の前の皿だけでなく、周囲の視線や空気にも支配される。正しいと思いながら手を差し出せないこともあれば、皆が向かう方向へと自ら歩んでしまうこともある。

そして、食卓の一番端に座る誰かが闇へ沈んでも、遠く離れた席の者は会話を続け、料理を味わい続ける。自分には関係ないと信じているからだ。しかし闇は静かに食卓を覆い、一人、また一人と飲み込んでいく。ようやく自分の足元が崩れ始めたときには、もはや逃れる術はない。

だから、この作品も一つの「最後の晩餐」なのだ。

彼も、彼女も、豪華な料理も、燭台も、カトラリーさえも、やがて闇へと落ち、二度と同じ晩餐は訪れない。

だからこそ、その日が来るまで、人は食べ、語らい、愛し、美しいものを求め、祝宴を開くのだろう。

落ちてすべてが失われる前に、この晩餐に並ぶ特別な馳走と美酒を、あなたにも味わっていただければ幸いである。

【アーティストプロフィール】
谷原菜摘子/ TANIHARA Natsuko
1989年埼玉県生まれ。2021年京都市立芸術大学美術研究科博士課程修了。2015年第7回絹谷幸二賞、2016年VOCA奨励賞、2021年第39回京都府文化賞奨励賞、咲くやこの花賞、2025年度兵庫県芸術奨励賞、亀高文子記念―赤艸社賞を受賞。黒や赤のベルベットを支持体に、油彩やアクリルのほかにグリッターやスパンコール、金属粉なども駆使し、「自身の負の記憶と人間の闇を混淆した美」を描く。2017年五島記念文化賞新人賞を受賞後、パリへ1年間の研修滞在。2021年国文学研究資料館のアーティスト・イン・レジデンス「ないじぇる芸術創生ラボ」に参加し、古典籍から着想を得た作品を制作。2022年江戸糸操り人形劇団「結城座」に人形美術と宣伝作画を担当し、その後も文楽や能などの伝統芸能とのコラボレーションも行っている。近年は、パブリックコレクションとして、京都市京セラ美術館、国立国際美術館、兵庫県立美術館、大原美術館、大阪中之島美術館、徳島県立近代美術館など。