発行所:ART & THEORY PUBLISHING
発行日:2024/11/07
公式サイト:https://artandtheory.org/collections/new-releases/products/ann-sofie-back-go-as-you-please-1998-2018
ストックホルム中部、ユールゴーデン島に位置する美術館Liljevalchsでは、スウェーデン出身のファッションデザイナー、アン゠ソフィー・バックの20年にわたる活動を回顧する企画展「Go As You Please – Ann-Sofie Back 1998-2018」が開催された。美や女性らしさ、社会的特権性といったファッションに潜むステレオタイプを解体し、ファッションが本来持ちうる異化作用を真摯に追求し続けてきたファッションブランド「Ann-Sofie Back」のデビューからラストコレクションに至る、彼女のファッションキャリアを一望するまたとない機会である。展示にあわせて刊行された図録には、スケッチやキャットウォークのイメージ、キャンペーンフォト、インビテーションなどが網羅され、彼女の表現の変遷を辿ることができる。
セントラル・セント・マーチンズを卒業後、自身の名を冠したブランド「Ann-Sofie Back」★を設立したバックは、大胆なカッティングや異和を含む衣服を発表し、醜いものを美しく、規範化な美を滑稽に仕立てる、特異的なスタイルで注目を集めた。また、MIUMIUのブランドキャンペーンや『Self Service』『Purple』『Dazed』などの雑誌でスタイリストとしても活動し、フォトグラファーのAnders Edströmとの共作でも知られている。
初期のプレタポルテ・コレクションでは、理想の身体や美の基準に対する違和感を、マテリアルやスタイリングによって可視化している。スパンコールを接着剤で貼りつけただけの布や、生地屋で売られているパターンブックから線を抽出・コラージュしたルックなど、安っぽさや陳腐な嘘をクリシェとして用いている。そうした美意識は、ストックホルム郊外の中産階級家庭で育ち、服飾や芸術に無関心だった両親と暮らした原体験とも結びついている。安価でありふれた大衆服をリファレンスに、ポリエステル、フェイクファー、スパンコールといった大量生産的で凡庸ともとれる素材を美しい異物へと再構築する一貫した姿勢が見られる。
バックの創作には、女性に課せられた役割や社会規範に対する反抗的な姿勢が見て取れる。ジェンダー、宗教、暴力性といった社会的なテーマを深く扱い、プラスサイズモデルの起用やストリートキャスティングなど、いまでは一般化した手法をいち早く実践してきた。口紅の痕が残る花柄の布や意図的に崩された着こなしなど、自らの経験をもとに失敗や不格好さを描いている。また、不自然に被せられたウィッグや異性装を参照するルックは、未完成な着こなしに内在する美や、日常的な振る舞いの演劇性を再提示し、アイデンティティを撹乱しながら、美とは何かという問いを根底から揺るがす。
日常が非日常に転化し、醜いものは美しく、美しいものに醜い側面を与えるAnn-Sofie Backのスタイルは、人々の欲望や社会的願望が映し出す完成された美を描くのではなく、極端な俗っぽさや失敗、不格好さを美しい異物として昇華させる。装いを通じて私たちの見慣れた現実に揺さぶりをかけるファッションの美学が鮮やかに表出されている。
執筆日:2025/05/14(水)
★──Ann-Sofie Backのセカンドラインに当たる「BACK」やクチュールライン「Ann-Sofie Back Atelije」なども存在する。