アジア初となるダミアン・ハーストの大規模回顧展が開催された国立現代美術館ソウル館をはじめ、建築とアートが融合するサムスン美術館リウムや、新たにオープンしたポンピドゥー・センター・ハンファなど、充実した文化施設が集積する韓国・ソウル。大型の現代アート展が日本を飛び越えて開催される状況や、安価な入場料で若者が集う活気ある美術館の姿を踏まえ、東アジアにおけるアートシーンの現在地と日本の文化的な立ち位置を、五十嵐太郎さんが考察します。(artscape編集部)

入場料が安い国立現代美術館

足を運びたい美術館や展覧会が3つ重なったので、週末にソウルに出かけた。光州ビエンナーレのような国際美術展ではない。ひとつは国立現代美術館ソウル館のダミアン・ハースト展(6月28日まで)である。彼の大規模な個展が日本にまわるという話はない。次に横浜美術館の「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」展が巡回した国立現代美術館果川館の「ロードムービー:1945年以降、韓日美術」展(9月27日まで)である。両館の共同企画だが、どのような展示の違いがあるかに興味をもった。そして6月4日にオープンしたばかりのポンピドゥー・センター・ハンファである。すでにデイヴィッド・チッパーフィールドが設計した上海のウエストバンド・ミュージアムが、ポンピドー・センターと提携しているが、ソウルにもこうした美術館が誕生した。

日本のクレジットカードで予約しづらかったためチケットはネット購入せず、美術館の開館時間にあわせて国立現代美術館ソウル館に到着すると、100人弱の行列ができていた。もっとも、扉が開くと、すんなりと入場でき、それほど待たずにチケットを購入することができた。ちなみに、8,000ウォンなので、日本円で840円程度である。昔は安かったが、現在、韓国の物価は日本と同程度、いや外食なら、やや高いくらいなので、美術館の入場料は相対的にかなり安い。それゆえ、多くの若者が訪れていた。近年、日本では美術館チケットが高くなっているので、望ましい状況だろう。国立の美術館が稼ぐことを強要されていないのかもしれない。さて、これまでも海外の美術館、国内の「テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展(国立新美術館)や横浜トリエンナーレなどのグループ展でハースト作品を見る機会はあったが、良くも悪くも悪趣味で浮いていた。また個展としては2022年に「桜」展(国立新美術館)は開催されたが、107点の桜シリーズのみだったので、作家の全容はわからない。したがって、アジア初の大規模な回顧展でまとめて作品の軌跡を鑑賞すると、いろいろと腑に落ちる。

ダミアン・ハースト展の展示風景[著者撮影

第1セクションにおける20代の頃の初期作品群は、後に展開するさまざまな萌芽が認められた。例えば、死に対する強い関心、ミニマルな表現、カラフルな色使いなどである。展示室の中央に置かれた上を向いた無数の鋭利な刃物の上で、空気圧によって、ふわふわと浮かぶ鮮やかな風船は、ユーモラスであると同時に緊張感をはらむ。続く第2セクションは、ガラス箱の中のホルマリン漬けのサメなど、死を想起させる大型のインスタレーションを紹介する。なんといっても目玉は、血がしたたる切断された牛の頭が置かれた《A Thousand Years》だろう。

切断された牛の頭が置かれた《A Thousand Years》[著者撮影

同じガラスのケースには、無数の蠅が飛びまわっている。これが静物画なら問題ないが、密封されているとはいえ、本物の生き物と腐敗物が、作品の保管環境に厳しい美術館で展示されていることに衝撃を受けた。かつてイ・ブルも、腐りゆく死んだ魚を作品とし、悪臭によってMoMAの展示が中止になったが、ハーストの作品は牛の頭に群がる蠅も含んでいる。ただし、むごたらしい死と生の臭いはまったくない。その状況がまさに現代社会に重なるだろう。

第3セクションは、薬や医療機器、人骨の標本、ダイアモンドを埋め込んだ頭蓋骨、半身が解剖模型になった古典的な彫刻、そして蝶の羽で構成されたステンドグラスのような作品などを展示する。美術館の吹抜けにも、半分は皮が剥がされたユニコーンの像を置く。

吹抜けに置かれたハーストによるユニコーンの像[著者撮影

興味深いのは、ハーストのアトリエを再現した2階の展示室である。まさに現在進行形の作品を紹介するわけだが、数多くの窓絵画を残したマチスにならい、アトリエの窓越しに見えるテムズ河を描いた連作「リバー・ペインティングス」が無造作に並んでいた。なるほど、ハーストらしい色使いだが、予想していなかったモチーフであり、今後の展開に期待したい。

ハーストのアトリエを再現した展示室[著者撮影

ソウル館で同時開催していた「This is (not) conceptual art」展は、1970年代~80年代に登場した韓国の概念芸術における言語的な転回に注目したものである。同時代の絵画はある程度、知られているが、この分野の作品はほとんど知らなかった。身体と幾何学を関連させるリー・クンヨン、奇妙な建築を構想するキム・ボム、ジョセフ・コスースの椅子をもじったキム・ホンソクの《Friend》、そして時差があるパリとソウルを飛行中に映像を編集し、ゼロ時間を提唱するキム・スンギなどが印象に残った。ちなみに、入場料は2,000ウォン。ハースト展と両方鑑賞しても1,000円程度だ。

ジョセフ・コスースの椅子をもじったキム・ホンソクの《Friend》[著者撮影

サムスン美術館リウム

漢南洞に移動し、チョウ・ミンスクが設計したペース・ギャラリー・ソウルを見学した。高級住宅街のエリアだけあって、透かし積みの黒いレンガをファサードに用いる、品がよい建築である。パク・ヨンスクの「かたちが身ぶりと出会うとき」展の初日であり、片方のフロアは彼女の陶芸とリー・ウーファンとのコラボレーション作品が並んでいた。

そこから歩いて数分のサムスン美術館リウムは、約10年ぶりの訪問となる。メインの展覧会「インサイド・アザー・スペース:女性芸術家による環境 1956−1976」は、韓国の作家を加えているが、昨年末に香港のM+で鑑賞した「ドリーム・ルームス」展と基本的には同じ内容であり、巡回企画だった(日本人では、山崎つる子の作品を含む)。

チョウ・ミンスクが設計したペース・ギャラリー・ソウル[著者撮影

パク・ヨンスクとリー・ウーファンのコラボレーション作品[著者撮影

ここから歩いて数分のサムスン美術館リウムは、約10年ぶりの訪問となる。メインの展覧会「インサイド・アザー・スペース:女性芸術家による環境 1956−1976」は、韓国の作家を加えているが、昨年末に香港のM+で鑑賞した「ドリーム・ルームス」展と基本的には同じ内容であり、巡回企画だった(日本人では、山崎つる子の作品を含む)。

香港M+の展示風景[著者撮影

現在、女性作家への再評価が、さまざまな領域で進んでいるが、インスタレーションによる空間を創造した作家という切り口はユニークである。もともとこの企画は、ミュンヘンで始まったものだが、やはり日本で開催される予定はない。ちなみに、巨大なM+はワンフロアでも十分に余裕があったが、リウムはレム・コールハース棟の2フロアとジャン・ヌーヴェル棟の上階を活用している。ゆえに、もっとも大きいアレクサンドラ・カスバの有機的なかたちのインスタレーションは、伊東豊雄の台中オペラハウスを連想させるが、リウムではエスカレーターと絡む。ちなみに、M+では故障のため内部に入れなかったレア・ルブランによる透明なビニールチューブの作品は、リウムで体験することができた。

アレクサンドラ・カスバのインスタレーション[著者撮影

レア・ルブランの作品[著者撮影

ティノ・セーガルの展示は、作品が演出された状況がよかった。来客を出迎えるエントランスでも作品と遭遇するが、フェリックス・ゴンザレス=トレスによるビーズのカーテンを抜けると、指示されたパフォーマーがリアルタイムで構築する空間にさらに没入していく。観客を巻き込み、2人が声や音を発する空間、ロダンの彫像群が散りばめられた場で男女が密着し、転げまわる『KISS』、あるいは粗いピクセルのような人体彫刻とともにパフォーマンスを鑑賞する。最後にマリオ・ボッタ棟のコレクションをまわると、現在は古美術と現代美術を混ぜることなく、正統な展示だった。収蔵品のクオリティも高いが、ディスプレイも素晴らしい。

約20年前に3人の有名建築家のギャラリーを(ある意味建築もコレクションの一部として)合体させたリウムが開館し、最初に訪れたとき、あれ、日本の企業美術館は越されるのでは? と思ったが、その後の日本の凋落を考えると、致したかないかもしれない。


マリオ・ボッタ棟でのコレクション展示[著者撮影

国立現代美術館果川館

国立現代美術館果川館は、最寄りの地下鉄駅からもやや離れているので、専用のシャトルバスを使う。エッジがある停留所のデザインは、建築コンペで選ばれたアート・バス・シェルターらしい。「ロードムービー:1945年以降、韓日美術」展は、日本のときと同じ構成だが、巨大な美術館ゆえに、会場が広く、ゆったりと展示され、イ・ブル、クウァク・ドゥク=ジュン(郭徳俊)、コ・ナクボムなど、韓国の作家はさらに点数が増え、充実していた。

コンペで選ばれたアート・バス・シェルター[著者撮影

「ロードムービー」展の展示風景(左奥はコ・ナクボム、手前は中村政人の作品)[著者撮影

韓国側の関連資料のほか、日本側では村上隆の作品も多かったように思う。もっとも大きな違いは、学生のプロジェクトでありながら、当時から注目され、「平成美術」展(京セラ美術館)で紹介されたり、横浜美術館の展示で最後に大きな存在感を示していた武蔵野美術大学×朝鮮大学校「突然、目の前がひらけて」(2015)がなかったことである。大学と北朝鮮の関係が理由かもしれない。果川館では代わりに田中功起の映像「可傷的な歴史(ロードムービー)」が広いサイズの部屋になっており、重要な締めくくりとなっていた。おそらく、これが韓国版の展覧会タイトルにも反映されたのではないか。

田中功起の映像作品「可傷的な歴史(ロードムービー)」[著者撮影

果川館のコレクション展示にも触れておこう。2階と3階の「韓国近現代美術 I ・II」は、朝鮮時代から日本支配、朝鮮戦争、光州事件などを経て、現代までの20世紀の歴史をたどる。したがって、近代の抽象的な表現と社会的なテーマの作品が拮抗していた。また1階の海外名作ハイライトは、円形展示室を使い、モネ、アイ·ウェイウェイのブラック・シャンデリア、バーバラ・クルーガー、ルノワール、ダリ、シンディ・シャーマン、ピカソ、ピストレットなどを紹介していた。何よりも目立つのは、螺旋のスロープが囲む円形の吹抜けの中央に立つ巨大なパゴダ《多多益善》だろう。ナム・ジュン・パイクがソウルオリンピックに合わせて制作したもので、1,003台のテレビが積み重なっている。14時からは一斉に映像がオンになり、凄まじい存在感を放つ。またルーフトップガーデンのデザインは、コンペで選ばれた建築家リ・チョンフンのプロジェクトだった。ちなみに、果川館の入場料は3,000ウォン(約300円)である。

国立現代美術館果川館1階の円形展示室を使った「海外名作ハイライト」[著者撮影


1,003台のテレビを積み重ねたナム・ジュン・パイクの《多多益善》[著者撮影

リ・チョンフン設計のルーフトップガーデン[著者撮影

ポンピドゥー・センター・ハンファ

今回の3番目の目的が、ヨイド(汝矣島)の63ビルの足元に誕生したポンピドゥー・センター・ハンファである。設計はフランスの建築家ジャン=ミシェル・ヴィルモット。洗練されたモダンな空間ゆえに抽象的なデザインだが、外観を模した消しゴムなど、さまざまな建築グッズが販売されていた。

ポンピドゥー・センター・ハンファ外観[著者撮影

館内で販売されていた建築グッズ[著者撮影

ピカソ、ブラック、ファン・グリス、ロベール・ドローネー、フェルナン・レジェなど、ポンピドゥーの名品コレクションを活かしたオープニング展「キュビスト 近代的な視覚を発明する」の入場料は、28,000ウォン(約3,000円弱)なので、ここは決して安くない。展示の内容はキュビスムの歴史を時系列で教科書的に紹介していた。すなわち、1907年から1908年にかけての新しい視覚言語の誕生、分析的キュビスム(1909-11)、サロン・キュビスム、オルフィスム総合的キュビスム(1912-14)、国外への波及、戦争期の展開(1914-18)、1920年代の実験から様式化へ、という風に、セクションが設定されていた。

ポンピドゥー・センター・ハンファのオープニング展「キュビスト 近代的な視覚を発明する」[著者撮影

上階に移動すると、近代における韓国の状況や作家にフォーカスをあてる最終セクションがあった。具体的には、モダン都市として理想化されたパリ、絵画、文学、建築など諸分野の言説、作品やインスタレーションである。とりわけ興味を抱いたのは、キュビストの詩人と呼ばれるイ・サン(李箱)だった。その作品「建築無限六面角体」は、英訳とフランス語訳も展示されていた。

彼は1910年に生まれ、建築の技術者として働いた後、詩人に転向し、フランスに憧れるが、東京の滞在時に弱冠27歳で亡くなった。日本で言えば、ほぼ同世代で夭折した立原道造がやはり詩と建築を横断しており、近い存在かもしれない。ともあれ、その名前に心当たりがあったのは、2014年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展で、北朝鮮の状況を展示し金獅子賞を受賞した韓国館において、イ・サンの詩「烏瞰図」をもとにテーマが設定されていたからだ。このときのキュレーターは、前述したペース・ギャラリー・ソウルを設計したチョウ・ミンスクである。そもそも創成期のキュビスムも、この展覧会で説明していたように、詩人のギョーム・アポリネールが深く関与していた。

イ・サン「建築無限六面角体」の展示[著者撮影

ヴェネツィア・ビエンナーレ2014韓国館でのイ・サンの詩の展示[著者撮影

ところで、いくつかの美術展を見るために、パリやニューヨークではなく、ソウルを訪れるようになったことに、時代の変化を感じる。また香港とソウルを巡回されるなかで“日本スルー”の現代アート展も増えている。一方で東京オペラシティアートギャラリーで久しぶりに開催する予定だったダン・グレアム展に至っては、中止となった。

美術館訪問のついでに日本での公開が延期になったスピルバーグ監督の『ディスクロージャー・デイ』と、日本での公開時期が未定のA24による話題の映画『バックルームズ』を鑑賞することができた。とくに後者は、建築家になれなかった家具屋の男が主人公であり、日常的な商空間がずれた黄色い部屋に迷い込む、リミナルスペースの新鮮なホラーだった。美術的かつ建築的な不気味さの表現は目を見張るユニークさをもつ。ちなみに、足を運んだシネコンは、飛行機のビジネスクラスなみのリクライニングシートで快適だった。その隣には、ザハ・ハディド・アーキテクツによるランドマークの東大門デザインプラザがある。日本が新国立競技場のコンペで選ばれた彼女の最優秀案を排除したことが思い出される。ともあれ、気がつくと、日本における洋画上映も縮小傾向が続く。またかつてに比べると洋楽離れも進んでいる。はたして自国の文化が十分に成熟したからといって、それら文化芸術、コンテンツが不要と言えるだろうか? 海外の文化を吸収する力が弱くなっていることが気がかりだ。