今号から広島市現代美術館の松岡剛氏に「キュレーターズノート」を書いていただくことになりました。同館の学芸員では、リニューアルのための休館に入る2021年4月まで、当時在籍されていた角奈緒子氏に長きにわたって執筆いただいていました。リニューアル後の美術館の様子、新しい展覧会の企画、広島のアートシーンのその後など、松岡氏に新たな視点からレポートしていただく予定です。(artscape編集部)

日々の業務をこなしながら、よくもこんなに文章が書けるものだと、タフな同業者に敬意を抱きつつ親しんできたartscape。そんな場に私も参加する日がやってきた。印象に残った展覧会や作品の所感を通して、ふだん美術館で感じている課題や、向き合い方のヒントに触れられたらと考えている。今回は、枠を超える2つの事例について。美術館では、表現という途方もない広がりを持つ対象を扱いながらも、空間的な制約、運営上の慣習、運用上の効率といった、さまざまな制限(枠組み)のなかで活動している。対象となる表現者や、同業者の活動から学ぶことができるのは、そういった制約にときには真っ向から挑み、ときにはしなやかに掻い潜ってゆく振る舞いだったりもする。私たちはリサーチや事業実施という日々の活動を通して同時に学び、これまで扱えなかったものが扱えるようになったり、さまざまな制約をうまくやり過ごしながら拡張していくことができるのではないか。

《蟻鱒鳶ル》という新・建築

東京都港区、三田の一角にとんでもない建築が現われた。このように聞くと人は大抵、たぐい稀な設計に基づく(著名な建築家が手がけたような)作品が竣工し、公開された事態を想像するだろう。ところがそれは、20年以上もの年月をかけて現われ続けてきた、という過程も含め傑出した存在であり、よって、その状況も手がけた人物も際立っている。こうした転倒が、そこかしこに散りばめられた建物なのだ。例えば、この建築物の設計者/施工者/施主は同一人物で、完成するずっと前からそれが代表作となり、それによって知られることとなった人物、岡啓輔である。福岡県出身の彼は有明高専で建築を学んだ後、建設現場での作業に従事。その後、高山建築学校への参加や、自宅アパートを表現の場として開放する「岡画郎」の運営を経て、2005年には地上4階地下1階、鉄筋コンクリート造となる、《蟻鱒鳶ル(ありますとんびル)》に着工する。

本作については、建設中の様子を含め既に多くの方がレポートしているし、工事のプロセスや岡のアイデアをまとめたもの、あるいは多くの関係者たちが執筆を担う書籍★1も既に刊行されている。さらには、完成前から「保存会」の名称を掲げるウェブサイト(ブログ)★2が運営されたり、極めつきは周囲の再開発の影響を受けて曳家が行なわれる★3など、とにかくその存在は40平米ほどの敷地に建つ個人宅という物理的なスケールや、未完成であることを凌駕した広がりを生み出してきた。本作がようやく竣工を迎え、筆者は幸運にも見学会に参加することができた。


岡啓輔《蟻鱒鳶ル》外観(2026)[筆者撮影]

見るものを圧倒するのは、なんといってもそのコンクリート遣いである。改めて気付かされるのは、それまでコンクリートの質感や表情として認識していたものとは、実のところ型枠に用いられた木材表面の転写であったということ。なんとなれば、型枠の素材や硬さに応じて、それらは驚くほど豊かな表情を見せてくれるからだ。そんなコンクリートを手作業で、それゆえ長い時間をかけて少しずつ、積み重ねてできた塊が内部の人を包み込むような建物となっている。その作業は岡と、彼を手伝うため現場に集う人々によって進められ、その最中で生じるひらめきや創意工夫を取り込みながら、多くの人々の関与が形態の多様さとして直接的に反映されている。それら協働者による自発性を岡は尊重しており、なかには型枠を外して、初めてその造形を知る局面さえあったという。

そう、岡は建物の形だけを作っているのではない。人が集まり、その場で考え、手を動かすための道筋そのものを作っているのだ。とても象徴的な事例として、有機的な曲線が複雑に組み合わされた開口部がある。これは、コンクリートの壁や窓枠の制作に携わった人物の創意によって導かれた実に変則的な形だ。それらはガラスを首尾よく収めるためのものとは言い難く、枠としての、あるいは枠を作る作業の魅力を追求したものにさえ見える。その後、現場に関わったほかの人物が、たまたまガラス加工の経験があり、四苦八苦してなんとか窓として成立させた、という経緯があったらしい。ここでの特殊な道理でなければ、発想も達成もなかった造形と言えるだろう。


「蟻鱒鳶ル完成大パーティー」にて。岡啓輔がコンクリートの型に用いた籠について説明する[筆者撮影]



岡啓輔《蟻鱒鳶ル》内観(窓枠)(2026)[筆者撮影]

本作と筆者との接点を辿れば、2010年のグループ展「一人快芸術」(2009/12/19-2010/02/21)に参加いただいたことに遡る。作ることの喜びをキーワードにさまざまな作り手たちの活動を紹介したもので、展覧会のコンセプトや企画者として臨んだ姿勢も、《蟻鱒鳶ル》から受けた影響に多くを負っている。当時まだ全貌が表われていない建築を紹介する企画に、岡はこう応答した。展覧会に招聘されるよりずっと前に、彼は広島を訪れ、原爆ドームを間近に見る機会があった。この広島での体験を呼び起こし、原爆ドームの内側で天蓋を見上げた際のイメージをもとに、楕円形の枠を作り、展示の中心的な造形物として据えた。そこでの宣言どおり、この物体は現在、最上階と屋上とを繋ぐ天窓となっている。


岡啓輔《蟻鱒鳶ルーRC作製SHOW!》、「一人快芸術」展(2009)、広島市現代美術館
構造物の中央付近に楕円筒形のコンクリート枠が組み込まれている[筆者撮影]


岡啓輔《蟻鱒鳶ル》最上階の天窓付近(2026)[筆者撮影]

これは展覧会での建築作品の紹介としては異例で、あらかじめデザインされていた部分の完成予定品でも、既存建築の一部としての実物展示でもない。展覧会との関わりが契機となって呼び起こされた過去の記憶を頼りに形が生まれ、それがいつの日か建築の一部となる。言い換えれば、場所との関わりに基づく予言、あるいは約束としての展示。岡によるユニークな応答は、彼の活動の過剰さを展覧会という媒体で伝えるに相応しいものであったと思う。

アートギャラリーミヤウチ「あたらしい場所」

広島のとなり町、廿日市市に位置するアートギャラリーミヤウチの活動も、通例の事業の枠を超えようとする試みとしてみることができる。同施設は2023年から本年(2026年)にかけてレジデンスプログラム「あたらしい場所」を実施した。その初回には、広島在住の3名に加え、招聘したゲストや滞在アーティスト含む9名によるグループ展が成果として開催されている★4。作家たちは広島とそれぞれ異なる関係性を有しており、場所というテーマで緩やかにつながりながら、その違いが浮かび上がる展示となっていた。

その後、長期間のレジデンスプログラムという構想へと発展し、参加作家のうちの2名が選ばれ、2025年と翌年とにわたって各年1カ月ほどずつ滞在し、展示を行なうこととなった。ひとりは大分を拠点に、映像や写真、テキストなど多岐にわたるメディアを扱う西松秀祐、もうひとりは京都を拠点に、身近な素材を用いて主に彫刻やインスタレーションを展開する野村由香である。最終年となる今年の4月から6月にかけて、両作家による展示がそれぞれの個展の形式で同時に開催された。


AIRプログラム「あたらしい場所」(2023)、アートギャラリーミヤウチ

本企画に外部キュレーターとして関わったのは、広島とも縁のあるアーティスト、黒田大スケである。彼は2004年から2019年にかけて、広島で制作活動を行なうだけでなく、同世代の作家たちとともに広島芸術センター(2010-2024)を開設、運営に携わったという経緯がある。そこでは、地元を中心とした若手作家の発表拠点とするだけでなく、広島という地域性を展覧会や作品の主題として導入すること、あるいは地域外の作家たちとの交流の拠点となることにも重点がおかれていた。こうした問題意識の重なり合いが要因となって、ミヤウチと黒田との協働が生まれたものと推測できる。

では、二人の展示に目を向けてみよう。西松はもとより、さまざまな人と出会うことによって変化していく自身の心の機微を掬い取るように制作へと結びつける作家である。ここでも、ある被爆者の体験を知り、歩く行為を自身でなぞることを起点に模索を始めた。まずはその行為をもとに映像作品を作り、地域の人々に見せることで対話の端緒をひらき、新たな視点で捉え返していく。そして、作品制作によって他者の経験を引き受けることの意味やその過程で生じる事柄について言語的に要約するのではなく、滞在制作という擬似的な日常生活での感覚として浮かび上がらせる。こうしたなかで生まれる展示のためのプランドローイング、滞在時の日々の行動や感情の記録など、通常は中間的な役割を果たす存在が空間に点在し、重要な役割を与えられている。


「西松秀祐/明日、僕は街を歩いた」展示風景、AIRプログラム「あたらしい場所」(2026)、アートギャラリーミヤウチ[撮影:友枝望]

一方で野村は、土地や自然に宿る大きなエネルギーと人々の営みとの関係に関心を寄せ、リサーチや身体的な関わりを通して、そのダイナミズムを視覚化し、彫刻作品やインスタレーションを生み出してきた。彼女は当初、回を重ねるごとに新たな事象に関心を示し、広島の街を形作るデルタとたたら製鉄との関係を、その後、炭鉱と製塩、そして両者に関係した船による物流について探り作品を発表した。まとめとなる今回の展示では、それらに通底する水のエネルギーへと関心は収斂し、伝説上の存在「ミズチ」として造形化している。こうして4年にわたる展開のなか、表現の核心が地域と人との固有の現象からよりシンプルで根源的なものへと移行したことになる。それは、リサーチによって情報が増大していく過程とは異なる推移を示しており、ひとつの完結したプロジェクトとしての展開を超えて、新たなフェーズへと転じていく過程として見ることもできるかもしれない。


「野村由香/ミズチのへそ」展示風景、AIRプログラム「あたらしい場所」(2026)アートギャラリーミヤウチ[撮影:友枝望]

これらの成果に、短期的な取り組みでは得にくいものを見出すことができるだろう。そして、アートギャラリーミヤウチによる、事業実施としては必ずしも効率的とは言い難いアプローチを敢えて採用した姿勢を高く評価したい。通例だと、1年や半年などで一定の成果を挙げ、完結させることが求められがちである。それは自ずとプログラムの枠に収まりの良い制作スタイル、作品から招聘作家が導き出されることへとつながっていく。なお、本プログラムは何らかの形で引き継がれ、さらなる展開が構想されているという。今回の成果を踏まえ、いっそう大らかな施設、プログラムへと拡張を遂げることを期待したい。

広島市現代美術館コレクション展とヒロシマ賞

最後に、広島市現代美術館での活動についても触れておきたい。私ごとで恐縮だが、今年度3期にわたるコレクション展を担当している。この機会でのささやかな試みは、この3回を通してひとつのテーマを展開させていくこと。年間のテーマに掲げたのは「美術館の時間」。美術館にとって、さまざまな意味合いと重要性をもつキーワードだけに、1回だけの開催では負いきれないこと、また、連続開催という時間の経過もテーマに織り込めないか、といった発想によるものだ。

現在、「チャプター1:タイムマシーン」(2026/06/27–09/23)が開催中である。作品や展覧会、美術館といった存在や仕組みは時間を行き来したり、関係づけたりする「タイムマシーン」としての側面を持っている。また、当館が開館当初より紹介してきたヒロシマ賞の受賞作家の作品など、活動がコレクションとして残っていく様も、美術館の時間をめぐる一諸相として扱っている。加えて、もう一方の展示エリアでは「第12回ヒロシマ賞受賞記念メル・チン展 」 (2026/07/25-10/12)が開幕を迎えた。コレクションとして残された過去の活動と、新たに生まれる展覧会とが、館内でどのような時間を形作るのか。私自身もその途上を見守りたい。

★1──岡啓輔『バベる!自力でビルを建てる男』(筑摩書房、2018)、木村奈緒編『うたい、おどり、建てる 蟻鱒鳶ルのつくり方』(青土社、2025)
★2──蟻鱒鳶ル保存会 https://arimasutonbi.blogspot.com/、 蟻鱒鳶ル保存会2 https://arimasutonbile.blogspot.com/
★3──「東京のサグラダ・ファミリア『蟻鱒鳶ル』が約10メートル移動 着工から20年、来年2月に完成へ」(産経新聞、2025年10月28日)https://www.sankei.com/article/20251028-ON3KG3HT7NMVZPYKJ7PCRWUHCI/(最終閲覧:2026年7月28日)
★4──出品作家は当時広島を拠点としていた津川奈菜、友定睦、三ツ谷麻野と、招聘作家の飯川雄大、滞在制作を行なった木村桃子、黒田大スケ、西松秀祐、野村由香、矢野恵利子。

関連レビュー

岡啓輔《蟻鱒鳶ル》|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2013年10月15日号)
一人快芸術|福住廉:artscapeレビュー(2010年03月01日号)