2月の最初の土曜に、大阪で前にリサーチや取材をさせていただいた地域やアーティストを再訪しました。北加賀屋は2021年に小倉千明さんにSSKを中心にレポートしていただきました。そのときは東京にはないアートをテーマにした街のありように驚きました。北加賀屋を調査しに行ったときにそこで出会ったTRA-TRAVELのYukawa-NakayasuさんとQenji Yoshidaさんにはその翌年、マニラのLoad na Dito Projectsの平野真弓さんとマーク・サルバトスさんと一緒に、アーティストが主体となって運営するAIRや国際交流のプロジェクトについて鼎談をしていただきました(そういえば平野さんも大阪出身)。そのあと、TRA-TRAVELの西成での展覧会に行ったのが、関西出身の私にとっての初めての西成体験でした。そしてその展覧会をキュレーションされていたBreaker Projectの雨森信さんにココルームkioku手芸館たんすなど周辺を案内していただきました。(Breaker Projectは惜しくも昨年3月に活動を終了。雨森さんのさまざまな人々と奮闘された21年間の活動には頭が下がります。偶然先月、雨森さんと某展覧会の会場でばったり! いまはそのときの活動のアーカイブを作成されているそうです)そして、その西成で去年の夏、yukawaさんがギャラリーをオープン。この2つの街の現在とyukawaさんのギャラリーを実際に見るのが楽しみでした。

北加賀屋

まずは地下鉄北加賀屋の駅を出て細い道を通って、千鳥文化へ。1階のギャラリーでは写真展を、2階の金氏徹平さんの常設展「クリーミーな部屋」ももういちど。2023年10月にリニューアルされているようで、金氏さんご自身が説明する展示ガイドもありました。同行していた、アーティスト・ラン・スペースをリサーチ中の香港人の友人も千鳥文化のカオスと洗練が絶妙にマッチしている雰囲気がいたく気に入った様子。そして、昨年の8月にオープンしたサステナビリティやパーマカルチャーをテーマにした商業施設SMASELL Sustainable Communeを物色。いままでの北加賀屋とはちょっと異なるタイプのスポットが誕生して、家族づれの人で賑わっていました。

千鳥文化の外観

SMASELL Sustainable Communeのエントランス

そして、そのまた近くのM@M(モリムラ@ミュージアム)はいつも展覧会のタイミングがあわなかったのですが、今回やっと行くことができました。開催中の企画展は「『私』の『タニン』、『他人』の『ワタシ』。」展(2024/11/01〜2025/04/06)。安斎重男さん、加藤美香子さん、神蔵美子さん、北島敬三さん、鈴木理策さん、篠山紀信さん、谷原菜摘子さん、ティム・マクミランさん、福永一夫さん、舟越桂さん、松蔭浩之さんという重鎮からライジングスターまで、11人の写真家・美術家と森村泰昌さんとのコラボレーションが展示されています。まったく撮影の仕方が違う写真がずらりと並んでいて壮観。それぞれの撮影時のエピソードや二人の関係の説明も書かれていて、とても興味深い。森村さんはある有名人とともに誰もが見たことのあるその人物のイメージのスタイルを模倣しているわけですが、その隣には同じ現場で別の写真家が撮った森村さんが設定した枠組からはずれた異なるスタイルの人物像が並んでいます。これはいったい誰なのか。森村さん/森村さんが扮している誰か/森村さんが見ている誰かに扮した森村さん/(誰かに扮した)森村さんを見る森村さん/その仮面がはずれた一瞬?/森村さんが扮した誰かを見ている誰か……など、何重にも罠が仕掛けられています。私が見ているのはいったい誰なのでしょう。

森村泰昌 x 鈴木理策のパート

美術館の外見はぶっきらぼうな倉庫風建物ですが、中はきっちり美術館になっていて、ホワイトキューブの展示室の奥のアーカイブの部屋は森村さんらしいエレガントさ。そして、23席のこじんまりしたシアターは、ちょっとレトロな雰囲気がとても落ち着く場所になっていてさすがだなと思いました。1日ここでゆっくり過ごしてみたい。

M@M(モリムラ@ミュージアム)の外観


M@M(モリムラ@ミュージアム)のアーカイブの部屋

クリエイティブセンターやSSK、MASKもこのすぐ近く。今回はイベントをやっていないので入れませんでしたが、いまはどんなアーティストがここで制作しているのか、気になるSSK。裏口に昨年、キッチンで行なわれたイベントを告知するポスターが。あの素敵なキッチン、使われているんですね。

お次は、四つ橋線に乗って大国町で下車。え? こんなところにアートスポットあったかいな、と思った大阪のみなさん。いいえ、ここには香港があるのです。

本物の香港スタイルの朝食(お粥じゃないです)が食べられる源元食堂があるとのことで、前述の香港の友に連れていってもらいました。ここで手作りエッグタルト(注文してから25分かかります)とまさにまさにのミルクティーをいただきました。あー、ほっとした。香港友は練乳がこれでもかとたっぷりかかった小豆入りフレンチトーストを食べて嬉しそうでした。

西成

さて、ここから西成に移動するわけですが、歩くと30分とGoogleマップに言われて簡単に降参。1駅だけの動物園前駅で下車。まず目指すはココルーム。いらっしゃいましたよ、上田假奈代さん。ちょうどお出かけ前でしたが引き止めて、先日の鼎談「地域にアートは必要か? ──人、まちの膠着関係に風穴をあける『福祉』を探る」の御礼(編集を担当したのは私ではなかったのですが)。そして、まるで学生の頃の友だちんちみたいなカフェスペースでゆず茶にあたたまりながら、上田さんにいただいた『釜藝』(2024年春夏号)を読みました。永井玲衣さんの文章で、亡くなった方(記事をご参照ください)がいったいどんな方だったのか、ココルームでどんなふうに過ごされてきたのか、ご本人の大きな振る舞いに隠れている小さな仕草を見つけてはっとする、少し困ったちゃんだけど、愛すべき方だったことが柔らかな筆致で語られています。そしてその文章が伝える「ココルームがここでしていること」が胸に迫りました。隣の香港友にGoogle レンズでぜひ読め、とすすめました。

ココルームの入口

ココルームのカフェスペース(釜ヶ崎芸術大学)

さて、ここから商店街を駅に戻って、ぐるっとまわって、kioku手芸館たんすへと思ったら、もう暗くてどこかわからない(たぶん閉まってた)。ニットの帽子に雨が染みてきたので、約束より早い時間でしたが、yukawaさんのギャラリーSUCHSIZEに飛び込みました。オープンしたのは去年の夏で、「ニュース」で初展覧会「《 Dance in HANGESHO 》半夏生のリズム 」を紹介させていただきました。ギャラリーのテーマは「自然の循環と人との関係」。古い民家をDIYで少しずつ改装し、展覧会のたびごとにアップデートしていくのだそう。2階の吹き抜けの空間を見上げると前回の展覧会「Common trees」の上野友幸さんの作品が引き続き展示されていました。

吹き抜けにある上野友幸さんの作品

次回展「Unnamed hours」(2025/02/07〜03/29)の木下令子さんの作品

ギャラリーの奥には間仕切りがあり、スタジオになっています。普通の商業ギャラリーだったらやらないんじゃないかと思うような個性的な空間に、香友も感心していました。

そしてyukawaさんと友と一緒に向かいの酒屋さんがやっている一杯飲み屋(カフェバー)イチノジュウニのヨンに。ちょっとコーヒーでもテイクアウトしようか、と言って入ったつもりが、話に夢中で動けない。ワイン飲んだり、新しいメニューの「金魚」をいただいたりして(焼酎にしその葉と唐辛子がひとつ入っている。ちょっとピリッとくる金魚の味がオツ)あっという間に小1時間。閉店の時間にやっと気づいてそそくさとギャラリーに戻る。ちなみにこの居酒屋のオーナーさんがお隣にあるギャラリーも運営されています(ギャラリーと飲み屋さんがワンセット)。飲み屋さんは金土のみ営業。常連の西成のおっちゃんたちとアーティストとは普段は出会わない相手かもしれない。でもだからこそ面白がってもらえたり、かわいがってもらえたり。どんな言葉で説明したら興味をもってもらえるのか、アーティストが訓練するのにいい場所だと思う。

普段は入れないSUCHSIZEの2階にいれてもらって、これから手が入って変わっていく壁やなんかを想像しながら、ああだこうだとそれぞれの夢を語る。お腹がすいてお好み焼き屋に移動して、西成の夜は濃く更けていったのでした。

ココルーム、ココルームのお向かいのギャラリーMado 、kioku手芸館たんす、イチノジュウニのヨン、SUCHSIZEと、ボトムアップでハンドメイドのアートエリアができています。みんなそれぞれ強いキャラクターを持ち、おしゃれでカオスなおもろい場所で、これからますます盛り上がりそうな予感。引き続き注視していきたい(常連になりたい)。(f)

SUCHSIZEの2階からイチノジュウニのヨンを見る

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