映画を文化資源として未来へ残す営みは、誰が支えるべきなのか。日本で唯一の映画専門機関である国立映画アーカイブが、運営費交付金の大幅減額を受けて現在、クラウドファンディングを実施している(寄付募集:2026年9月23日[水]23時まで)。しかし、この問題は一館の財政難にとどまらない。予算削減の背景には、「自己収入」を重視する文化政策の転換がある。新聞社で長年文化事業に関わった経験をもとに『美術展の不都合な真実』(新潮社、2020)をはじめとして美術館・博物館に関する考察を続けると同時に日本大学芸術学部で映画史や映画ビジネスを教える古賀太氏が、その経緯をたどりながら、映画アーカイブとは何を担う公共機関なのか、「稼ぐ」ことでは測れないその役割と存在意義を考える。(artscape編集部)
1. なぜクラウドファンディングに至ったか
日本で唯一の映画専門機関である国立映画アーカイブが2026年6月25日からクラウドファンディング(以下、CF)を始めた。8月15日に当初の目標であった1億円に到達し、新たにネクストゴールの1億5000万円を設定した。募集は9月23日23時まで続行中だ。参加者は8月17日11時時点で3,807人。

国立映画アーカイブによるクラウドファンディング「使命は人類の記憶を繋ぐこと。国立映画アーカイブの活動にご支援を」(READYFOR)チラシ
さて国立映画アーカイブとは、劇映画のみならずドキュメンタリーや実験映画、ニュース映画、アマチュア映画など約9万本を神奈川県相模原市にある分館の収蔵庫で保存し、東京都中央区京橋の本館で上映や展示活動をしている組織である。また映画フィルム以外にも、約85万枚のスチル写真をはじめとしてポスター、脚本、映画機材なども収蔵している。1970年に東京国立近代美術館のなかの一組織として「東京国立近代美術館フィルムセンター」が現在の京橋の場所に生まれ、2018年に独立して国立映画アーカイブとなった。その経緯もあって、2001年にできた「独立行政法人国立美術館」に属している。
東京・京橋に位置する国立映画アーカイブ 本館[画像提供:国立映画アーカイブ]
同館の展示室[画像提供:国立映画アーカイブ]
このたび同アーカイブがCFを始めたのは、今年度予算が激減したからだ。国からの運営費交付金はこの5年ほど6億円超で、一番多かった2023年度は7億3000万円台だった。ところが今年度の運営費交付金は3億5856万円で前年度比約44%減となった。これでは光熱費、施設維持費、有期雇用職員人件費、一般管理費などを足した固定費4億4172万円にも満たないということが6月25日の記者会見の質疑でも明言されている(下記動画01:45以降「運営費の現状」参照)。
「『人類遺産』存続の危機 国立映画アーカイブ クラウドファンディング開始」(YouTube「VECTOR magazine REPORT」、2026年7月6日)
なぜ突然そういうことが起こったかと言えば、発端は昨年11月11日に財務省が財政制度等審議会に提出した資料★1で、国立美術館、博物館の総収入に占める運営費交付金の割合が示されて「全体に、公費収益に対する入場料収入が不十分」としたことにある。そこには2024年度の各館の割合が示され、1位の国立西洋美術館が41%で国立映画アーカイブは最下位の九州国立博物館に次いで84%と明記されている。
これを受けて今年の2月27日に文科省は「中期目標」★2を発表した。ここでは1ページ目に「運営費交付金及び施設整備費補助金が収入の6割以上を占める状況を改善」することが求められている旨書かれている。しかし4ページ目には「法人全体の展示事業に係る費用に対する展示事業に係る自己収入額の割合(次期中期目標期間中に100%とすることを目指しつつ、本中期目標期間の最終年度に65%以上とすること)/(参考)令和6年度実績53%」とも書かれている。
さて①「政府からの交付金を収入の6割以内とする」と、②「展示事業に関わる自己収入額の割合を65%以上にする」のでは意味するところがまったく違う。しかし、今回の大幅な予算削減は①をもとにして算定されたようだ。先ほどの会見動画に出ている収入目標額2億4873万円と交付金3億5856万円を合わせた今年度予算6億729万円に対して、交付金額は59%におさまっているからだ。
2. 国立美術館7館内の予算の割り振り
CFの開始直前に記者会見を開いたこともあり、「国立映画アーカイブの予算の運営費交付金が44%減ったためにCFが始まった」という内容のニュースが広がった。それに対して文化庁は「政府が国立映画アーカイブの運営費交付金を削減したと一部誤解を招く報道がありました」として以下のように反論している。
「国立映画アーカイブは、独立行政法人国立美術館が設置する施設です。国から独立行政法人国立美術館に対して措置した令和8年度の運営費交付金は84.6億円ですが、令和8年度から新たに物価高騰分対応等を行っており、前年度から約3.2億円増額しております」
「今年度の国立映画アーカイブの予算配分は、独立行政法人国立美術館において、運営費交付金と自己収入のバランスを全館の間で是正した結果、前年度より運営費交付金の配分が大きく減少していると聞いております」★3
つまり、これは国立美術館内部の予算の割り振りの問題であり、文化庁は関与していないという。これだとまるで国立美術館に属する7館(東京国立近代美術館、国立工芸館、京都国立近代美術館、国立映画アーカイブ、国立西洋美術館、国立国際美術館、国立新美術館)の話し合いで自主的に国立映画アーカイブの予算が大幅に減ったように思える。しかしながら国立美術館という組織の常任の理事兼事務局長は文科省からの出向者である(現在の理事長は国立西洋美術館の田中正之館長だが、彼は国立アートリサーチセンター長も兼任。そのほかの理事は非常勤しかいない)。事務局は東京国立近代美術館の職員が兼ねておりそのなかには文科省からの出向者がいる。普通に考えれば、文科省の意向に沿って国立映画アーカイブの予算半減が決められたことは間違いない。
実は今回予算が減ったのは国立映画アーカイブだけではなさそうだ。7館のうち2024年度に入場料収入が1億円を切っているのは国立映画アーカイブ以外に国立国際美術館(大阪)や京都国立近代美術館がある★4が、それらの館でも予算が大幅に削減されている可能性が高い。声をあげてCFを始めたのが国立映画アーカイブだけなのだ。
さて、そもそも7館には立地や施設の規模など大きな違いがある。基本的に所蔵作品を持たず、立地が良く大きな展示室を持つ国立新美術館では新聞社やテレビ局との共催で海外からの大型展で大量動員が可能である。国立西洋美術館は設立の基盤となった旧松方コレクションをはじめとする所蔵作品を持つが、長年新聞社等と大型共催展を開催しており、1994年に107万人を集めた「バーンズ・コレクション展」ほか大量動員の歴史を持つ。
私はかつて新聞社の文化事業部に勤務しており、この2館と展覧会を共催した経験がある。そのことは拙著『美術展の不都合な真実』(新潮新書、2020)に詳しく書いたが、この2館はマスコミと共催すれば1日2万人の動員も可能で、支出はほとんどなく大きな収入を得ることができ、マスコミの側もかなりの収益を得る可能性がある。
私は国立映画アーカイブがフィルムセンターだった頃に、新聞社として共催で上映企画をしたこともあった。「ジャン・ルノワール、映画のすべて。」(1996)や「イタリア映画大回顧」(2001)などだが、前者は国際交流基金の大きな資金援助があり、後者は「日本におけるイタリア年」ということでイタリア政府から特別予算を組んでもらった。そうでなければ310席の国立映画アーカイブで1日2回上映したとしても、海外から作品を借りて日本語字幕を付けたら共催するマスコミは必ず大赤字になる。私の後に国立映画アーカイブと共催して経費を負担したマスコミはいない。
7館に入場料収入だけで予算を割り振ったら、大変なことになるのは目に見えている。国立国際美術館や京都国立近代美術館のほか東京国立近代美術館も今後は作品の収集・保存・管理さえも難しくなるのではないか。この3館が、マスコミと組まないがゆえにこれまでやることができた野心的で世界水準の企画展はできなくなるのか。
3. 日本の美術館はもっと稼ぐべきか?
『美術展の不都合な真実』で書いた通り、美術館がマスコミと組む展覧会は大混雑となる。これは日本に特有の現象(最近では韓国や台湾でも)であり、世界の展覧会別のランキングを見ると日本はいつも10位に入るが、美術館としての年間入場者ランキングでは日本は20位に入らない。つまり日本の美術館がマスコミと組む「押すな押すな」の企画展は世界的にも異常な状況である。今回の財務省主導による「日本の国立美術館はもっと稼げ」という方針はこの方向をさらに強めるだろう。
ルーヴル美術館や大英博物館やニューヨークのメトロポリタン美術館は、国立7館のどこと比べても圧倒的に広く、所蔵作品も桁違いに多い。世界の美術ファンはそれらを目当てに訪れる。日本は企画展を中心にして、マスコミがそれら海外の有名美術館に大金を払って一部を借りて大騒ぎして見せているだけだ。それによって本来は無料の美術館同士の所蔵品の貸し借りが、歪められている。文化庁はむしろ国立美術館にはマスコミと組むことを禁じ、地道に所蔵品を増やし、さらには施設の充実を支援する方向に向かうべきだろう。ルーヴル美術館や大英博物館は約6万平米の展示スペースを持つが、日本では展示用床面積が一番広い国立西洋美術館や東京国立近代美術館でも5千平米を切っている。実は7館でもっとも大きい国立新美術館は1万4千平米の展示面積を持つが、うち1万平米は公募展への貸しスペースであり、なぜ国立美術館がやるのかわからない。
美術館の基本は重要な作品の収集・保存であり、それを一般に見せていくことにある。企画展はそのごく一部で、テーマを決めて他館からも作品を借りて展示をするものだ。国立を含む日本の多くの美術館は、所蔵作品の充実よりもマスコミとの共催展で大動員ができる企画展に力を入れて入場者数を増やし、その収益で所蔵作品を購入している。この本末転倒の状況を変えずに「日本の美術館は欧米の美術館並みに稼げ」というのはまったく意味をなさない。
4. 国立映画アーカイブは国立「美術館」か
そもそも、国立映画アーカイブはなぜ独立行政法人国立美術館の一部なのかという根本的疑問を最後に呈したい。所属するほかの6館はすべて美術作品を所蔵している。この6館は「美術」としての価値に従って収蔵作品を決めており、原則として素人の絵は収集しない。ところが国立映画アーカイブは例えば関東大震災の映像のように、存在するすべての映画を資料として収集するのが方針である。もちろんある優れた監督の作品を収集するという美的判断もあるが、それ以前に時代の資料としてアマチュア映像も含めてすべての映画を収蔵するという原則を持っている。その意味では納本義務によってすべての印刷物を収集する国立国会図書館に近い。実は1948年に制定された国立国会図書館法第二十四条には納入義務のあるもののなかに「映画フィルム」も含まれているが、「当分の間、館長の定めるところにより、(中略)その納入を免ずることができる」とされている。1970年にできた東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)は後年にできた国立国会図書館の映画部門とも言えよう。200億円を超す国の予算がつく国立国会図書館の利用は基本は無料であり、誰も「稼げ」とは言わない。
国立映画アーカイブの前身である、東京国立近代美術館フィルムセンターの旧建物[画像提供:国立映画アーカイブ]
たまたま歴史的経緯で国立映画アーカイブは国立美術館に属するが、ほかの6館とあまりに異なる。20世紀以降の歴史的な映像資料を保存、修復する機関に対して「入場料収入を稼げ」というのはあまりに的外れではないか。現在、入場料収入が少ないから収集予算を減らすことが行なわれつつあるが、そんなことをして映像資料が適切に保存されなければ、日本のみならず世界の文明の映像による記憶に対する裏切りになってしまう。
今回、CFを敢行したことで、90名を超す錚々たる映画関係者たちから改めてこの組織の重要性を説くメッセージが集まった。また一般の寄付者からも熱い応援の言葉が毎日届いている。これを機会に、国立映画アーカイブの意味を今一度考えてほしい。現在、アニメ、漫画、ゲームなどを扱うメディア芸術ナショナルセンターの構想が動いており、国立映画アーカイブも巻き込まれそうな勢いだが、ここは映画の国立図書館である、20世紀以降の人類の記憶を映像で保存する日本で唯一の機関であるという基本を忘れると大変なことになるだろう。
神奈川県相模原市に位置する、国立映画アーカイブ 相模原分館の内部(普段は非公開)。映画フィルムを永く安全に保管する設備を備え、フィルムの検査やデータの採取、出入庫作業などを担う[画像提供:国立映画アーカイブ]
★1──財政制度等審議会 財政制度分科会における議事要旨等資料「文教・科学技術」(財務省、2025年11月11日)
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20251111/01.pdf
★2──「独立行政法人国立美術館が達成すべき業務運営に関する目標(中期目標)」(文部科学省、2026年2月27日)
https://www.bunka.go.jp/bunkacho/shokan_hojin/pdf/94336201_01.pdf
★3──「国立映画アーカイブのクラウドファンディング実施に関する報道について」(文化庁、2026年6月)
https://www.bunka.go.jp/bunkacho/shokan_hojin/94400501.html
★4──独立財政法人国立美術館における予算・財務諸表(各年の「付属明細書」参照)
https://www.artmuseums.go.jp/corporate_info/zaimu/yosan
国立映画アーカイブ クラウドファンディング
「使命は人類の記憶を繋ぐこと。国立映画アーカイブの活動にご支援を」
寄付募集期間:2026年6月25日(木)〜9月23日(水)23時
詳細ページ(READYFOR):https://readyfor.jp/projects/NFAJ2026