ロバート・ザオ・レンフイは、人間の活動によって形作られた環境で、他の生物たちがどのように生きているかに焦点を当て、長期的な観察に基づいた作品制作を通して、人間と自然との関係性を探究するシンガポール拠点の作家である。京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA では、ザオの個展「アフター・コントロール」を2026年7月12日(日)まで開催中だ。またザオを講師に迎え、フィールドワークとオンライン・セッション、そして2027年3月の成果発表までを包括的に展開するアーティスト・ワークショップ「アフター・コントロール:フィールド・ノート」も実施している。

アフター・コントロール

「自然」という言葉を、どのように捉えるべきだろうか。人為的にコントロールされていないものを「自然」というのが本来的な意味だとすると、真の「自然」などもはや地球上にはほとんど存在していないだろう。ロバート・ザオ・レンフイの作品について書かれた英文に頻発する「nature」という言葉を「自然」と訳しつつ、彼の作品における「nature」をそのまま「自然」と変換することへの違和感が拭えないでいた。ではその「自然」とはいったい何なのかと考えると、すっかり途方に暮れてしまうのだ。

大学キャンパスができたばかりの頃、コンクリートで囲まれた植え込みのどこかから無理やり連れてこられたような細く頼りない木を見て、それが「自然」だとは到底思えなかった。どこから見ても「不自然」でしかなかった。しかし、3年経ったいまはどうだろう。依然として細い木ではあるけれど、かつての居心地の悪そうな印象はなくなり、随分と堂々とした姿になったものだと思う。その周囲に植えられた植物も、それほど手入れをされていないこともあるのか、互いにほどよく絡み合いながら、自由に伸び伸びと育っている。

日本語の「自然」には、「しぜん」と「じねん」の二つの読み方がある。仏教用語で「じねん」は、「自ずから然らしむ」という意味を持つ。あるがままに委ねる、ということだ。植物は自ら動くことはできない。ゆえに、その環境に適応するためにあらゆる変化を受け入れる。動物は動くことができる。ゆえに、環境に適応できない場合は移動をする。あるいは行動を変える。そして、いずれも、非常に柔軟である。そして人間は、自らを変えるというよりは、むしろ環境の方を自分たちに適応するかたちに変えようとする。

展覧会「アフター・コントロール」の最初のセクションの展示作品である《Christmas Island, Naturally》でザオは、人間の介入によってバランスが崩れてしまった島の独自の生態系を守るために、外来種の駆除を含めた徹底した管理を行なおうとする人間の行為の結果と、そのなかに生きる生物の姿とに真摯なまなざしを向けている。この作品のタイトルは、1981年に刊行されたクリスマス島の自然史に関する書籍、ハワード・グレー(Howard Gray)著の『Christmas Island — Naturally: The Natural History of an Isolated Oceanic Island, the Australian Territory of Christmas Island, Indian Ocean』を参照したものだ。ザオはこの「Naturally」とは何を意味するのかという問いのもと、クリスマス島のプロジェクトの名称としたそうだ。そしてわたしは、《Christmas Island, Naturally》の「Naturally」の日本語訳をどのようにするべきか、何日も悩んだ。悩みに悩んで、この作品で浮き彫りになっているのは人間の管理のあり方そのものよりも、そのなかで環境に適応しながら生きる生物の姿であることから、「クリスマス島、ありのままに」とした。かれらはしなやかに「自ずから然らしむ」。そしてザオは、かれらを観察し、その様子をありのままに描き出す。


ロバート・ザオ・レンフイ「アフター・コントロール」《Christmas Island, Naturally》展示風景[撮影:来田猛]

次の映像作品を主体としたセクションでも、街の片隅や排水路など、自然と人工の境目となるような場所を選び、取材した作品が続く。そのような場所に科学者はまず注目することがなく、近隣で暮らす人々も気に留めることがない。そしてザオのカメラが捉えるのは、そこでひっそりと、しかし生き生きと、逞しく暮らす生物たちの姿だ。

ザオは撮影の際、起きていることをコントロールしようとはしないという。自然が思い通りになることなどないからだそうだ。性急に理解しようとしたり、何か働きかけようとしたりすることなく、素直に観察を続ける。そうしているうちに、思いがけず人間と自然とが融合するかのような、素晴らしい瞬間に出逢うことがある。その時々にあらわれる一期一会を楽しみながら、ザオはやさしい視線を注ぎ続けている。

ロバート・ザオ・レンフイ「アフター・コントロール」展示風景[撮影:来田猛]


ロバート・ザオ・レンフイ「アフター・コントロール」展示風景[撮影:来田猛]

フィールド・ノート/京都

展覧会がオープンしてから、ワークショップ参加者とのフィールドワークまでの1週間、ザオは参加者それぞれと個別に丁寧なミーティングを行ない、その合間にフィールドワーク予定の場所を訪れ、夜には鹿や昆虫を探しに大文字山や宝が池公園に出かけた(加えて、ザオは早朝にもひとりでそれらの場所に再び訪れて観察をしていた)。いずれもわたしは何度も訪れたことのある場所だったが、ふいに鹿や昆虫に出会うことはあっても、それらを探すことを主目的として歩いたことはなかった。どんな生物に出会うことができるだろうか、と考えながらよく知っているはずの道を歩くと、生物との出会いのみならず実にさまざまな発見があり、本当はまだ全然知らなかったことに気付かされる。これまで見えていなかった何かを見つけるたびに、その場所の見方が変わる。そうすると、ムカデやゲジゲジ、ゴキブリでさえも美しく見えてくるのだ。なんて楽しいのだろう。ザオの作品に登場する生物たちが、なぜあれほどまでに非常に生き生きとして美しく描かれるのかが理解できたような気がした。

フィールドワークの一日目には京都市立芸術大学の周辺およびキャンパス内を流れている高瀬川★1ならびに東本願寺の飛地境内地の庭園である渉成園★2を、二日目には宝が池公園をフィールドワークの対象地とした。参加者にザオは、最初に何の説明も聞かずに、まず自分自身でその場を観察してみるように促した。そして、ザオ自身もその場にすっと入り込み、さまざまな生物や現象との出会いに集中し始める。その様子をみながら歩くうちに、全員がすっかり有能な観察者になっていた。まるでザオが何かの魔法をかけたかのように。一緒に歩く人の数だけ見つかるものも増えて、見つけたものを共有するたびに立ち止まるので、一行は全然前に進まない。何かを見つけてはその場をよく知る人たちに話を聞いていると、あっという間に時が経ってしまう。

高瀬川でのフィールドワークの様子[撮影:来田猛]

高瀬川でのフィールドワークの様子[撮影:来田猛]


高瀬川でのフィールドワークの様子[撮影:来田猛]

この二日間のフィールドワークでは、高瀬川、渉成園、宝が池公園のいずれにおいても、人々がそれほど頻繁には足を踏み入れないであろう場所で多くの時間を過ごした。わたしたちはたくさんのものを発見したが、特に強く印象に残り、その後も話題になっていたのは、森のなかにひっそりと横たわる瓶の中に入り込んでしまった蝶のことだった。

宝が池公園で発見した、瓶に入り込んだ蝶[撮影:来田猛]


宝が池公園で発見した、瓶に入り込んだ蝶[撮影:来田猛]

瓶はこの場所に辿り着いてからかなり長いようで、内部は苔などで覆われていた。蝶の羽は瓶の口よりも大きく、幼虫の頃に入り込んでしまったのかもしれなかった。瓶の首の苔を少し掻き出せば外に出られるのではないか。いや、この蝶は瓶の外の世界を知らないのだから、出ることができたとしても、生き延びられるかわからない。出ようとしたとしても、瓶の管を通るときに羽をひどく傷めてしまうのではないだろうか……。さまざまな憶測が飛び交った。結局わたしたちは、瓶の首に溜まった苔を少し掻き出した後、瓶を元の場所に戻してその場を去った。

次に、森のなかにフェンスが張り巡された、ある場所に導かれていった。 宝が池公園付近では、増殖した鹿による植生への影響、農作物被害や交通事故などが長く問題となっており、近年大規模な駆除が行なわれたと聞く。このフェンスは、もしこの森に鹿がいなくなったとき、森がどのように変化するのかを知るために、実験的にぐるりと一角を囲んだものだそうだ。

フェンスの内部では木々の間に草が鬱蒼と生い茂る一方で、外側では木々の間に落ち葉に覆われた地面が広がり、草が目に見えて少ない。というより、ほとんど生えておらず、乾燥している。どちらが良いと思うか、とザオは尋ねた。


宝が池公園でのフィールドワークの様子[撮影:来田猛]

宝が池は古くから里山として、人々が管理をしながら森林資源を利用してきた場所だった。戦後、薪炭林としての機能が徐々に衰退して管理がなされなくなると、森は変化していったようだ。その後は公園として再び管理が始まるものの、林相は刻々と変化し、荒廃が進んだ。その変化とともに起こった近年の大きな問題が、鹿による食害だということである。

ひとたび人間が介入した場所は、変化への対応も含めてその維持のためには継続的な管理を必要とする。そして、その管理のあり方が、必ず未来の姿になんらかの形で影響することになる。《Christmas Island, Naturally》に表わされていた人間と自然との歪な絡み合いは、決してクリスマス島だけに終わる話ではない。

わたしはザオの問いに、咄嗟に答えることができなかった。

不可視な時間軸とモア・ザン・ヒューマン

二日間のフィールドワークを終えた翌日の早朝、ザオから蝶のいなくなったあの瓶の写真がWhatsAppのメッセージで送られてきた。場所を見失うことのないように記録をとっておいたそうだ。実は昨日の段階で、ザオはあの瓶を翌朝に見に行くことを決めていたのだった。

ザオが持ち帰った瓶には「造製社會式株酒麦本日大」の文字が入っていた。調べてみると、大日本麦酒株式会社とは1906年から1949年まであったビールメーカーの名称だということがわかった。この瓶がいつから宝が池の森にあったのかは定かではないが、仮に、誰かが森でビールを飲んでそのまま空き瓶が捨てたのだとしたら、相当の年月が経っている。

わたしがこの世に生まれるずっと前から森にあった瓶の中で一羽の蝶が羽化し、人間の想像を超えて、自らの大きさよりも狭いはずの瓶から抜け出して、広い森へと飛び立っていったのだ。誰もその瞬間に立ち会うことはなかったが、かえってそれが想像を掻き立てる。あの蝶はそれからどうしているだろう。羽を傷めていないだろうか。瓶の口から出て、初めて見た景色はどんなものだったのだろう……。

シンガポールへと戻った数日後、ザオからハンガリーの作家、クラスナホルカイ・ラースロー★3の『Seiobo There Below』の第1章、京都が舞台となっている 「Kamo-Hunter」をChatGPTで日本語に訳したものが送られてきた。クラスナホルカイはザオのお気に入りの小説家で、滞在中にこの小説のことを教えてくれていたのだった。この本を読んだのはずっと前だが、京都での日々を経たいま、読み返してみるとまったく違う印象を受ける、という言葉が添えられていた。わたしはザオの送ってくれた日本語訳と、英語版の書籍を手に入れ、両方を読んでみた。

クラスナホルカイの流麗な文章を要約するのにはかなり抵抗があるが、どうかご容赦いただきたい。「Kamo-Hunter(鴨川の狩人)」は、鴨川のオオシロサギをモチーフとした章である。微動だにせず鴨川にじっと佇むオオシロサギは、小さな魚が水に流れてくるその瞬間、電光石火の早技で嘴を水に突き入れ、それを捕える。それは「果てしない暗示の街」たる京都において、現在も過去も等しく存在している点で特異で唯一の存在であると同時に、時間の流れのなかに存在しない、「耐え難いほどの」美を表現するものである。しかし、鴨川にじっと立っていることがあまりに普通の光景であるがゆえに、人々はまったく気にとめることがないし、その崇高な美に気がつきもしない。不可視で、誰にも必要とされず、理解もされない。お前が背負う崇高さなど何の意味もないのだから、明日や明後日に戻ることなく、この真夜中に草むらで息を引き取るがいい、と語られる。

わたしはこの文章を読み、なぜかまた、瓶の中の蝶のことを思い出していた。現在と過去が交錯するこのガラス瓶の中に閉じ込められた、特異で唯一の存在のことを。あの蝶が、真夜中に瓶から飛び出して、その後すぐに草むらで息絶えていないことを願いながら。ザオと共に宝が池公園を歩かなければ、わたしたちがあの瓶の中の蝶に出会うことはなかっただろう。蝶はその一生を終えるまで、瓶の中で過ごしたかもしれない。ザオが時折目にするという、思いがけず人間と自然とが融合するかのような素晴らしい瞬間は、きっとこのように訪れるのに違いない。そしてあの朝のザオのように再びそこに戻ることで、一瞬の出逢いが物語として立ち上がってくるのだ。

長い歴史のなかで刻み込まれてきた人間の痕跡が複雑に絡み合う京都での、ここにはとても語り尽くすことのできない数多くの出会いの後で、「Kamo-Hunter」はザオをどのような新しい情景へと導いたのだろうか。ザオは、一緒に観察をしながら歩いた日々の続きのように、「見て」と言わんばかりにこの小説を示してくれた。そのなかに、ザオの発見したものを同じように見出せているかどうかはわからない。ただ、わたしたちが何度も経験した、果てしない時間軸のなかにふと現われる、ほんの一瞬の煌めきに気づいたときの高揚感、そしてそれを誰かと共有できることの多幸感を思い起こしていた。

「アフター・コントロール」の世界を丁寧に見つめ続けるザオの視点から、わたしたちはたくさんのことを学んだ。この強い言葉を絶望的に捕らえるのではなく、しなやかに「自ずから然らしむ」ことが、まだ見ぬ何かに出会うための探究へとつながっていく。わたしはきっと、ザオと過ごしたこの数日間のことを、ずっと忘れない。


宝が池公園でのフィールドワークの様子[撮影:来田猛]

★1──高瀬川のこの部分は、かつて崇仁小学校の敷地内にあった。1999 年に崇仁まちづくり推進委員会にてビオトープ会議が発足し、地域の大人と子ども、行政が協働し、さまざまな調査やワークショップが行なわれた後、2002年にこの場所にビオトープが完成した。2010年に崇仁小学校が閉校した後はビオトープの面影が少しずつ薄れていったようで、わたしがこの地域を訪れるようになった2014年から2019年頃には、上流から流れてきたゴミが溜まり、ザリガニが棲みつき、よくヌートリアが出没していた。2020年に元崇仁小学校が解体され、京都市立芸術大学と京都市立美術工芸高等学校の建設工事がそれに続いたこと、そして高瀬川の護岸工事の影響もあったのか、キャンパス移転からしばらくはここで昆虫以外の動物を見かけることがあまりなかった。しかし現在は、京都市立芸術大学教員の安藤隆一郎を中心とした「京芸高瀬川保勝会」が行なっている、過度な除草等を行なわず現状の環境を生かした川の保全活動が功を奏したのであろう、多様な生物が生息する小川となっている。
★2──渉成園については過去の記事「ひとりの人間のライフスパンを超えて?」も参照されたい。
★3──クラスナホルカイ・ラースロー Krasznahorkai László(1954–)ハンガリーの小説家。2025年にノーベル文学賞を受賞。2025年6月22日にデビュー作『サタンタンゴ』の邦訳が国書刊行会より刊行。奇しくも装丁は展覧会「アフター・コントロール」のフライヤーデザインを手がけた松本久木による。松本のスタジオを訪問した際、まさに『サタンタンゴ』のデザイン作業中のデスクトップを見たザオは、京都について書かれた作品『北は山、南は湖、西は道、東は川』(松籟社、2006/原作は2003、邦訳は絶版)、『Seiobo There Below』(原作2008、英訳2013)について話してくれていた。参考:「ノーベル文学賞クラスナホルカイさん、日本への深い理解と終末論の気配 訳者・早稲田みかさん寄稿」(好書好日、朝日新聞社、2025年10月31日)https://book.asahi.com/article/16124471(最終閲覧日:2025年6月8日)

ロバート・ザオ・レンフイ「アフター・コントロール」
会期:2026/05/16~2026/07/12
会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA[京都府]
公式サイト:https://gallery.kcua.ac.jp/archives/2026/15093/