会期:2024/12/23
会場:un[東京都]
公式サイト:https://www.instagram.com/themadshop.love/
(前編から続く)
本イベントの主催者である石崎は、2010年代のセレクトショップシーンにおいてカルト的な立ち位置を誇った人物である。Atelier103、WE ALL DIE YOUNG、ATELIER HISTORIC INSTRUMENTSなどと名前を変えながら店舗を運営し、今はWolf & Wolffと号してヴィンテージウォッチをメインに扱っている。MARC MARMEL、ansnam、ensou、AMY MOSS、ACCALMIE etc…… 石崎はある種の服好きたちの記憶とワードローブに潜むこれらブランドの、密やかな熱狂の一翼を担ってきた。
しかし石崎のスタンスは決してマニア的なものではない。というよりも、石崎はマニア的であることのファッション性に自覚的である。だからこそそこには独特の軽さが漂っている。例えば石崎は《Light Test》について以下のような内容を述べる。「当時、コロナ禍の影響もあってデジタルアートに爆発的に注目が集まってましたよね。NFTみたいに唯一性を担保することでデータをアートピースに昇華しようという動きが高まる中、《Light Test》は5本限定のエディション作品を謳いながらもごく普通のフラッシュメモリを媒体としていた。つまりいくらでもコピーできてしまうわけです。この逆張り的な姿勢にピンときて、買ってしまった——でもちょっと後悔してます」。あるいは冒頭で触れたオークション「Martin Margiela: The Early Years 1998-1994」に参加し「マルジェラのアーカイブを取り巻く今の雰囲気には、かつてのバンクシーのように、これまでアートではなかったものが新しくアートになる予感のようなものを覚えます」といった趣旨の言葉をインスタライブで語ってもいる。ここで石崎が評価しているのは、個別の作品ではなくムードである。
それは今回のイベントにもあらわれているだろう。古民家を改装した店舗——ヴィンテージの再価値化、あるいは廃墟で催されたショー?——、ユダヤ料理のコース——ユダヤ人差別発言によってディオールを追われたガリアーノ?——、お土産として手渡されるドールサイズのカシミヤマフラー——人形の服を人体スケールに拡大したドール期のコレクションの反転?——こじつけるように見出しうる繋がりは決してイベント全体のコンセプトを深めることはなく、むしろその印象は散漫になっていく。しかしそれで構わない。そうしたムードの中にあってかろうじて、《Light Test》は鑑賞しうる。摩耗したコンセプチュアルアートではなく、もっと軽やかなものとして。
スチュワート・ブランドは、六つの流速の異なるレイヤーの重なりによって文明が構成されるとする「ペース・レイヤリング」のモデルを提唱し、最も流れの速い表層にファッションを置いた。だが個人的な感覚では、入り乱れた異なる速度の流れを乗りこなす技術こそがファッションであるようにも思える。ファッションの流れが速いのではなく、もっとも速い地点にいるものが事後的にファッションと呼ばれるに過ぎない。
マルジェラを特徴づける白のカラーパレットについて本人は「灰色のコンクリートや黒い家具が定番だった当時のモードブランドたちの中で手っ取り早く目立つための工夫だった」と語っている★。つまりそれは漂白されたホワイトキューブや余白である以前に、白そのものを主張していたわけだ。ここで先に触れたマルジェラとデュシャンの比較が思い出される。デュシャンの《泉》はなんの変哲もない小便器を作品化した、と一般に語られる。しかし、私たちが見慣れた真っ白でなめらかな便器が一般化したのは《泉》誕生のほんの少し前、ベル・エポックの終わりごろに過ぎない。そしてそれ以前の便器は一面を絢爛豪華な文様と彫刻によって埋め尽くされていた。すなわち歴史的に見れば、《泉》の便器は十分に差別化されたモチーフだったと言っていい。
タブラ・ラサはどこにもない。コンセプトは常に物質と欲望に曝されている。ゆえに白はそれらの手垢を浮き立たせるための露悪の色となる。そしてそれこそが他ならぬファッションの色である。
鑑賞日:2024/12/23(月)