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メセナ日記−7
アーティスト・イン・レジデンス−3
――アメリカ・ミルウォーキー篇
熊倉すみ子

1998年2月○日早朝

ミルウォーキーから車で1時間半ほど北上した小さな町、シュボイガンにはコーラー社の工場がある。同社は造形作家に工場での滞在制作プログラムを提供しているユニークな企業だ。ショールームで同社のア−ト・プログラムのディレクター、リンさんと待ち合わせ。コーラー社はTOTOやINAXのようなサニタリー機器はじめ、工作機械や発動機などを作っている一大コンツェルン。ショールームには高級そうな製品が並ぶ。地下の社史展示コーナーでは、前世紀末に創業者コーラー氏が沼地だったこの地を開拓して事業をはじめた様子が写真パネルやスライド解説で紹介されている。



コーラー
コーラー社アート・センター
2月○日午前

リンさんが到着し、いよいよ見学。アトリエは工場の一角にあるので、撮影禁止とのこと。カメラは受付に預けよとのお達しだ。防塵マスクと防塵メガネをつけて騒音轟く工場の中に入る。 工場内の空気はエネルギッシュで緊迫感に満ちている。決められた歩行者ゾーンをはみ出すと、猛スピードで突進するフォークリフトにぶつかりそうになる。たっぷり10分は歩いて、ようやくアーティストたちのアトリエになっているところに着く。
3人のアーティストは、着いたばかりの人もいれば滞在期間が終わりに近い人もいる。鋳造が初体験の人もいれば、金属彫刻のスペシャリストで、工場の大規模な設備を利用して大作に挑む人もいる。工場のベテラン技術者たちが仕事の合間にアドバイザーの役をつとめてくれるのだ。テキサス出身の若い男性は、作った作品をどうやって持ち帰るか、一番安い方法をリンさんに相談している。



リン
ディレクターのリンさん
2月○日昼

今度は敷地の反対側にあるセラミックスの工場へ。やたら暑いが騒音はないのでホッとする。ここにも3人、若いアーティストたちが高級サニタリーの製造ラインの脇で、産業とは無関係の造形表現に挑む。アーティストたちとの交流がおもしろくて、すっかり世話役になってしまったエンジニアの男性が、滞在作家たちの試みを熱心に説明してくれる。

2月○日午後

工場の回りは社員たちの家が連なる企業城下町だ。滞在作家たちも全員で1軒の家をシェア。共同生活なので、「わがままを言って、他の滞在者たちに迷惑をかける人は帰ってもらうこともあります」とリンさん。滞在中の生活費も支給されるこのプログラム、推薦が必要だが誰でも応募できる。国籍は問わないが、工場内での作業は危険を伴うので英語ができないとむずかしい。 午後はシュボイガンの市街へ。元コーラー邸を改造したアート・センターを訪れる。企画展示室のほかに、子供のアトリエも充実。まもなく大規模な別館も建つという。
地元への利益還元とはいえ、こんなに手厚くメセナして、株主から文句が出ないのかと聞いたら、なんと同社は株を公開していないという。「感性と創造性を最優先させるためには、株を公開してビジネスに追われてはいけない――創業者の代からの家訓なんだそうです」。あっぱれ。

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