伊藤久美子は、絵画の下地である白亜地(はくあじ)をアレンジした表現手法により、下地から表層まで同質の絵の具で仕上げる抽象絵画を制作しています。絵の具は透過性を持ち、下層の色が表層まで影響を与えるため、内側から柔らかな光が滲み出すような色彩が特徴です。彼女はこの技法を、記憶が重なっていくことと結びつけて表現しています。

本展は “知覚の冒険” を軸に大小含む新作により構成いたします。私たちの知覚は発達や学習、経験などによって常に変化しています。例えば、植物図鑑を見た後に、道端の草花に気づきやすくなるように。知覚は一定ではなく、常にそれ以前の積み重ねに影響を受けているのです。本展ではそのような知覚の変化を楽しめるよう、視覚的な印象の異なる絵画が配置されます。

また、展示や作品のタイトル「souvenir」の語源はラテン語の subvenireです。これは、心に浮かぶ・思い出されるという意味を持ちます。私たちには、なにげない会話や出来事から、それらとは脈絡のない景色や感情、感覚が不意に浮かび上がる瞬間があります。それは記憶とも言い切れない、とても曖昧なものです。

伊藤はそのような、普段は忘れていても確かに存在する曖昧なものを “記憶の澱” と呼びます。それがスノードームの雪のように、何かのきっかけでふわりと舞い上がるのです。

11月7日(土)に開催する交差点#14「記憶の色を重ねる」では、その“記憶の澱”をテーマに、伊藤の制作や生活にまつわるトークと、参加する皆さんの記憶の澱にも目を向けたワークショップを行います。

その時々の体調や気持ち、時間帯によっても、作品の見え方がきっと変わります。色や質感によって、何かを思い出す瞬間もあるかもしれません。その変化や心の動きを、ぜひお楽しみください。皆様のご来場を心よりお待ちしております。