発行所:VERSO
発行日:2024/06/11
公式サイト:https://www.versobooks.com/en-gb/products/2942-disordered-attention

美術館、コマーシャル・ギャラリー、アートフェア──そのいずれであれ、美術作品を見に来た観客がスマートフォン片手に写真を撮って回る光景は、ここ20年ほどのあいだにすっかり馴染みのあるものとなった(初代iPhoneが発売されたのは2007年のことである)。また、展示されている作品に目をむけてみれば、そこでは20世紀のモダニズム美術・建築を暗に前提としたスタイリッシュな作品や、過去にある国家や地域で起こった出来事をテーマとする資料的なインスタレーションが、目に見えて目立つようになった。また、展覧会場の外では、ソーシャルメディアを駆使したさまざまな社会問題への「芸術的な」介入が、オンライン/オフラインを往還するかたちで日々起こっている。本書『撹乱された注意』(原著2024[未邦訳])は、われわれにとって馴染みのあるそうした現象を正面から見据え、それを歴史的・批評的なパースペクティヴのもとで論じたきわめて啓発的な書物である。

本書の著者であるクレア・ビショップ(1971-)については、すでに『人工地獄──現代アートと観客の政治学』(大森俊克訳、フィルムアート社、2016)や『ラディカル・ミュゼオロジー』(村田大輔訳、月曜社、2020)などを通じて日本でも広く知られているため、ここであらためて紹介する必要はないだろう。本書を構成する四つの章は、いずれもビショップが過去10年あまりのあいだに論文や講演のかたちで発表したものであり、評者も含め、本書の出現を心待ちにしていた読者も少なくないはずだ。

各章のテーマは、おおむね最初の段落に列挙した現象に対応している。第1章「情報オーバーロード──リサーチベースド・アート」では、現代美術のもっとも当代風のスタイルと言える「リサーチにもとづいた」インスタレーションが論じられる★1。第2章「ブラックボックス、ホワイトキューブ、グレーゾーン──パフォーマンスの展示とハイブリッドな観客性」では、近年ますます境界が曖昧になっている「展示」と「上演」の融合を主題としつつ、そこからさらに、スマートフォンを常時携帯するようになった21世紀の「ハイブリッドな観客性」が論じられる★2。第3章「瞬間を掴みとる──さまざまな介入」では、作品の内外、展覧会の内外におけるアーティストたちの「社会介入行為(interventions)」が論じられる。これは、『人工地獄』で参加型アートの系譜学を試みて以来のビショップのライフワークのひとつだが、本書は現代における「介入」行為の前提として、ソーシャルメディアの台頭をきわめて重く見ているところが前著との相違であるだろう。第4章「デジャ・ヴュ──モダニズムの建築とデザインを召喚する」では、ウラジーミル・タトリンをはじめとするモダニズムの建築・デザインを「召喚(invoke)」するさまざまな美術作品が、同じく歴史的・批評的に検証される。この章でも啓発的な論点がいくつも提示されているが、そのひとつのハイライトは、現代美術における「流用(appropriation)」の衰退・退廃と、それに代わる「召喚」という身振りの対比にあると言えるだろう。

同時に、本書は現代美術の批判的分析・検証にとどまらない、ある大きな射程を有している。本書がタイトルに掲げる「注意(attention)」という単語は、「アテンション・エコノミー」や「注意欠陥多動性障害(ADHD)」を通じて、さまざまな意味で現代を象徴する言葉のひとつになっている。われわれがかくも「注意」に注意をむけざるをえなくなった背景に、スマートフォンやソーシャルメディアの普及・環境化があることは言を俟たない。これにたいしてむろん本書は、アテンション・エコノミーを批判して事足れりとするのでもなければ、ADHD当事者をスティグマ化するわけでもない。本書で試みられるのは、20世紀の人文知──具体的にはベンヤミン以来の「気散じ」論──が試みてきたように、「注意」対「注意散漫」という二項対立そのものを疑い、そのような対立を成立させている土台そのものを批判的に検証することである。本書がそうした問題意識のもとで書かれているという背景もあり、ここまで要約してきた内容に興味のある読者は、個々のチャプターに赴く前に、まずは「序論:OS21──注意を撹乱する」の一読をお勧めしたい。そこでは、リサーチベースド・アートやパフォーマンス・エキシビションをはじめとする本書の研究対象を「注意の様態」にもとづいて分類した表(p. 32)をはじめ、本書全体をつらぬく明快な問題意識を読み取ることができるはずである。

★1──第1章の元になった論文には次の日本語訳がある。クレア・ビショップ「情報オーバーロード」青木識至・原田遠訳、『Jodo Journal』第5号、2024年、56–75頁。
★2──第2章の元になった論文は、パフォーマンス研究の牙城とも言えるTDR: The Drama Reviewに掲載された(Claire Bishop, “Black Box, White Cube, Gray Zone: Dance Exhibitions and Audience Attention,” TDR, Vol. 62, No. 2 (Summer 2018), pp. 22-42)。この事実からもうかがえるように、同章は美術のみならずパフォーマンス研究の観点から見ても、有益な論点を数多く提示しえている。

執筆日:2026/06/09(火)

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クレア・ビショップ『ラディカル・ミュゼオロジー』|高嶋慈:artscapeレビュー(2020年06月15日号)