いかなる国家にも属さない大陸として地球上に存在する南極。小松左京のSF小説や近年のアニメ作品から、実際の観測事業に至るまで、この極地はどのように表象され、私たちの想像力を形成してきたのか。冷戦下の地政学的な緊張や戦後日本の“置き去り”の記憶といった、幾層にも“凍結”されてきた文化・人類史の軌跡を、批評家の黒嵜想さんが読み解きます。(artscape編集部)

現実と虚構を架橋する「セカイ」のインフラ

コロナ禍の南極観測基地に回線をつないで実施された、観測隊長へのビデオインタビュー。元南極料理人から伝授されたレシピの発表と調理の実施。人類学者ふたりとマイナス20度の冷凍コンテナに潜り、そのなかから中継された、極寒の環境下での「極地」トーク。

筆者が南極へ強い関心を寄せるきっかけとなったのは、コロナ禍のリモート配信番組「光冠茶会」(2021)で「国際人類観測年」という茶会を企画したことだった。京都芸術センターにて例年催されていた茶会がパンデミックのためリモートでの開催となり、10回の茶席が企画され、なんの酔狂か、批評家として活動している自分に茶席のひとつをつくって欲しいとの依頼がやってきたのだ。少し考えて、先述のような概要を提案した(驚くべきことにすべて実現した)ところで、自分に依頼がきた理由がよくわかった。要するに自分は、こういうことを「批評」と称してやってきた遊び人でもあったのだ。

オンラインの参加者には事前に「茶箱」が送付されるらしく、封入すべき茶と菓子を主催者に尋ねられた。筆者が提案したのは、元南極観測隊・料理人である北田克治直伝の焼きそばをつくるための材料、すなわち常温で日持ちするロングライフ牛乳とインスタントラーメン、そして南極の氷(もちろんこちらは飲食しないように注意書きを添えて)だった。

茶会「国際人類観測年」で実施した、文化人類学者の大石侑香と森下翔をゲストに迎えたトークの模様。[撮影:顧剣亭、以下すべて筆者提供]

同茶会にて、元南極観測隊・料理人の北田克治より伝授された焼きそばのレシピに則って調理しているシーン。[撮影:顧剣亭]

茶会のオンライン参加者に送付されたものと同じ南極の氷。[撮影:顧剣亭]

茶会のテーマを南極とした理由は、あるニュースが目に入ったからだ。「南極基地にコロナウィルスが到達。これで世界全体がコロナウィルスに包まれたことになる」。その頃、本屋にはパンデミックのなかで再読の機運が高まったのか、小松左京の『復活の日』が平積みされ、映画館では庵野秀明監督の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開されていた。再読され、あるいは再制作され話題を集めたSF作品はどちらも、南極大陸を人類の終末、再生の地として理想化していた。そして、現実世界におけるニュースや国際的なアナウンスも、そのようなイメージによって政治的かつ社会的な行動指針を打ち出している……。

現実と虚構がともに、「セカイ」のイメージのインフラとして南極を利用している。自身も自明のものとしている紋切り型が、しかしなぜ、いつの間に前提となっているのか、気になった。ただそれだけだった。

そしてこの興味は、「国際人類観測年」の終了後も筆者を惹きつけ、イベントをサポートしてくれたアートマネージャーの沢田朔とともに、私設団体「極セカイ研究所(極セ研)」を立ち上げ、批評誌を発行することを決めた。自分が確認する限りでは、おそらく世界で唯一の南極批評誌である。

P2P』と題したこの批評誌の初号となる第0号(2024.3刊行)には、先述した茶会のゲストでもある文化人類学者・森下翔による「『南極の人類学』のスケッチ」、第38・45次南極地域観測隊で料理人を務めた北田克治による「南極で料理をする際の心得」、シベリア先住民を研究する大石侑香による「極北の時空」、そして「南極ビエンナーレ」コミッショナーであるアレクサンドル・ポノマリョフ★1 への対面インタビュー等を収めた。そして、筆者が書いた論考「極論」では、極セカイ研究所と『P2P』が今後展開する二つの観測プロジェクト──南極大陸の表象を追跡する「氷象分析」と、次なる極地のあり方を想像・創造する「極地制作」──を宣言した

アーティストの梅沢和木による「極セカイ研究所」のシンボル。

南極批評誌『P2P』第0号の書影。

地政学的な緊張と忘却の歴史

南極とは、奇妙な場所である。地球上に7つあると数えられる大陸のひとつでありながら、いかなる国家にも属さない。1959年に締結され1961年に発効した南極条約は、大陸そのものの領有主張を「凍結(Freeze)」し、軍事活動を禁じ、平和利用と国際協調を原則としている(そう謳ったうえで、現在まで運用されている)。冷戦のただなかに署名されたこの条約は、いまもなお国連主義の象徴として機能している。

しかし、この「凍結」という語が冷戦体制と同時代のものであった事実は、しばしば忘れられている。冷戦下、南極にずらりと並んだ観測基地は、他陣営の動向を制限する監視拠点としての役割をも持っていたはずだ。昭和基地へ隊員を送る砕氷船「しらせ」が、防衛省・海上自衛隊のものであることを思い出したい。銃を構えた者が放つ命令「動くな」をも意味する「Freeze」は、熱戦が辛うじて凍結されていた時代の地政学的な緊張を、ひそかに書き写した語でもあったはずだ。つまり、あくまでも南極条約は各国の領土主張を「禁止」していないのだ。

凍てついた無主地の足元には、いまもまだ、領土争いをめぐる情熱が埋められている。しかしその含意は、いまや無効化されつつある。少なくとも、現代の日本のサブカルチャーが描く南極にはもはや見当たらない。映画『南極料理人』(2009)の画面に映るのは、家庭内での役割を失った中年・初老男性たちが伊勢海老フライをモソモソと食べる、底抜けに淡白な日常である。そしてアニメ『宇宙よりも遠い場所』(2018/通称「よりもい」)が描いたのは、女子高生たちが自分探しのために南極を訪れる、青春の冒険譚であった。そこで描かれる「Freeze」とは、緊張による静止ではなく、ただの「極寒」であった。南極はもはや、緊張の凍結装置(DMZ)ではない。南極条約の文言が字義どおりに遂行されている(と信じられた)、無警戒なペンギンが歩く、牧歌的な平和の地だ。この忘却の過程そのものを、批評の対象として捉え直すこと。それが、私たちの批評活動である。この氷床の足元には、どのような政治的・文化的イメージが凍結されているというのか。

“置き去り”の記憶──樺太と南極

導きの糸となったのは、犬だ。1912年、白瀬矗(しらせ のぶ) が率いた第一回南極探検隊は、樺太犬を棚氷上に置き去りにした。半世紀後の1957年、第一次南極地域観測隊もまた、第二次越冬を断念した結果、十五頭の樺太犬を昭和基地に残した。倉蔵原惟繕監督の映画『南極物語』(1983)は、後者の事件と2頭の生存犬・タロとジロの帰還劇までを描き、当時の邦画歴代興行収入記録を更新した国民的作品となる。なぜ、これほどに犬をめぐる史実が重く受け止められたのか。それは、樺太犬が背負わされた表象の二重性ゆえだ。「樺太」の名を冠した犬たちが「置き去りにされた」という事実は、戦後日本に生きる引揚者たちが抱えていた、あの置き去りの記憶と重なり合う。

終戦から5日後の1945年8月20日、樺太真岡郵便電信局で、ソ連軍上陸のさなかに通信業務に就いていた電話交換手12名のうち9名が、青酸カリを呷って自決した。「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」。1963年、「北のひめゆり」とも呼ばれるこの事件の慰霊碑「九人の乙女の像」が、稚内公園の一角に設置された。だがその隣には、もうひとつの碑が並んでいる。第一次越冬隊が置き去りにした樺太犬たちのための碑である。

『南極物語』における慰霊祭のシーンは、まさしくこの稚内公園で撮影された。タロ・ジロ事件の当時にはまだ存在しなかったはずの「九人の乙女の像」が、画面の外側に確かに立っている。史実を再現する映画はもちろんそれを映さないが、ここが撮影地として選定されたこと、そして何より、稚内公園に二つの慰霊碑が並んでいること自体が、この“置き去り”に重ねられたイメージを物語っている。

樺太に置き去りにされた人々と、樺太から連れて行かれて南極に置き去りにされた犬たち。それら二つの挫折を架橋する「セカンドチャンス」の物語として、タロとジロの生還は受け入れられたのではないか。ならば、『南極物語』が国民的にヒットしたとき、毎年行なわれる越冬隊の交代は、彼岸の邂逅の絶え間ない再演として「文化」になったとも言えるだろう。

南極をめぐるイメージの解凍と観測

現在制作中の『P2P』第1号は、こうした関心を共有する作家たちとの対話のなかで進められている。2025年8月には、『南極物語』を大胆に翻案したSF漫画作品、『南緯六〇度線の約束』(原作:うめ)の作画担当・妹尾朝子を招いたトークイベントを開催した。同作は、先述したような犬に重なる戦後のイメージはもちろんのこと、1957年の国際地球観測年において南極観測事業とともに開始された宇宙観測、戦後日本における原子力開発事業と南極観測事業の癒着、そして女性差別の問題といったモチーフをも貪欲に取り込みながら、南極の表象史を自ら総括し、新たにそれを描こうと歩みを進めている

筆者と妹尾朝子によるトークイベントの模様。

『P2P』第0号でインタビューに応答した美術家のアレクサンドル・ポノマリョフは、南極大陸を「スーパーナショナリティ」の場所だと評してた。筆者はこの言葉を、「徹底してナショナルなもの」と「ナショナリティを超えるもの」のダブルミーニングとして受け取り、各国が「Freeze」のイメージに込めた含意をこの表裏で分析することとした。犬の物語に始まる南極観測隊のイメージが前者であるのなら、『復活の日』や『新世紀エヴァンゲリオン』といったSF作品が描くそれは後者にあたる。そして『南緯六〇度線の約束』は両者を串刺しにしたような作品だ。戦後日本が「スーパーナショナリティ」に託したイメージの表裏を解体し、別なるかたちで統合を図る本作は最も重要なものであると確信している

世界初の南極での国際芸術祭「南極ビエンナーレ」実現したアレクサンドル・ポノマリョフ。

続いて、極セ研は「春の同時視聴祭」と銘打って2ヶ月にわたる南極コンテンツ鑑賞マラソンを今年の2月から実施し、4月19日には5時間超に及ぶ公開座談会を開催した。第1号の目次は、筆者らが刊行までに集めた記事が時系列のままに並ぶ構成をとっている。問題提起となる筆者の「極論(N)」を北極と見立て、巻末に執筆される予定である「極論(S)」、つまり本誌の南極に位置する論考の執筆にいたるまで、着想を与えた対話や資料を収集する様子をドキュメントとして並べる構成をとる。目次を収集する航路の進みは、読者に都度公開し、旅路をともにするつもりだ。二つの極論にはさまれた、クリティカルパス(最長経路)を楽しんでもらいたい。

平和のイメージの下に凍結されている、何層にも重なった領土闘争のイメージを、アイスブレイクによって解き明かすこと。それは同時に、冷たい戦争を表象する寒冷地が、牧歌的な氷床の地へと変遷するに必要だった過程を、逆説的に明かす作業でもある。二項対立の外に出ようとする「クール」さが、しばしば「冷笑」と敵視される時代のなか、対立への対立を乗り越える平和のあり方を、「フリーズ」の解凍によって模索すること。それがこの批評誌の、そして極セカイ研究所の目的である。

国際的な科学協働の場所として、各国の観測基地がおかれている南極は、「先住人」が科学者である唯一の大陸である。そしてその土地が有するもっとも巨大な資源とは、国際的なアナウンスからフィクションにまで引用された、この「イメージ」に他ならない。ならば、南極に来歴をもつ想像力の変動をつかまえるための、別なる観測活動が求められる。極セカイ研究所は、イメージの分析眼を南極へと向ける、“氷”象の観測基地だ。

★1──アレクサンドル・ポノマリョフ(Alexander Ponomarev):美術家。1957年、ソ連・ドニエプロペトロフスク(現ウクライナ・ドニプロ)生まれ、モスクワ在住。海洋学校で航海士として世界の海をめぐったのち美術界へ転じ、海・船・極地を主題とする絵画・インスタレーション・パフォーマンスを展開。2014年、ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展で南極パヴィリオン〈Antarctopia〉を開設、2017年には世界初の南極での国際芸術祭「南極ビエンナーレ」をコミッショナーとして実現させた。『P2P』第0号に対面インタビュー「動中の動、新しき道」(聞き手:黒嵜想、通訳:鴻野わか菜)を収録。