artscape「レビュー」欄でたびたび取り上げられてきた劇作家・演出家の市原佐都子。2025年から、AIと協働して絵画、彫刻、インスタレーション作品を制作している岸裕真、映像作家の成瀬陽太、ロボティクス研究の竹森達也とともにインスタレーション作品を制作し、2026年1月31日から2月11日まで札幌文化芸術交流センター SCARTSにおいて、展覧会『肉の上を粘菌は通った』が開催されていた。市原のジェンダーへの問題意識が劇場という空間から飛び出し、リアルな粘菌(サイエンス)と結びついた本展について、さまざまなメディアアートの展覧会やプロジェクトをキュレーションし、科学技術が発展した地点から「自然」をとらえなおす視点を提示する四方幸子氏に寄稿していただいた。(artscape編集部)


展示風景[撮影:岡田昌紘 Photo: Masahiro Okada]

近代以降の技術的進展、とりわけ機械化が20世紀において物や情報、そして生物(人間も含む)の大量生産・処理・消費を稼働した。それは人間をも「モノ化」してしまうシステムだった。科学や技術の発達は、一部の人間による人間や非人間(非生命も含む)の疎外を生み、化学や化石燃料、原子力が地球の循環システムを破壊し、取り返しのつかない汚染をもたらした。

そして現在、急速に進展を遂げたインターネット、AI、生命科学などにより、私たちはこれまでにない現実感や自己の身体や知能、記憶などがかつてなく拡張し変容しうる時代にいる。そこでは身体を持たず死ぬこともないAIにどこまで意思決定を委ねうるかという問題以前に、AIに欲望や行動を支配されていることさえ忘却しつつある現実がある。そのような状況をいち早く感知するのがアーティストやデザイナーであるだろう。彼らは科学や技術の進展のなかで、欲求に導かれ邁進する科学者と経済や軍事が結びつくことの危機を提示してきた。

科学の方向を、専門家のみで決めさせてはいけない。社会にもたらす変化やそこに含まれうる危険性や新たな倫理的問題はすでに日常と地続きであり、広く社会で熟議する必要がある。私はそれを「オープン・サイエンス」と呼ぶ。

科学や技術の発達がSFを凌駕する可能性が出てきていた今世紀初頭に「スペキュラティブ・デザイン」が、アートやデザインと科学を切り結び問題提起を始めたが、以来20年以上を経た時代に私は「ビヨンド・スペキュラティブ・デザイン」と仮称し、展開を見つめてきた。それはまたロン・ワッカリーらの提唱する非人間も含む「ポストヒューマニズムデザイン★1」にも接触する。

人間や非人間、そして地球環境が抑圧された状態を、ケアし回復に導く科学や技術が今まさに求められている。それは偶然性を許容する生態系に近いシステムであり、近代以前の叡智と現代の科学・技術を出会わせることで可能になるのではないか。

加えてそもそも「サイエンス」と呼ばれているものが、西洋近代を基盤とするものであること自体を意識し問い直す必要がある。「Sciences after “Science”」(現在の「科学」の後に待たれる複数の科学)と私は名付けているが、それはユク・ホイの「宇宙技芸(コスモテクニクス)」にも共振する。

肉体のない声と肉しかない声

「SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト」は、「SCARTS(札幌文化芸術交流センター)と北海道大学のCoSTEP(英語で「科学技術コミュニケーター養成プログラム」の略称)がタッグを組み、SCARTSがCoSTEPにアーティストを紹介、制作において両者を媒介したうえで、SCARTSで展示を行なうという枠で数年展開されている。

市原とCoSTEPとの出会いは2024年8月。「プレコンセプションケア」というテーマが提示され、複数の研究者と会うなかで粘菌に興味を持ち、AIを介して「合唱」させる新作「肉の上を粘菌は通った」へと結実した。粘菌については、単細胞生物の知的な行動を数理的な視点で読み解こうとしている北海道大学 電子科学研究所 知能数理研究分野中垣俊之教授の協力を得ている。

吹き抜け空間には、プロジェクト趣旨や制作プロセス、市原や関係者のメッセージや参考資料が掲示されている。展示空間の入口にはシャーレに入った粘菌が、「肉」のかたちに撒かれたオートミールを餌に活動する。中では暗く広い空間に、大小複数の粘菌の映像(録画)が、シャーレを模した円形の台に投影されている。黄色の粘菌が変化するタイムラプス映像は一種のパフォーマンスにも見え、市原の声が空間内に流れている。


展示空間の入口には、「生きた現象」として非人間的な知性のあり方を提示するために、実物の粘菌が展示された[撮影:岡田昌紘 Photo: Masahiro Okada]


展示風景[撮影:岡田昌紘 Photo: Masahiro Okada]


[撮影:岡田昌紘 Photo: Masahiro Okada]


[撮影:岡田昌紘 Photo: Masahiro Okada]

声は、市原による2種のテキスト──肉体のない声(生まれないことにした声)と肉しかない声(シャーレの上で培養される人工肉の声)──を学習したAI(LLM – Large Language Model)が、映像の粘菌の変化に応じて各シャーレ毎に異なる歌詞と音声を生成する。市原によればテキストは、人類滅亡後の世界で粘菌が活動し続ける「存在しないものによる、聞こえるはずのない声のモノローグ」であり、声はソプラノやアルトなどがシャーレごとに振り分けられ、空間全体で粘菌とAIによる「合唱」が立ち上がることになる。

AIは、 AI(Alien Intelligence)──人間とAIによる創発性をもつ「エイリアン的主体」──を提唱する岸裕真(アーティスト)が中心となり開発された。空間はインスタレーションであるとともに、粘菌が生成AIの介在によって声を挙げるパフォーマンスともいえる。

実際に市原の演劇を見たことはないのだが、記録映像で見た限りでも生身の身体を持つ俳優の動きや声、セリフや展開などあらゆる要素に異化が散りばめられている。人間を演じる(動物など非人間を演じる場合も多い)俳優の身体性や赤裸々に語られるセリフ(多くがモノローグ)は、見る側の価値観を揺さぶってやまない。

市原は、西洋近代のシステムのなかでモノ化され、抑圧・排除された人間(主に女性)や動物や虫、微生物、人形を当事者として登場させ、人間と非人間との関係や接合を演劇で扱っている。デジタル化でよりリジッドに構造的暴力が支配する社会が、むしろ逆説的に召喚してしまうキマイラなど管理しえない存在として、自虐的ユーモアや毒舌とともに舞台上で立ち回る。

粘菌の知性が人間を照らす

CoSTEPから提示されたテーマ「プレコンセプションケア」とは、公衆衛生学の「男女を問わず、将来の妊娠・出産を見据えて現代の健康状態を確認し、生活習慣を整える考え方」である。実用的な「予防医学」として政府や医療側が推進するそれは、健やかな子を産むための「妊活」であるとともに現代社会の縮図とも言える★2。つまり明るい面を掲げながら、ダークな面──社会で急速に進展する管理のヴェクトル(軍事用語のC4Iシステム★3に由来すると思われる)──が一見平穏に見える日常に潜んでいる。

「プレコンセプションケア」は近代科学の延長でもあり、近代のもたらした抑圧に目を向け、混淆されたカタルシスによって問題提起する市原の方向性とは齟齬をきたさないか。それが私の懸念であった。市原はインタビュー★4において「素晴らしい内容だが、違和感もあった」と述べている。その後、そもそも子どもを産むとはどういうことなのか、などと考えるなか、より大きく捉えて科学の進歩で可能になる世界を思い描こうとしたという。しかし、結果的に本プロジェクトにおいて、市原は「プレコンセプションケア」の縛りになじまず、そっと抜け出したように見える。

人間社会のC4I的システムに対し、市原が出会ったのが粘菌である。非人間で生物/無生物の境界に収まりきらないこの存在は、私の解釈ではCI(Communication Intelligence)──C4Iから3つのC(Command、Control、Computer)を外したもの──に思われる。

人間は社会を持ち、構想し命令し制御し、コンピュータまで作り上げた。粘菌は環境に応じてふるまい、ボトムアップのコミュニケーションを行なう。粘菌と人間は、ともに知性を持つ(世界の只中で生き延びるための感知と行動)、そしてその特定の閉鎖環境において生存している(人間にとっては構造的暴力が支配する社会、本作においてはシャーレ内環境と餌)。しかし人間は粘菌と異なり、身体や言語を持ち、他者や世界への支配を機械や情報により加速させ、自ら制御不能に陥って久しい。

粘菌に人間のような言葉を与え、AIを介して声を発させること。それは声なきもの、人間が見向きもしない存在に声を与えることで、人間に非人間の存在そして知性を気づかせ、人間の驕りを批判することでもある。それはまた、現在の科学や技術を介して科学や技術そして社会を相対化することでもあるだろう。

本プロジェクトにおける経験が、今後、市原の演劇にどのような変化をもたらすか、その展開を見ていきたい。


展示風景[撮影:岡田昌紘 Photo: Masahiro Okada]


[撮影:岡田昌紘 Photo: Masahiro Okada]


展示風景[撮影:岡田昌紘 Photo: Masahiro Okada]

★1──「『人間中心』デザインを超えて。『モア・ザン・ヒューマン』なデザインへの道筋──『ポストヒューマニズムデザイン』著者ロン・ワッカリー」(designing、2025年10月1日)https://designing.jp/ron_wakkary
★2──本展示終了後の2月21日に、高市早苗首相が「プレコンセプションケア」の推進について語ったことも思い出される。こども家庭庁「はじめよう プレコンセプションケア」
★3──C4I (シー・クァドラプル・アイ)システム、つまりCommand Control Communication Computer Intelligence system/命令、制御、コミュニケーション、コンピュータ、インテリジェンス。
★4──札幌市民交流プラザ 機関紙掲載記事
https://www.sapporo-community-plaza.jp/wavetimes_plus/2026feb-mar/scarts01/

関連レビュー

空気をめぐって──有機物とアートの新たな関係|四方幸子 :フォーカス(2023年03月15日号)
ユク・ホイ『中国における技術への問い──宇宙技芸試論』 |星野太 :artscapeレビュー(2023年01月15日号)

SCARTS×CoSTEPアート&サイエンスプロジェクト 市原佐都子『肉の上を粘菌は通った』
会期:2026年1月31日(土)〜2月11日(水・祝)
会場:札幌文化芸術交流センターSCARTS(北海道札幌市中央区北1条西1 札幌市民交流プラザ2階)
公式サイト:https://www.sapporo-community-plaza.jp/event.php?num=4734